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にゃんにゃんこ

「にゃんにゃんこ」




 一説によるとどうやら国内のある地域に、にゃんにゃんこの群れが存在するらしい。このビッグニュースを掴んだ私は、物書きとしての興味と、にゃんにゃんこの情報の対価である莫大な報酬を求めて、即座に遠出することを決めたのだった。



 普段は雑誌の記事を任されている、ライター兼事務作業員である私だが、にゃんにゃんこに関しては人一倍アンテナを張り巡らせている。というのも、我が子が重い病気にかかっているが、その治療費を出せるほど稼ぎは良いものではなく、妻には不慮の事故で先立たれた。治療費は私が何年真面目に働いたところで用意できる額ではなく、もはや一攫千金のにゃんにゃんこに頼るほかないのだ。



 今回のにゃんにゃんこは群れということで、一匹ですらその情報料はとんでもないのだが、今回複数のにゃんにゃんこに対して成功すれば、その桁違いになるだろう。こうしている間にも、我が子の病は進行している。これを逃せば次が何時になるとも知れない……。その情報を確実に持ち帰らなければならない。





 新幹線で都会を離れ、田舎の電車を乗り継ぎ、たどり着いた先は寂れた集落だった。人の気配は感じられるが、本当にこんな地に、にゃんにゃんこがいるのだろうか。いや、人知れぬ地であるからこそ、にゃんにゃんこが多くとも問題にはならないということか。しかし、人とにゃんにゃんこが共生しているというのか? にゃんにゃんこしかいない可能性もあるか。などと考察をしていると、この集落の子供だろうか、とてとてと物珍しげに私に駆け寄ってきた。



「おじさん見ない顔だけど、この村に何か用?」



 その後ろからは、待ちなさいという声と共に古びた着物姿の女性が走ってきた。この外界から隔絶されているような地に突然外から人が訪れれば、何かよからぬ意図があって来たと警戒されても仕方のないことだろう。子供の疑問も最もというものだ。そこで息を切らす女性に、自分がにゃんにゃんこの群れがあるという情報を得て、ここに来たということを伝えると、女性はいい顔をしなかった。というのも、にゃんにゃんこはこの村では守り神として祀られているようで、そんな神様の情報を盗み出そうというのだ、五体満足どころか死すら生温い生き地獄を味合わされるだろうと言われた。しかしこちらに残された時間も少ない、我が子のために情報を持ち帰るためなら、この命にかえても後悔はないだろう。というようなことを掻い摘んで話すと-



「じゃあおじさん、僕が手伝ってあげるよ」



 女性はギョッとしたような表情をしているが、子供は臆せずに続けた。



「おじさんの子が元気になれば一緒に遊べるんでしょ? 村は大人ばっかりであんまり遊んでくれないし、いいでしょ? 」



 子供の非難の声に仕方なしというばかりに、女性はため息をついた。女性曰く実際にこの村には、にゃんにゃんこがいるそうだが、そのせいもあってか、多くの子供を住まわせることができないとのこと。にゃんにゃんこ相手に、人手が必要ということも相まってか、大人が大多数を占める状況に。その中でも滞在を許されているこの子供は、なんらかの能力を抱えているか、役割を任されてのことだろう。貴重な人材に逃げられてはたまらない、といったところだろうか。いくらか情報を渡してもいいほどに縛りつけておきたい人材が子供とは、女性からすれば厄介極まりないだろうが、こちらからすれば渡りに船だ。ありがたく乗せてもらおう。



「ところでおじさんはどれくらいこの村にいれるの?」



 今回の機会は今までにない特大規模だ。群れということは、いくつかの個体に逃げられても他に残っている限り、チャンスはあるということだ。それゆえに有給をも吐き出して五日間は自由の身だ。往復の(にゃんにゃんこ)日間を除いたとしても、三日間はフルに使える時間があるということ。そういうわけで、三日間+αほど滞在出来ることを伝えると、子供は飛んで喜んだ。



「今までの来る人来る人は、毎回その日だけでいなくなっちゃったから退屈してたんだよね! っと時間がもったいないよね、さっそくお話聞かせてよ、この村の外のこととか!」



 最終的には我が子と遊ぶのが目的だろうが、この閉鎖空間のような地では、私のような外界から訪れる者にも興味は尽きないのだろう。私としては、早速調査に取り掛かりたいところだが、協力者を無下にするのもまずいか。ここはあの子供に満足してもらってから、協力を仰ぐとしよう。まだ時間はあるのだから。





「ところでおじさんは、にゃんにゃんこについてどれくらい知ってるの?」


 案内された家で子供が満足いくまで話を語って聞かせた後、にゃんにゃんこについて切り出すと、こう聞いてきたのだ。こちらの情報の正誤のすり合わせや、何が新たな情報なのかという判断も必要なのだろう。そこで、私の把握している範囲で信頼性の高いものから噂話までざっと伝えたところ



「うわあ……恐ろしいまでにデマ流れてるね。まあこちらとしてはその方が安心だけどさ」



 驚くべきことに、その子供が言うには信頼性の高い情報も大半がデマ、むしろ噂話の中に一部正しいものが混じっているとのことだ。ということはつまり?



「そう、実はにゃんにゃんこは、人社会に深く潜り込んでいるんだよね。にゃんにゃんこの情報に関する分野に広く潜伏して、その正誤を歪めた結果、今のにゃんにゃんこが見つからない、見つけようとしても見つけられない状況になってるわけだ。『にゃんにゃんこは我々の身の回りに、実際に潜んでいるのだ』一応専門家の言うこの言葉は真実よね」



 恐るべしにゃんにゃんこ。しかしこの子供には期待できそうだ。そういった裏事情まで知っているのであれば、かなりの収穫、我が子の治療費に手が届きそうだ。



「さっきこの村にはにゃんにゃんこがいることを聞いたよね、せっかくだからこっそり見れる場所に案内してあげる。でもね、にゃんにゃんこは耳がいいから、何があっても喋っちゃいけない。もしこっちが見つかったら、逃げていくか襲われるけど、それじゃあ何もわからないよね?」



 仮にもこの村の住民だ、この子供がデマを流す可能性がないとも言いきれないが、観察に必要な事項であれば嘘をつくこともないだろう。にゃんにゃんこは聴覚に優れていると。





 村から歩くこと三十分、果たしてここは日本なのかと、疑いたくなるようなジャングルにたどり着いた。にゃんにゃんこはにゃんにゃんこ関連の情報機関に根づいているところから、自然と文明人なのかと思っていたが、そうでない個体もいるということだろうか。謎は深まるばかりだ。



(そろそろ喋らないように、ここから少し行った櫓が一番気づかれにくく見やすいところだよ)



 さらに少し歩くと、古びた櫓がぽつんと建っていた。今にも崩れそうだが、果たしてこれに登って大丈夫なものだろうか。



(大丈夫だって、つい最近も登った僕がいうんだから)



 そういう前フリを世間ではフラグと言うのだ、若者よ。などと考えながら子供の後に続いて登る。途中で壊れることもなく無事登りきると、そこからは辺りを一望できた。っと、あれは……こんな地に人?



(そう、人だね。……正確には人を模したにゃんにゃんこだけどね。人社会に溶け込めるくらいなんだから、何らかの手段で人に偽装、変態ができないと情報操作なんてとてもできないからね)



 どうやら人社会に、にゃんにゃんこが紛れているのは確定のようだ。こんな自然しかない場所、しかも日本国内で原始的な生活をしている人がいる、よりかは人を模した別の生物が暮らしているという方が、まだ納得はできた。ひとしきり考えて飲み込んだところで、子供に情報を求めるため振り向くと、虚空を見つめてぼーっとしていた。私に何か問題でもあったのだろうか。



(……ん、あ。いや、なんでもないよ。ちょっと気になることがあっただけ。問題はないね)



 その日は往路に時間を取られた上、子供の相手もしていたということで、ざっくり説明を受ける程度の時間しかなかったが、まだ初日だ。上々の滑り出しを考えれば、帰る頃には悪くない収穫が期待できるだろう。しかし未知なる相手な以上、どうなるかは私次第といったところか。





 翌日の天気は曇り、先行きの不透明さを暗示しているかのようだが、状況は決して悪くはない。子供は並び立って櫓まで歩く中、頻りに我が子について尋ねてきた。



「ところでおじさんの子っていくつなの? 我が子って聞くと、どうしても小さいイメージなんだけど」



 片方が幼すぎたりと、年齢が合わなければ遊ぶのも難しいと考えてのことだろう。が、心配しなくとも我が子は今年で16歳なのでね。妹か弟がほしいとも言っていたから、ちょうどいいだろう。病気のせいもあってか、学はあまりないところだけがハンデか。



「いい答えを聞けてよかったよ。さすがに幼児相手だと、どうあがいても子守りにしかならないからね……。で、どんな子なの?」



 前までは活発だったんだが、病気で弱ってからはすっかり塞ぎ込むようになってしまってね……。回復したとしても、控えめ止まりだろう。優しくしてもらえると嬉しい。病があの子に残した傷跡は予想以上に大きかったようだ。



「まっかせて! 今まで友達はいなかったから、仲良くなれるようにできる限りはするつもりだから」



 友達がいない、ねぇ……。この子も随分と難儀な生活をしてきたみたいだね。村に仲のいい人はいないのか? またはその能力か立場ゆえか。それも含めて滞在期間で明かされれば、幾分かやりやすくなるだろう。





 そうして遠目に観察を始めたはいいものの、今のところこれといって特筆すべき行動は今のところ見受けられない。人の形態だからだろうか、ああしてキッチンで料理をしていたり、日曜大工のような真似をしていても違和感は……。まて、料理だと!? DIYは材料さえあればどこでもできるが、ここはジャングルのような場所だったはず。なぜキッチンがあるのだろう……。今まで数時間観察する中で、なぜその違和感に気が付かなかったのか……。



(気がついたみたいだね、そう。ここにはキッチンやその他、今にゃんにゃんこが利用している器具や施設なんてないのよ。ここから導き出される答えは一一)



 げ……幻覚を操る能力?



(ご名答。あれはにゃんにゃんこの幻覚と違和感を低減する能力による産物。通常の擬態に幻覚作用を組み合わせることで、にゃんにゃんこの正体や習性は滅多に見られないよ。にゃんにゃんこの幻覚には、違和感を感じないようにする力も作用してるのに、まさかこうも早く看破するとは、おじさんの本気さが窺えるね)



 幻覚ね、となると厄介極まりないぞ。全てを誤魔化されては手ぶらで、またはニセ情報を掴まされて帰る羽目になる。早くに知れたのは幸運だ、何かしら対策を練らなければ。



(……思ったんだけどさ、ヒト社会ではにゃんにゃんこの影すら掴めてないっていうのはわかったよ。なら別にニセ情報をでっち上げとかでもいいんじゃないの? 何が正しい情報かなんてわからないだろうし)



 言われてみればそうか……もし正しい情報を持ち帰れたとしても、人側にある情報がほぼ正しいものではない。つまりニセの情報の方が信用に値するものである、ということにもなりかねないぞ。このことについてもいくらか検討が必要になるだろう。考察する中で子供が何か気づいたように



(っと、今日はこの辺で切り上げよう。これ以上ここにいると、バレる危険性が高いからね)



 というと?



(これはにゃんにゃんこの正しい情報になるけど、幻覚を解いた後だと、にゃんにゃんこの知覚能力は格段に跳ね上がるんだよね。ほら、あのにゃんにゃんこが変なポーズしてるでしょ? あれはにゃんにゃんこが幻覚を解く前兆。とりあえず戻りながら話そう?)



 残り時間がまだそこそこにあるにも関わらず、バレるのはごめんだ。カンフー? だろうか、謎の構えをとるにゃんにゃんこを尻目に、子供に従い速やかに櫓を離れる。しかし知覚能力向上ねえ。それはどのくらいだろうか?



「自分を知覚できる範囲に限り、何がどこにあるか、生物が何を考えているか、それとどんなに小さい音をもキャッチするよ。範囲はそこまで広くないものの、幻覚を解いた後で範囲内にいれば一発アウトよ」



 ということは、幻覚自体はにゃんにゃんこ側の認識を抑制する作用をしているということか。



「そうだね、でも油断は禁物だよ。本来ある反則級の知覚能力が抑えられてるだけで、一般的な成人と同程度には知覚ができる上に、聴覚の抑制は弱いからね」



 それはつまり、残りの二日で観察ができる時間が限られるということでもあった。これは提出するためのニセの情報を、念入りに練っておく必要があるやもしれない。っとそこへ浮浪者のような姿の男が山道の脇から現れ、何故か大人である私でなく、子供に因縁をつけてきた。



『オイ、おめぇだろ! にゃんにゃんこの村を知ってるのは。どこにある、言え! こんな僻地にガキがそう多くもいるはずねぇ!』



「ひっ」



 因縁をつけられたのは私ではないため、わざわざ厄介事に首を突っ込むこともないが、突然詰め寄られた子供は突然のことに驚き、尻もちをついて後ずさる。さすがにこれには堪らず、念のためカメラを後ろ手に隠しながら介入をする。



『あ? なんだおめェは。見たとこ……にゃんにゃんことは無関係そうだな。引っ込んでろや、これはこのガキと俺の問題だ』



 そういう訳にもいきません、私はこの子の親です。そしてにゃんにゃんこと言いましたか? 私たちはにゃんにゃんこについてではなく、親戚の家に向かう途中です。私たちはにゃんにゃんこについては何も知りません。



 この人も恐らく、私と同じくにゃんにゃんこについて嗅ぎ回っている一人だろう。そのガラの悪さから、すぐにけむに巻くことを決定。設定をでっちあげて対応する。しかし向こうさんも諦めが悪いようで。



『だからなんだってんだ! このガキがにゃんにゃんこへの手がかりなのは確かなはずだ!』



 その様子だと、どこかの子供に手がかりがあると考えてるみたいですが、我が子は一切関係ありません。お引取りを。



「パパ……」



『フン! どうあっても、そいつは違うと言い張るわけだ。ならば拳で聞いてみるとするか、その方が正直になんだろっ』



 なんとなく男の容姿から手が出ることを予期していた私は、ぶたれる前に子供を庇う。



『ほー、なかなか感動的な親子愛じゃねぇか。だがそれならば、お前からわからせてやるまでだ』



 音を立てて私は殴られる。子供が「パパっ!」と悲鳴をあげているが、これでいい。証拠は掴めた。



 私に手を出しましたね。であれば、あなたの負けです。このカメラはリアルタイムで、私のPCに録画データを送信しています。つまり私らをボコボコにした場合、あなたは晴れて警察の御用となります。



『チッ! こっちが手ェ出すのを待ってたってことかよ。仕方ねぇ、さすがに警察はゴメンだからな。ここで退いてやるが、このこと絶対にばらすんじゃねぇぞ! もしばらせば、お前らを地の果てまで追い回してやるからな!!』



 脅しもそこそこに去っていく男。男が視界から消えたのを確認すると、どっと疲れが押し寄せてきた。私自身荒事は得意ではないが、なんとか誤魔化せたようだ。大丈夫かと子供を見ると、座ったまま呆然としていた。



「あ、……パパ、ありがとう」



 まだ抜けきれていないのだろうか。実は私が実の親だったということもないぞ、あの場を乗り切るために咄嗟についた嘘だからね。ほら、立てるか?



「こ、腰が抜けちゃって立てない……」



 仕方ない、おぶっていくとしよう。無駄に歳は食っているが、まあなんとか持たせるさ。村に着くまでは私の背中で我慢しててな。そうして子供を背負い、今度こそ村へと歩き出す。



「背中おっきーい。あ、パパは今何歳?」



 もう一度言うが、パパではないのだけれど……。私は今年で三十九歳だな。妻に先立たれ、我が子につきっきりで、必死に仕事をしている内にこの歳だ。我ながら情けないもので。



「そんなことない! 僕のこと守ってくれて嬉しかった。なんかね、物心ついた時から僕の肉親はいなかったから、もしいたらおじさんみたいだったのかなって……」



 肉親がいないとか、さらっと思い事実を吐き出しているが、それは置いておこう。そう言ってくれると助かるなあ。我が子が病気にかかってから、父親らしいことなんか、ひとっつもしてやれなかったからな……。



「それに僕がにゃんにゃんこへの鍵っていうのは事実だから、もしおじさんがいなかったら、村含め大変なことになってたし、おじさんは恩人だよ」



 そうさなあ……じゃあこうしよう。恐らくこの後も、この近辺をさっきみたいな輩が徘徊するのは、想像に難くない。諦めている様子ではなかったからね。そんな中私のためリスクを犯してまで、にゃんにゃんこの観察に出ることは、私自身が許せない。



「じゃ、じゃあにゃんにゃんこはどうするの?」



 私の滞在する残りの時間で、それらしい嘘を一緒に考えてもらえれば、それでいい。やはり人側に教えるにしても、幻覚を見せるだとか、知覚能力が桁外れだとか、恐らく信用されないだろうなと。映像資料などがあれば、普通は信憑性については問題ないだろう。が、幻覚の場合、どうやって幻覚だと証明する? 映像では無理だろうし、寧ろ逆効果になりかねない。そこで、君の持つ情報もいくつかそれっぽく混ぜて、ダミーの情報を練り上げようという魂胆だな。



「お、おじさんはそれでいいの? ……子供の将来がかかってるのに」



 いや、これはそもそもの問題だな。私は本来村の部外者なのでね、そんな私の行動が不利益をもたらすとなれば、村の者が私を放ってはおかないだろうし、何より君が傷つく姿を見たくないというのもあるかな。と言ったところで、子供が背中に強くしがみついてきた。



「パパー!!」



 実に嬉しそうである。

 ああ、うん。もうパパでいいよ。



 そうして期間限定の我が子と共に、あーでもないこーでもないとダミーの情報を精査しながら、残りの時間を過ごした。





 それは突然訪れた。そろそろ帰ろうと、私は荷物をまとめていた時に、我が子が「もう帰っちゃうの」と寂しそうにしていた時に、外から銃声が響いた。我が子は悲しそうにしているが、私に特段驚きはない。にゃんにゃんこといえば、その存在自体が世界を揺るがすのだ。武力行使に出る者がいたところで何らおかしくはないし、恐らくこの村は核心に迫る地なのだろう。よりによって、私がいる間に襲撃されるとは……。銃声により静まり返った村に怒号が響く。



『我々はにゃんにゃんこに用がある! 大人しくにゃんにゃんこを差し出せば、村に危害を加えることはない! 白を切ることは無駄だと知れ! この場がにゃんにゃんこに深く関わる地であることの、裏は取れているからな!』



 その声は、三日前に私たちを襲った者の声だった。前は誤魔化せたが、今度こそたどり着いたか。そして銃器も持っているとなれば、私の出る幕ではなかっただろう。しかし、我が子が一も二もなく出て行ったとなれば、話は別だ。もう一人の我が子を守るべく、その後に続く。広場では既に数人の村人と武装集団が対峙しており、問答をしていた。



 険悪な雰囲気から察するに、この村はにゃんにゃんこをむざむざ差し出すつもりはないようだ。にゃんにゃんこはこの村の守り神だったか、となれば村を犠牲に神を守る方がいいということだろう。宗教的な考えの元では当然そうなるのだろうが、我が子は今にも泣きそうな顔をしている。この子は村の守り神である、にゃんにゃんこを崇拝してないのだろうか。



 そうして襲撃者が痺れを切らしたのか、無差別に銃を乱射し始め、射線上の村人が倒れていく。 相手が相手だけに動けずにいたが、人が減ってきたことで、ついにこちらも目をつけられたようだ。



『ん? おめぇら前にどこかで……。思い出したぞ、見事に俺をだまくらかしてくれた奴らじゃねぇか! 結局おめぇらは中心にいたわけだ。余計な手間取らせやがってよ。だが安心しな、おめぇらもすぐに村の奴らのとこに送ってやるからな』



「な、なんでそこまでにゃんにゃんこを捕まえようとしてるの!? にゃんにゃんこも人も一所懸命生きてるのに、こんなことして、今度こそ警察に追われるよ!」



『なんで、か。簡単な話よ、金になるからさ。警察だ? にゃんにゃんこの前には無力よ、にゃんにゃんこをチラつかせてやれば、それ以上の権力を持つ輩が、甘い汁吸いたさにもみ消すだろうからな』



「だからって……にゃんにゃんこだって……」



『もう聞き飽きたわ。にゃんにゃんこに関しては、おめぇらを始末してからゆっくり探してやるよ。手がかりは少なからずあるはずだろ』



 悲しそうに問いかける中、ようやくわかった。この子がなぜ怯えではなく、悲しそうにしているのか。この子が所々漏らしていた答えに、私はたどり着けたのだろう。だがそれがなんだ、この子はもはや私の子なのだ。ならば、守ってやらねばならない。この子らを犠牲にさせないためにも。



 すまない、私は妻に続いて病気を患う我が子を置き去りにしてしまうが、ここで動かなければ後悔し続けるだろう。ここにいるのもまた、短い時間ではあるが、安寧をもたらした家族なのだ。悟った私は銃器が向けられると同時に我が子に覆いかぶさり、鉛玉を背中に浴びる。



『ほーん、まさかほんとに親子だったとはな。思わず泣いちまうが、無力だな。俺に手間取らせた報いとして、大人しく死んでるといいさ』



 何やら意識が薄れるが、これだけは言い残さねば。奴らが去るまで死んだフリ、あれに助けを求め……。ああ、私は死んだのだ。言語化出来ない痛みの中、意識が切れる直前、最後に強烈な光を見た気がした。













 結論から言えば、私は奇跡的に生還した。家のリビングで目を覚まし、病気で臥せっていたはずの、我が子が起きてキッチンに立っていた。病気の具合は大丈夫なのかと聞けば、帰ってきた答えは。



 もう、心配しすぎ! 手術でちゃんと治してもらったから! お父さん疲れてるみたいだし、ゆっくりしててね。今日はロールキャベツだからね。



 我が子の病気まで治っているときた。これは死んだあとの世界なのだろうと考えていたら、私に歩いてくる第二の我が子。それを見て確信した、これは現実なのだと。



「もう、あの後大変だったんだからね! あの人らの通報と、パパの手当てと長時間の手術。でも上手くいったし、ニセの情報もしっかり掴ませれた結果、娘さんの手術も上手くいったしね。パパが我が子って言うから、男の子かと思ってたよ。でも、二度も守ってくれてカッコよかったよパパ」



 ああ、わかっている。あの状況で私は致命傷を受けていたはずだ。助かる見込みがあるとすれば、直後に手術を受けるか、奇跡でも起こらない限りは死んでいただろう。あの地は最先端の設備の整った病院とは無縁であり、そもそも襲撃者をどうにかできる状況ですらなかった。だが、それを詮索するほど無粋でもない。奇跡が起きた結果、私と我が子は助かった、それが全てなのだろう。



「パパどうしたの? 泣いて一一」



 ようやく実感が湧いてきた途端、涙が止まらなかった。情けなく子供の胸に縋りついて泣いた。ありがとう、ありがとうと繰り返した。感極まった私に言葉は出てこなかった。



「もう、甘えんぼさんなんだから。でも今だけは許してあげる。これからは僕のパパでもあるから、これで精算ということにしてあげる。これで対等な親子だからね」



 強く抱きしめられた私はいつぶりだろうか、安らぎをも感じていた。言い方は変だが、安住の地を見つけたかのようで、妻が生きていた頃以来の感覚なのが不思議だった。





 あの一連の騒動の後、家族が増えた。一人称は僕、格好も男の子だったため、意外にもその正体は女の子だったことにはこちらも驚いた。村で何かしら掟のようなものがあった結果だろうか。住んでいた村は襲撃者によって壊滅させられたようで、私の元に転がり込んできたようだ。しかし娘が一人増えただけだ。病気の方の娘の手術を終え、心の荷が降りたということもあり、いくらか余裕のできた私は、今までより我が子との交流を増やしていこうと、父親らしいことを今までの分もしてあげられたらと思いながら、今日もまた生を実感するのだ。





 にゃんにゃんこ、その正体は依然として謎に包まれているが、きっと悪いものではないのだろう。守り神として祀っている地もあるくらいなのだ。娘が助かった以上、もはやにゃんにゃんことは無縁の私だが、どこかにいるその安全を願いつつ、「パパ早く!」と嬉しそうに私を急かす娘を追うのだった。





「にゃんにゃんこ」

にゃんにゃんこ

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