公爵の憂鬱【悪戯な天使】+2日目真夜中のお話
やはり彼女の身が心配で、どうにか途中で抜け出した。
ロイドが貴族令嬢を連れて行く場所。屋敷からは見えない丘の上。私は急いで其処へ向かう。
すると「あっ、ちょっ、ロイドくんだめッ!」と、彼女の声が聞こえた。
彼女の両手は縛られ、こんな餓鬼如きにこんな事をされるぐらいならば、あのとき抱えてでもいいから無理矢理に連れてくれば良かった。
カレン嬢を含めたハーディー公爵家の中ではいつまでも可愛い弟のロイドだろうが、7歳から始まった行為はどんどんエスカレートしていき、今ではハーレムを築いているぐらいだ。
その内容はとてもじゃないが口に出して言えない。
彼女は常識人らしく抵抗したようだが、かなり息が上がっている。縛られて何をされていたのか。仕方無く漏れ出る声に苛立ちを覚えた。
公爵家長男に向かって淑女にはあるまじき“くそ餓鬼”だなんて言葉をそのままロイドに「口が悪い」と指摘され、彼女らしくもなく「はいー? このくそ餓鬼のマセ餓鬼!」と言い返している。ロイドに陥落されていないようで安心した。
このままの姿では屋敷に戻れない。コルセットの紐を編み直そうと、ベンチに彼女を座らせた。
「え、直してくださるんですか? すみません有難うございます」
先程までロイドに抵抗していた彼女が素直に言うことを聞く様に、大人気無く優越感に浸ってしまう。しかし右の首筋にロイドに付けられたであろう痕が見え、またしても苛立ちを覚えた。
もうこんな感情はやめたい。
ロイドは私が編み直す様子をあざとく見つめ、「ちさとお姉様ったらぼくの時もそれぐらい素直に聞いてくれればいいのに」とくだらない事を抜かすが、「誰が聞くもんか!」とまた言い返す彼女。
その一言で、私の言葉なら素直に聞いてくれるのかと再び優越感に浸ってしまい、彼女の言葉に一喜一憂させられる自分が本当に疲れる。
放り投げられた靴を履かせ、ストールを羽織らせ、ドレスに付いた土を払ってようやく屋敷に戻った。
カレン嬢は彼女の姿を見て何をして遊んだのかと問うが、彼女は平然と嘘をついた。
姉であるカレン嬢にとっては優しい嘘だろう。そういう部分に心の広さが伺える。ロイドにだって警戒しながらも本気で拒絶しない辺り大人だと思う。
そして帰りの馬車の中。
彼女は、「全く。気の抜けない夜でしたよ」と愚痴を漏らしている。どうやら諦めの悪いロイドが寝室に忍び込んできたのだとか。
シーツで簀巻きにして身動きを取れなくしてやったと言うが、前科があるので安心して眠れなかったそうだ。
「ちさとお姉様ってこういうのが趣味? たまにはされるのも悪くないよね、とか言いやがって本当に何なんですかあの餓鬼! あの歳にしておかしくないですか?」
「まぁ……何かしらの能力に長けた奴ほど歪んでいるものだ……。すまない、私がキチンと伝えれば良かった。言いにくい内容とはいえ……」
「いやぁ何か言いたそうにしてたのに、私も聞けばよかったんです。助かりました」
あの餓鬼には前科があるのかと彼女に聞けば、酒を飲んでぐっすり眠っていたのでハッキリとは分からないが、首筋と鎖骨の下に痕があり、どんな悪戯をされたのか想像するだけで恐ろしいと言う。
腹の立つ内容だが、こんな話でも、話してくれた事に喜びを感じてしまう自分は愚かだろうか。
「まっ、知らない方が良いこともありますし。あ、そういえば。ハーディー家の領地シンボルって熊ですよね。熊の魔物って犬型よりも危険なんですか?」
彼女は魔物に興味があるようで事細かに聞いてくるが、魔物駆除で比べれば私の領地よりも簡単だろう。
何故なら、国の西側と東側で魔物のレベルが全く違うからだ。
これは気候のせいだと言われているが、実際のところはよく分かっていない。国の中心には川が流れており、それのせいだと主張する人もいる。
国の東側に位置するハーディー公爵領、そのシンボルである熊の魔物は滅多に出遭わない。
確かに万が一細胞まで魔素に侵された熊の魔物に出遭えばとても危険だ。ただそれは10年に一度現れるかどうかのレベルで、通常は普通の熊より少し大きくパワーがあるぐらい。
「もし……お前が良ければ、騎士団で管理している資料室への入室を許可しよう」
「えっ?」
「もちろん興味があるのならばの話だが」
「えっ、あります、見たいです。是非」
そんな話をしていれば城に着いた。
昨晩はよく眠れなかったと言っていたから気付けば彼女はうたた寝している。こくりこくりと気持ち良さそうに舟を漕いで、無理に起こすのは可哀想だ。
ならば少しでもよく寝られるようにと、己のジャケットを被せた。
その時、ふと気になって、鎖骨の下に付けられたという痕を覗いてしまった。止めておけば良いのに。
生意気な餓鬼につけられたそれを見て、案の定苛ついてしまったのだった。
「ねぇちさとお姉様。ぼく本当に嬉しかったんだよ」
「え?」
「おねぇ様があんなふうに笑ってるの久しぶりに見たんだ。怒って、悲しんで、また怒っての繰り返し。最近は心にぽっかり穴が空いたみたいにぼーっとして……。ぼくがもっと大人だったら殿下から守れるのに……。だから、ぼくのことは避けてもいいからおねー様とは、これからも仲良くして……?」
「ほんっとに、くそ餓鬼のくせして憎めないやつだなぁ。別にロイドくんのことも避けたりしないよ」
「ほんとに? こんなことしてるのに?」
「アッ、こんな事っていう自覚はあるんだ……。でも、まぁ……遊びは程々に、ね?」
「うーん、善処するよ」
「くそマセ餓鬼め」
「口悪ーい」
「こら。蹴り飛ばすぞ」
「えへへ」
「何で笑うの」
「えへ。ねぇ知ってる? ちさとお姉様がこの国に現れなかったらブルーおじさんはおねぇ様と結婚するつもりだったんだよ」
「え……そうなの?」
「もともとブルーおじさんはおねぇ様を婚約者にしようって考えてたみたいだけど、歳も同じの殿下と婚約しちゃったから。まぁ諦めるしかなかったんだけど、おねー様も殿下にうんざりしちゃって何度“ブルー様が陛下のお世継ぎだったなら”ってもう耳タコだよ」
「え、じゃあわたし邪魔じゃん」
「そんなこと無いよ。だってブルーおじさんがあんな風に駆け寄るとこなんて見たことないもん」
「んーー、だから何」
「だからなにじゃないよ! 貴族の結婚が家同士のためだってちさとお姉様もしってるでしょう?」
「そりゃ知ってるけど。私が居なければ二人は結婚してたワケで結果二人の邪魔をしたって事には変わりないのでは……?」
「ちさとお姉様のばかっ!」
「なんだって!? んもう! いいから寝なさい!」
「うーん、こんなふうに縛られてると興奮しちゃって寝られるかなぁ」
「全く」




