その小さき手に大きな世界を
「早くごはん食べて!」
「急いでお着替えして!」
毎朝、あわただしく急かす母。
僕はごはんをゆっくり食べたいし、テレビだってまだまだ見ていたい。
それに保育園なんて、ちっとも行きたくない。
どーして行かないとダメなんだろう。
無理やり自転車の後ろに乗せられて、強引に保育園の門の向こうへ追いやられる。
笑顔でお迎えしてくれる先生だけど、心の中は全然笑ってない。
そして、ここでもまた「早く手を洗って」「早くお片付けして」と急かされる。
おとなしく大人の言うことを聞くのは簡単だけど、すごく違和感があるんだ。
これは本当の僕じゃないって。
「りょうくん!また!どうして先生の言うこと聞かないの!」
いきなり叱られたけれど……えっ?僕はちゃんと先生の言うとおりに絵を描いてるよ?
そう思ったけど、声がでない。
「遠足に行った時の絵を描きなさいって言ったのに!どうしてバスの絵を描いてるの?お友達はみんな動物の絵を描いてるでしょう?」
僕はちゃんと遠足に行った時の絵を描いていた。
みんなでバスに乗って行ったのが楽しかったんだ。
動物を描かないとダメだったの?
それなら、そう言って欲しかった。
「書き直しなさい!!」
先生は、僕の話を聞こうともしないで、そう言った。
当然、書き直す必要なんてどこにもない。
僕の遠足は、バス推し。
クレヨンを置いて、先生との無言の戦いが始まった。
先生は僕の事が嫌いなんだろう。
いつも怒っている。
僕だってこんなとこ、来たくない。
自分がここにいる意味がわからない。
先生も僕も、一歩も譲らない。
気がつけば夕方になっていた。
母がお迎えに来た。
また、いつものように、鬼の形相で今日の僕の失態ぶりを報告していた。
黙って聞いていた母だったけれど……「何故、動物の絵を描けと先に言わなかったのですか?遠足の絵を描けと言ったのなら、書き直す必要はないと思います」
まさに、僕が思っていた事を言ってくれた!
思わず目を合わせて、力一杯頷いてしまった。
先生は僕達親子を扱い難いと言っていたけれど、母と一緒なら間違っていないと思えた。
その日の帰りもまた公園で遊んだ。
朝の気忙しい雰囲気がなくなり、のんびりした母の顔を見ると僕は安心できた。
今日は戦いごっこはせず、砂に絵を描いて遊んだ。
散々「動物を描け」と言われたからか……。
なんとなくウサギを描いていた。
でも、なんか、変なウサギ。
母は「めちゃ可愛いウサギ」と言いながら写メを撮っていた。
こんなウサギがいたら、マジヤバイやろ……レベルなのに。
そして、僕はここでとんでもない事をしてしまったのを、後で知ることになる。