騎士団の資料室
長く準備してきたパーティーはあっという間に終わり、今日は騎士団の資料室へ来た。
広いようで狭い。片付ければきっと広い。
乱雑に机の上に置かれた資料達と古い紙の匂い。
人が出入り出来ない大きさの換気窓は、ホコリの被った箱で塞がれている。
ここは権限のある者と許可を得た者しか入れないらしく、見て分かる通り殆ど清掃されていないようだ。
棚の位置分けはしてあるが、明らかに違う資料が並んでいるあたり『元の場所に戻す』ということが出来ない人達が使っているらしい。
「資料の持出しは厳禁、最後には必ず施錠しろ」
「了解です」
「分かっているとは思うが鍵を無くすんじゃないぞ」
もちろん分かってますってと言いながら並べられている資料のタイトルを流し見していく私に、「気が済んだら鍵は私の執務室まで持ってきてくれ。鍵自体も城から持出し厳禁だからな」とハント公爵はもう一度念を押した。
ギィと煩く閉まる古い扉には556を吹きかけてやりたい。
それにしても古臭い匂いだ。
いくつか机と椅子が置かれているが、皆が普段使うのはあれなのだろうなと判るぐらいひとつを除き長年掛けて溜まった埃。机にそのまま置かれた資料は、誰かが忘れたのかそれとも仕舞う場所が分からなくなったのか。
文字が掠れていたりして流し見だけではどんな資料なのかあまり分からない、というかその前にこのままでは肺がやられそうだ。
ひとまず換気をしてやろうではないかと絶対誰も座ってない椅子を踏み台にして、虫が落ちてくるかもしれないスリルと戦いながら換気用の窓を塞いでいる箱を退かした。
開けたのはいいが、こんな窓だけではあまり効果は無い。
まさか窓があそこ一つなんて事はないだろうと資料探しよりも窓探しをしていると、やはりもう一つあった。箱で塞がれているなんてレベルじゃない異常な塞がれ方の窓。
(はぁ?? くそか、誰がこんなにココに積み上げてんだよーまじでー)
誰かも分からない奴に腹を立てながらまた椅子を持ってきて、積み上がったものに少し手を触れるとバサバサーっと勢いよく崩れた。
咄嗟に目をつむり呼吸を止める。
チリと埃が空気中に舞い上がり、私は急いでそこの窓を開けた。すると風が流れて余計に埃が舞う。
「けほっ……、もー……ほんっとヤダまじで」
ハント公爵がドレスで行くなと言った意味が分かる。
言う事を聞いて一番汚れてもいい街着で来て良かった。
とりあえず落としてしまった紙類を拾うと、そこには変なイラスト描かれている。
下手っぴなイラストをよく見ると、脚の生え方がおかしい動物のようだ。
いや、下手過ぎてそう見えるだけなのか。
(こんなの捨てろー? 何故取っとくー??)
「はっ! まさかこれも資料……? 魔物を描いた資料……?」
そう思うとこれが何なのか余計分からなくなったから壁に飾っておいた。決して下手なイラストの見せしめではない。
「つうかどこに何があるか分かんないし、そもそも私は何を調べれば良いのかも分かんないし、とにかく汚ねぇ……」
私の言葉も十分に汚ねぇが、この部屋よりマシだ。日光に反射して埃が舞っているのがよく確認できる。
次に来るときは雑巾を貰ってこよう。
改めて資料室を見回すと、一際綺麗な机の上に丸まった紙がある。埃も被っていないし団員がよく使う資料なのか。
どれ私も拝見致しましょうと広げれば、それは魔物の分布地域を表した地図だった。
(あっ、こういうのとても便利ー!)
地図上には魔窟の場所、遭遇した魔物を種類ごとに記号で印し、日付も書き込まれている。
日付と一緒にLv.3やLv.5と書かれているものは、対象がどれだけ魔素に侵されているかを表したもののようだ。
以前カレンの屋敷へお邪魔した帰り、ハント公爵が言っていた。国の西側と東側で魔物のレベルが全く違う、と。
確かにこの地図を見るとハント公爵家含め、西側の魔物はLv.4や5が多い。完全に魔素に侵されたアヌビスやネフティスもLv.5になるのか。
これも公爵が言っていたが、東側に印されたLv.5の日付を見ると十年置きが殆ど。本当に川を挟んで真っ二つにレベルが違う。北と南に差は無いようだ。
というかそもそも魔素とは何だ?
魔窟とはどんなものなのか。
城の書庫や公爵家にあるような本では古のドラゴンがどうたら空から飛来した黒い何かがとか、だいたい建国時の話しか書かれていない。
〈魔物〉〈魔窟〉〈魔素〉等それぞれ棚に大分類のプレートが打ち付けられ、そこから小分類に細かく分けられているものの、なにせ並んでいる資料がバラバラだから『これについて知りたい!』と思っても探すのに時間が掛かりそうだ。
(まぁいいや。とりあえず魔物の棚から適当に手に取って、それで戻す時に正しい場所に入れてけばいつかちゃんとした資料室になるでしょ)
──なんて思ってたのが四時間前……。
「あーーもう!! また入んないしっ! やばい、もう17時過ぎてる、就業時間まで時間無い!」
とんでもない事になってしまった。
来たときより酷くなったかもしれない。
棚から資料を取って「へぇ爬虫類も魔物化するんだなぁ」とか、「魔魚ってまじでデカくない……?」とか、「解体全書……うわっ、これはグロい! 無理!」なんて魔物について勉強にはなったのだが、その後だ。
正しい場所に戻そうとしてもぎゅうぎゅうに詰められていて、棚に戻せない。だから大分類が明らかに違う資料を引っこ抜いてそれをまた見てと繰り返すのだが、資料の厚みの関係で二、三冊抜くとそれがまた入らない。
ディス·イズ·カオスだ。
その結果、とんでもない事になった。
机の上に新しく積み重なった資料。
どこに挟んでいたのか分からないメモ用紙。
切れた頁の残骸。
こりゃ確かにこうなるな、と納得せざるおえない。というか最初に荒らした奴が悪いから私のせいではない。そういうことにしてくれ。
(つか本当に時間がやばい! 執務室に行かないと奴が来るッ……! さすがにこの状態を見せるわけには……ッ!!)
そう思って急いで散らかした資料を見えなそうな位置に一箇所に纏め、窓を閉めて、扉を施錠した。
よしこれで証拠隠蔽だあとは執務室に息を整えて行くだけ、とまだ気が焦っているのか少し早歩きして角を曲がればお決まりの展開。「ふぎゃ!」と可愛げのない声でハント公爵とぶつかってしまった。
「走るな。危ないだろう」
「ぎ、ぎり走ってないです……すみません」
綺麗に受け止めてくれたようで、すっぽり腕の中に収まった。普段から鍛えているからか私がぶつかったぐらいでは公爵の軸はブレない。
「確かに長居し過ぎだがそんなに急ぐ必要はないだろう」
「えっ、ま、まぁ確かに?? そうですね、うん、その通りですハイ」
怪訝な顔で見下ろすから、目を逸らしたら怪しまれると思い逆に見つめてやった。すると公爵の方がすぐに視線を外した。
目は口ほどにものを言うが、まさかあの資料室を私が更に荒らしたとは思うまい。
(ふふふ、馬鹿めが……!)
「いやぁこんな所までわざわざすみませんね。ささっ、帰りましょう帰りましょう」
「あ、あぁ……」
「きっとサンゴウもブルータスも私達のこと待ってますよ」
「やけに調子がいいな……」
「ええー? そりゃあ沢山の資料見れましたからね、私にとっては全く新しい知識ですもん。面白いですよ!」
「……まぁ、気に入ったのなら……。言えばいつでも鍵を貸そう。私は資料室の鍵を置いてくるから先に向かっててくれ」
「はい、ありがとうございます」
ふぅ、と今度こそ息を整えて、私は言われた通り馬小屋で大人しく待っていたのだった。




