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短編(日常・恋愛)

会議中に寝て起きたら上司がゴリラになっていた。

作者: 鞠目

「おい増田、会議中に寝るな」

 昼休みが終わる13時ぴったりから開始の会議中、あまりにも眠たくてうとうとしていると目の前のノートパソコンから怖い声が聞こえた。

 しまった、昼ごはんに大盛りのカップ焼きそばなんて食べるんじゃなかった。一時間ほど前にコンビニで、ついギガマックスのパッケージの誘惑に負けてしまった自分を後悔する。時計を見ると13時15分。それほど寝てはいなさそうだ。

 新卒でまぐれで紛れ込んだ大手菓子メーカーの新商品企画室。満腹時に新しいお菓子の話なんてできませんよ課長。最近はすっかり慣れた在宅ワーク。会議は基本WEB会議だ。慣れるのに少し時間がかかったが今ではこれが当たり前になった。

 早く返事しなきゃと頭の中では思うのに体がなかなか動かない。焼きそばと一緒にコーヒーでも買っとけばよかった……


「すみません、ちょっと意識が飛んで……」

 ノートパソコンの画面を見て私は絶句した。文字通り言い切る前に言葉が急ブレーキをかけた。だって課長がゴリラになっていたんだもの。

 比喩ではない。ザ・ゴリラなのだ。もともと色黒で体格のいい課長は動物で例えるならゴリラだなあと思っていた。でもまさか本当にゴリラになる日がくるなんて。会議が始まった時は人間だったのに。世の中何が起こるかわからないものだ。

「増田さん、どうしたの?」

 寝ぼけた頭が徐々に覚醒するにつれて問題の深刻さを理解していく。課長だけがおかしいんじゃない、みんなおかしいんだ。絶句した私を心配して一つ上のリコ先輩が声をかけてくれた。……くれたんだけどリコ先輩の姿は私が知ってる先輩の姿じゃなかった。

「先輩、いつからリスザルになったんですか?」

「え、前からじゃない。何を今更」

「そうでしたっけ? おかしいなあ、私どうかしちゃったのかな。あ、じゃあ課長、課長っていつから……」

「増田、寝てたくせにまだ会議の時間を無駄にする気か?」

「すみません……」

 うう、怒られてしまった。大人しく引き下がり画面をよく見る。うちの部署のメンバーは6人。メンバー全員が参加するWEB会議の画面は寝ている間に動物だらけになっていた。

 後輩でぽっちゃり系男子の前川は眼鏡をかけたまるまるとした豚になっていた。事務歴25年の姉御は白い大蛇になっていて真っ赤な舌をちろちろしていた。それからイケメンだけど仕事ができない竹中先輩はシェパードになって欠伸をしているし、同期で寂しがりやの明日香は真っ白のうさぎの姿でなんだかぷるぷる震えている。なにこの動物の組み合わせ、笑っちゃいそう。


「増田も起きたし話を戻すぞ。コンビニ限定商品として今企画を進めているバナナチョコチップの販売促進案についてだが……」

「バナナチョコチップ?」

 私は思わず大きな声を出してしまった。コンビニ限定商品の企画は汁なし坦々麺味のポテトチップスだったはずなのに……


 ドンドンドンドンドンドンドンッ!


「まーすーだー! お前話が進まないじゃないか! 人が話してる時は遮るなといつも言ってるだろうが!」

 課長、いやゴリラが画面の中で派手にドラミングしながら怒鳴ってきた。画面越しなのに耳元で太鼓を叩かれているようなすごい迫力だ。どうしよう、うるさいしもう逃げ出したい。とりあえず目を閉じる。

 目を閉じても音が鳴り止まないので耳をおさえてみた。おさえてから気づいた。いつもと耳の位置が違う? しかもなんかふわっとしている。首を傾げながらそっと目を開いてノートパソコンの画面を見ると私は映っていなかった。

 あれ? いつの間にか私はキーボードの上に立っていた。パソコンが私よりも大きい。なんで? どういうこと? 少しパニックになってきょろきょろと家の中を見渡していると姿見に映った自分が見えた。

 私はリスになっていた。


 ドンドンドンドンドンドンドンッ!


 相変わらずドラミングが続いている。もう会議どころではなさそうだ。

 ゴリラ以外のメンバーはというと、リスザルは真っ赤なリンゴをふきんで磨いてうっとり眺めている。豚はお菓子を食べているし蛇は尻尾でスマホを操作している。蛇ってスマホ使えたんだ。犬はすやすやと寝ているし、うさぎは相変わらず震えている。ふふふ、もう会議は無視して良さそうだ。私はそっとパソコンから会議の画面を消した。

 リスだ。自分がリスになったのに不思議とあまり驚かなかった。驚きよりリスでよかったと思った。だって可愛いし小さいし食費も安くすみそうなんだもの。それに尻尾のもふもふ感、自分で言うのは恥ずかしいがすごくかわいい。

 お腹が減った。何か食べたいな。両手を見る。我ながら可愛い手だ。でも参った、この手じゃできることは限られている。何か食べ物を探したいけどどうしよう……短い腕を組んで考える。

 机の上を右往左往とうろちょろしながら考えていると座卓の下に何かが落ちているのに気がついた。じーっと見てみる。あ! あれはくるみだ!

 昨日の夜、チューハイのつまみに食べていたくるみが一つ床に落ちていた。ここ最近くるみにハマっていて、通販で殻のついたままのものを1kgどっさり買ったのだ。毎日お酒のつまみに少しずつ食べるのが今のマイブームだ。

 昨日寝ぼけながらお酒を飲んでいたので床に落としたことに気づかなかったようだ。昨日の私グッジョブ!


 ぴょーん


 私は机の上から床に飛び降りた。高所恐怖症なのに今は飛び降りることが全然怖くなかった。気がついた時には跳んでいた。ああもう本当にお腹が減った。私はくるみに向かって全速力で走った。

 くるみだくるみだくるみだくるみだ!

 リスになってわかった。リスから見るとくるみってこんなに大きく見えるんだ。当たり前のことだけどなんだか新鮮だった。

 どんどんくるみとの距離が縮まっていく。あと少し、あと30cmを切った……そう思った時だ。くるみの下の床にジグソーパズルのピースのようなひびが入った。

 なんだあのひび割れ? 私が疑問に思い立ち止まった途端、くるみの下の床はバラバラと崩れていった。そしてすとんとくるみが下の暗闇に落ちていった。

「え、嘘……」

 突然の出来事に頭の処理が追いつかない。なんでなんでなんで? 床が崩れた? せっかくくるみが食べられると思ったのに……

「まじかよ……」

 ぺたん。ショック過ぎて私は思わず床に座り込んだ。すると私の周りの床にもパズルみたいなひびが入った。

「あ、やばい」

 そう言った時にはもう遅かった。私の周りの床は崩れ去り私はくるみと同じように暗闇の中に落ちていった。






「まーすーだー! 会議中に寝るな!」

 はっ! 課長の声で目が覚めた。私は自分の家にいて、目の前には机とノートパソコンが見えた。WEB会議中だった。

「おい、聞いてるのか増田!」

 課長の怒鳴り声が聞こえる。私は寝ていたみたいだ。両手を見るとちゃんと人間の手だった。時計を見ると13時15分。会議が始まって15分ほど経っていた。

「なんだ、夢かー」

 思わずほっとして大きな独り言を言ってしまった。

「ちょっと増田さん……」

 リコ先輩の心配そうな声が聞こえる。しまったやらかした。

「お、お、お前ってやつは……」

 あ、やばい課長を本気で怒らせてしまった。地の底から這い上がるような課長の重たい声がノートパソコンから聞こえてくる。

「すみま……」

 謝らなきゃと思ってノートパソコンを見た私は開いた口が塞がらなかった。




 ドンドンドンドンドンドンドンッ!


 家中にドラミングの音が響いた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)鞠目ワールドが全快にでている作品ですね。何て言うか言葉遊びがとても上手い作品だなって思いました。「リスザルは真っ赤なリンゴをふきんで磨いてうっとり眺めている」とかですね。鞠目さんだか…
[良い点] 凄い面白かったです!(語彙崩壊) [一言] くるみ食べるシーンが見たかった(絶望)
[良い点] 動物、くるみ、床のひび割れなど、夢の世界に自然と深く沈み込んでいく感じがして、また、最後一気に覚醒する感じがして、まだ夢から完全に抜け出せていないような、ふわふわした不思議な読後感でした。…
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