log__わたしの知らない話
「陛下、無事の帰還なによりです」
「おぉブルー! 出迎えご苦労!」
千聖が大ホールにて段取りの説明を受けていた頃──。
国王の甥であるブルー·ハント公爵は城の正門にて、陛下の帰還を待っていた。
前日と当日にも到着する時間は伝達済みだったが、息子のアーサーはどうやら忘れているらしい。
第二王女は7歳らしくしっかりと出迎えて父親に可愛がられ、王妃のクレアは生地の買い付けのためいまだ帝都に滞在中。
「おや、息子の姿が見えんのだが?」
「残念ながら。来訪者披露パーティーの段取りに夢中なようです、メグさんと共に」
「何故だ、カレン殿はどうした」
「陛下……、申さなくとも分かるでしょう。こう言っては何ですが、カレン嬢に失礼では?」
「…………分かっておる。だが私も息子が可愛いからな、この国を安心して任せたいのだよ。メグ殿の期待は未知数だがいささか不安だ。カレン殿には申し訳無いと思っておる……いい加減決断せねばな……」
酷く申し訳無さそうにする国王オースティン。
それが本心だとブルーも解っているから、それ以上何も言えないまま相変わらずの溜息をついた。
淀んだ空気を変えるように、「そうだブルー!」とオースティンは土産の酒を自ら差し出す。
「あぁ毎度の楽しみですね。有難うございます」
「これは千聖殿と一緒に飲むのだぞ。そのために買ったのだから。約束は守れよ?」
「陛下も意地の悪い方だ。それぞれに感想を求める気でしょう。ちゃんと二人で飲んだかどうか確かめるために」
「けっ、侮れん男め」
オースティンはいつもの調子でブルーと会話をしながら、己の帰還を忘れているアーサー殿下の元へ向かう。
厳しいことは言いつつも大切な息子だ。
母親ほど甘やかすなんてもちろん出来ないオースティンだが、久し振りに顔が見たいという親心までは隠せない。
いつかは親元を離れるものだが、最近はめっきりメグに夢中だから少しばかり寂しさを感じていた。
「ブルー。お前は、アーサーとメグをどう思う? 国の為云々関係無く、正直に申してくれないか?」
「どうしたのですか、私に意見を求めるなど。らしくもない」
「ううん……まぁ色々とな」
帝国を治めているのは若き王。齢27、ブルーよりも若い。
己と歳が然程変わらぬ先王は、まだ現役を続けられたのにも関わらず、堂々と息子に国の長を渡した。
国力が違えば王たる器も違うのか。自分の息子と比べると恥ずかしい。なんならバルドー帝国現トップの若き帝王より、魔物に囲まれたこの小さなルースト国を治める己の方が劣っているだろう。
個人的な付き合いもある先王とも、己と比べると足元にも及ばない。
それを知っているから、世界の広さを知っているから、息子の幸せよりカレンの幸せより、せめて帝国には恥じぬような国にしたいと考えてしまう。
それがただの見栄だとオースティン自身、分かってはいる。
元々ルースト国自体ほぼ自給自足で成り立ち、高価格高品質で輸出している薬のおかげで、帝国の平均より幸福度指数は高い。
病気に関してもルースト国の民には家庭薬があるし、バルドー帝国先王にはそれが理想的な国だ羨ましいと言われるが、世界を相手にする大きな帝国に言われるとなんだか馬鹿にされた気分だ。
もちろん先王は人を見下すような人ではないが、実際そう言う意味で罵ってくる帝国の大臣もいるので気にしてしまう。
「殿下とメグさんはお似合いだとは思いますよ。見ていても相性が良いと感じますし」
「そうか……。二人は、王と王妃になれると思うか? 私は、どうしてもカレン殿を手放せない……」
「…………はぁ、そうですね、まだ何とも。メグさんは19歳でしょう? アーサー殿下だって20歳になったばかり。メグさんの立ち振舞いだって生まれた世界が違うのでこの社会に慣れてもらうしかありません。そもそもメグさんが現れてから半年程しか経っていませんし、もう少し様子を見てあげても良いのでは? 陛下だってまだ国王を辞める気は無いでしょうに」
「はは、その通りだな、どうしても帝国と比べてしまう、私の悪い癖だ」
「陛下がカレン嬢を手放したくない気持ちは分かりますが、彼女はこの国では珍しく立派な女性です。帝国の侯爵家から縁談が来るぐらいですから」
「お前は冷静だな。さすが私の弟の息子。あいつにも立派に育ったブルーを見てほしかったよ……」
「やめて下さい、悔やんだってどうにもなりません」
「感傷に浸るぐらい良いではないか。ま、お前はそうやって生きてきたのだもな。強く立派になって私も嬉しいよ」
お前が小さい頃はな、と話し始める叔父に、甥のブルーは「またその話ですか。いい加減聞き飽きてますよ」と冷たくあしらった。
己の過去を懐かしんで話してくれる叔父の存在はとても有り難く、感謝してもしきれないが、もう二度と戻れない満ち足りた日々をまたいつか、と願ってしまい虚しくなるのだ。
「すまんな、これでも歳だからの。昔の話ばかりする仕様なのだよ」
「困った仕様ですね」
「ところで。千聖殿とはどうだ? 仲良くしておるか?」
期待のこもった眼差しにブルーは放っておけと言わんばかりに眉間に皺を寄せ、「そうですね、それなりに」と簡潔に答えた。勘の良い王に悟られたくない一心で。
だが王であるオースティンの心配は別にもあるようで、来訪者の千聖がこの国の皆に受け入れられているかを気に掛けていた。
素直に発言するメグとは違い我慢をするタイプだから、精神的に疲れていないだろうかと。
「お前との婚約パーティーでも他の令嬢から色々と言われたりしただろう? 国民全てが来訪者の顔を知っているわけではないからこれからまた何か言われるのではと心配になるのだ。帝国と比べれば生温いかもしれんが、知り合いの一人も居らぬ場所、三ヶ月が経ち、そろそろ故郷や親が恋しくなるのではないか……?」
「…………そうかもしれませんね。ですが彼女はあまり弱い部分を見せないので、私にも本心は……けれど周りの近しい人とは上手くやっていますよ」
「ほう、誠か」
眉間の皺が緩み、彼女を思い出して口元も緩んだブルーの表情を、オースティンは見逃さなかった。
明ら様に食い付けば口をつぐんでしまうので、簡潔に相槌をうった。
「はい。普通の人間なら怒ったり気にするような事も自分が気にしなければそれで済むというドライな性格です。けれど決して冷たい人間ではなく、相手の立場に立ち冷静に見て話を聞き、心の隙間にいつの間にか入り込んで、足りないものを埋めてくれる、そんな存在です。そして手放したくないと、側に居て欲しいと思わせる人……ですかね」
なんだしっかり彼女を見ているじゃないかとにやつく口元を、蓄えた髭でなんとか誤魔化した。
ブルーの為にと今まで色々と国内のみならず令嬢を紹介してみたが、ここまでの存在は初めてだ。
「大人しくていいですね」とか、「あまり得意なタイプではないですね」とか、「私の稼ぎも無限ではないので少し難しいですね」なんて全くもって手応えが無かった。
突如現れた変化球のメグでも、「賑やかな女性ですから毎日一緒に居ても飽きはしないでしょうね」とまるで他人事。
それが、出逢ってたった三ヶ月ばかりの女性にこうも心惹かれているのかと、叔父であるオースティンは嬉しくてたまらなかった。
愛し愛される喜びをまた味わってほしい。
彼女なら、千聖ならばそれを叶えてくれるのではないか。
「それで? ブルー、お前はどうなのだ?」
「はい?」
「お前の足りないものは埋まったか?」
「っ……私には、必要ではありませんので」
「そうか。なはは! なははは!!」
「なんですか、気持ち悪い」
「いやいや、気にせんでくれ……! はは、なははは!!」
「…………はぁ」




