嫌ではないけれど
「えっと、じゃあ私はあそこから出てきて、ただここに立って笑っとけばいいと。公爵様の横で」
「左様でございます」
「込み入った話をされるのはたぶん晩餐のときですもんね。ハント公爵様は帝国軍の席へ行ってしまうから主要な方のお名前だけは何とか覚えます。メグちゃんの分も……」
「あぁもう、千聖様はご理解なさるのが早くて助かります! 心配なのは……メグ様と……」
同じく大ホールの遠いところで話し合っているメグとアーサー殿下。
来訪者披露パーティーの為、今は段取りを話し合っている最中だ。
(てか何で殿下とメグちゃんが一緒なのよ。殿下は一応婚約中のカレンさんと出席するんじゃないの? つーかカレンさん自体居ないんですけど)
呼ばれもしないのかと単純な疑問を抱いて、目の前の外務大臣にこそっと聞いてみると困ったように笑った。恐らく本当に困っているのだろう。
「えっと……もしかしてもしかすると殿下はメグちゃんと出席しようとしてます??」
先程同様小声で聞くと無言で頷く大臣。心中お察しして暫し考えなくとも頭のおかしい話だ。
ならばカレンは誰となんの為に出席するのか。そもそも出席させる気はあるのか。一応未来の王妃としてご挨拶という意味も込めているのに。
「んん〜〜……ホントにもうっ! ひとつ提案なんですけど、エスコートとかそんなの無くしちゃって最初から最後まで私とメグちゃんがペアで出席するっていうのは……」
「え!! 良いんですか!? 私共もそれは考えたのですが千聖様に掛かる負担があまりにも大きいだろうという事で流れたのです! そう! 仰っていただけるなら!! 大変有難いです……!!」
大臣の勢いに圧倒されつつ、はい別に構いませんよと快諾すれば感謝感激が雨あられだった。
どうせ紹介を預かって皆の前に出て笑って突っ立っとく点は変わらないのだ。面倒事がひとつ減る方が良いに決まっている。
「そうと決まれば早急に殿下にお伝えせねば! あッ、もちろん千聖様が提案したとは言いませんのでっ! また詳細決まり次第ご連絡致します! 予行演習として国内貴族向けのパーティーも開かれるので大丈夫かとは思いますが、また何かお気付きの点があれば遠慮なく仰って下さい! では!」
「はーい、そちらもどうか無理はなさらないようにー!」
殿下の元へと走り去る大臣は「おぉ千聖様は本当に聖女のようだ……!」と天を仰ぐので、「わたし聖女じゃないですからねーー!」とその背中に否定を投げつけた。半世紀も生きた大臣だというのに元気でなにより。
ふぅ、と私は一息ついて、どうやら今日の予定はこれで終わりらしい。
時刻を見ると昼の11時半を少し過ぎた頃。
時間的にもシェフのリカルドとチヂミを作るのに丁度良い。
メグも予定をすぐ空けられる曜日だし、ちょっと誘ってみるかとその事をメグに伝えると、もちろんふたつ返事。打ち合わせが終わり次第、キッチンへ直接向かうとのこと。
そうと決まれば早急に午後の授業を休みにしてもらえるよう先生に頼まねば!
(すぐ空けられる曜日ってメルヴィンさんの授業日なんだよね……。可哀想な気もするけどまぁメルヴィンさんだからいっか)
因みにここ数日で変化したことがあって、メグが「もうっ! いちいち後ろついてくるのちょーうざーーい!!」と素晴らしい我儘を発揮してくれたお陰で、来訪者の単独行動が城内だけOKになったのだ。
来賓等で城門を開く際は騎士の方を付けなければならないが、それでもかなり自由になった。
メグは容姿が目立つし、私に関してはメイドや護衛騎士、神官の方々とも顔見知りになれたのが大きいと思う。
(いや、ほんとウザかったからこれに関しては感謝しかない)
リカルドが希望した13時にはまだ少し時間がある。休憩中のメイド達と話でもしていれば直ぐに時間も経つだろう。
大ホールを後にする前にもう一度立ち位置を確認するかと螺旋階段を登れば、「おや。千聖殿ではないか」と久し振りの優しい声。
「陛下! お久し振りです! 帝都はどうでしたか?」
「いやあこの国とは違って栄えていたよ。その分向こうも問題は山積みのようだがな。しかし広い広い! 帝国とは誠に大きな国だわい! なははは!」
「ふふ! 何だかバカンスにでも行ってきたみたいですね!」
「おっ、心配せずとも土産は買ってきたぞ! 帝国の地酒だ!」
「わぁ! 嬉しいです! 有難うございます!」
「もちろん私のポケットマネーからだ! 税金は使っておらんぞ?」
「さっすが陛下!」
出番が無く存在を忘れかけていたオースティン陛下は、ここ2週間ほど友好国であるバルドー帝国へ外遊していた。
出発する前に会った時は楽しみで仕方ないのか、「帝都までは遠いしこれでも王だし途中で高級宿に泊まるし着けば着いたで帝国の酒飲めるしこんなもの殆ど遊びみたいなものだな! なはは!」とご機嫌だった記憶がある。そして宰相に怒られていたっけ。
「して千聖殿。私が居ない間ブルーとの関係はどうだ? ん? だいぶ打ち解けたか?」
「すごい期待の目で見てますね。でもまぁ、それなりに一緒に過ごしてるので最初よりは全然会話もありますよ」
ほほう、と満足そうな顔。
すると陛下は一呼吸置いて、いつかはと、考えていた言葉を口にした。
結婚はどうだ、と。
「え、結婚……ですか?」
「嫌か……?」
「嫌とかでは……ないですけど……」
「では何かブルーに不満があるのか?」
「や、そういう訳ではなくて、その、普通に実感が湧きません」
婚約だと恋人と然程変わらないが、結婚といわれるとなんだか現実味が無い。そもそも互いに何とも思っていないのに結婚なんてして良いのか。
この貴族社会ではそれが普通だとは分かっていれど、いざ自分に降りかかると。
(ねぇ〜? うーん……やっぱ実感ないなぁ〜〜)
「実感なんて皆等しく湧かんよ。私達にとって恋愛結婚など無縁なものが殆どだ。……しかし、中には偶然の出逢いが必然となる者も居るようだが、なぁ?」
「はぁ……」
「千聖殿にとってもそうであってほしいが、……ま! 時間なら沢山ある。あまり深く考えずに考えてくれ!」
「なんか哲学ですね」
「なははは! 土産の酒はブルーに渡してあるからな、二人で仲良く分かち合うんだぞ!」
「あ、はい、戴きます!」
なんだか本当に今日はご機嫌なようで、また「なははは!」と笑い肩にポンと手を置かれ、そのまま陛下は通り過ぎて行った。途端に「おい息子よ! 私が帰ったというのに迎えも無しか! 時間まで伝えたというのに!」と声を張りアーサー殿下を叱る父の顔。
私のときとは随分と対応が違うが、やはり親だから息子には厳しいのだろうか。
ブルーはちゃんと出迎えに来たのにお前は何をしておる、なんてモラハラされているが、カレンにした事が自分に返ってきていると思えば自業自得だな。
メグの「おーさまお帰りー! そんなにアッくん怒んないであげてー!」という呑気な声が何だか微笑ましい。
(あっ、そうこうしてたら12時になっちゃう。とりあえずメルヴィン先生にメグちゃん借りるよって謝んなきゃいけないんだ)
けれど私の頭を過るのは、やはり“結婚”のことだった。
公爵夫人になったところで私に何かメリットはあるのか。余計縛られるだけではないのか?
現実味は無いが、結婚『する』か『しない』かはちゃんと決めなければならない。
(いや決断が重くねーー……?? 別に好きでもないんだけどなぁーー……!)




