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けいどろ!

作者: 雨居神宮



 その中年男性は喫煙者だった。

 昨今条例が厳しくなり喫煙する場所を探すにも一苦労するこの男。だからこそ灰皿の近くが彼の憩いの場である。


 昼下がり、男はよっこらせと定位置に座る。

 その公園には珍しく喫煙所があった。毎日昼にパンとコーヒーを買って、食事の後にベンチで一服するのが彼の日課なのだ。


「あん?そうか今日は土曜日か」


 男はプカリと煙を上げながら目を細めてその光景を追う。

 普段は人気の少ない公園であるが、小学生くらいの男の子達が元気に走り回っていたのである。


「警泥か、懐かしいなぁ。俺も昔やったやった」


 警泥けいどろ。名前の通りに警察と泥棒の役に分かれて行う鬼ごっこの一種だ。

 ルールは簡単。まず泥棒が逃げる。そして時間が経ったら警察は追い掛けて、泥棒をタッチする。そうしたら逮捕。それだけだった。


 なお逮捕にあたり、このゲームには囚人を入れる牢屋が必要だ。泥棒は警察の目を盗み、捕まった仲間をタッチすることで脱獄が可能なのだった。※ルールは地域によって差があります。


「今も昔も子供ってのは元気だねー」


 自分の少年時代と姿を重ねたのか、男は懐かしむ様に子供達の遊びを眺めた。

 警察役は3人、泥棒役は10人くらい居ただろうか。まだ牢屋ががら空きなゲーム序盤。警察はなんのリスクもないために、待て待てと無邪気に追いかけっこをしている。


「おじさんは心も肺も汚れちゃったから、走るのなんてもう無理だなぁ」


 もう何年走ってないかなと、酒と運動不足で緩んだ腹をつまむ男。

 そうしている間にもゲームは動き、早くも3人の逮捕者が出た所だった。逮捕者が出る。つまり警察は追うと同時に見張りを付けなければ脱獄されてしまう。

 男は深く煙を肺に吸い込み、さてここからがこのゲームの面白い所だぞと、一人決め顔をした。


「ボス!どうしますか!」


「焦るな。闇雲に動いては奴らの思う壺だ」


 これを見ろと、ボスと呼ばれた少年は、捕まった泥棒の上着を剥いだ。


「これは……」


「くそ、面倒な」


 泥棒の上着の下は迷彩服だった。子供らしい可愛い知恵だなと中年は笑い、周囲を見渡すも、人影は無い。はて随分遠くまで逃げたのだなと、このときはそう思った。


「ギリースーツまでは当然用意しているだろう。こちらは空から攻めよう」


 警察役のリーダーらしき少年が用意したのはドローンであった。

 スマホと連動しているそれをすいすいと操作する少年を見て、男はこれも時代なのだなぁと感心をする。


「ハハハ居たぞ!北北西に一人。誘導する、二人一組(ツーマンセル)で追い込め!」


「「シーボス!」」


 その姿はさながらに鷹と猟犬。制空権を持つ少年は泥棒の逃げる方向を上空より把握し、地上の二人が的確に追い詰めた。逮捕者はあっという間に三人から四人に増える。

 男は震えた。完璧な作戦だ。ボスと呼ばれた少年は檻の前から動かないのだから泥棒に勝ち目はないのである。


「あー隣ごめんなさい」


 男が少しばかり興奮している時、隣に人が来る。

 大人が見知らぬ子どもを眺めているというのも体裁が悪いので、男はオホンと一つ咳払いをしてどうぞと返した。


「よしよし間抜け共め、油断しているから丸見えだぞ。次はその地点から北上だ!」


「ッ――ザ――ザ――」


「ん、なんだ?通話が、いやドローンの操作も。まさか電波妨害!?」


 絶対有利と思われたボス。しかし慌てた様子で囚人に詰め寄る姿が見える。

 すっかり少年の遊びの行方が気になる男は、新しい煙草に火を付けて興味の無い振りをしながら耳を澄せた。


「お前ら、さてはスパイだなー!!」


「ふふふ、リーダーは貴様らの行動などお見通しなのだよ」


「っく!やばい、戻ってこい!!」


 焦るボスを見て、男は今何が起こっているのかを考えた。

 小学生の遊びで電波妨害という単語を聞く事になるとは思わなかったが、要するに通信手段を失ったのだろう。


 仲間が遠くまで出払っているところでの通信の遮断。つまり看守は一人。

 男はこれまでのケイドロの経験からハッと顔を上げる。


「突撃!突撃!突撃ー!」


「「「「おおおお!!」」」」


 そう人数による波状攻撃だ。もくりと背景が動き、地面から草むらから遊具から泥棒が押し寄せたのだ。

 特攻といえば最後の手段と考えがちだが、最後の一人では駄目なのだ。今だから!まだ警察より人数が勝る今だからこその泥棒の特攻!


 素晴らしい采配だった。泥棒側のリーダーは情報戦を仕掛け、奇襲に最適な機会を掴み取ったのである。

 さしものボスも五人に一斉に襲われては牢屋を守り切れなかったようだ。伽藍の牢屋の前で膝を突くボスの所に遅れて警察の二人が帰ってきて、泥棒が嵐の様に去っていく。


「ぼ、ボス、これは!?」


「すまねぇまんまと嵌められたらしい」


 1勝負を見届けた所で男は灰皿に吸い殻を落とす。ジュポリと消火する火種を確認したところで、さてとと立ち上がった。仕事をしなければと会社に向かう男の顔は楽し気だ。


「時間ってのは俺が思ってるより早く進んでるらしいな」


 男の去ったベンチには、上手く影に隠れていたタバコチョコを加えた少年が居て。

 見敵必殺と叫ぶボスが追いかけ、リーダーは逃げた。

 


本当は子供がハイテク装備で遊んでオジサンがジェネレーションギャップ感じるという話が書きたかったのです。


でもあまり本格装備だとサバゲーになってしまうと思ったのでこんな感じで妥協しました。

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