公爵の憂鬱【馬車の中にて】
「その……、すまなかった」
「? 何がですか?」
カレン嬢のハーディー公爵家へ向かう馬車の中、私は目の前に座る婚約者にそう言った。
私の瞳を痛めない落ち着いたグリーンのドレス。限りなくシンプルなアクセサリー。同年代の女性達とはあまり趣味が合いそうにない。
「今日付き合わせてしまったことと、メグが勝手に見せてきたとは言えお前のあのような姿を見てしまって……」
「ああ。いえ別に。減るもんでもないですし。それにいつも聞き手役だったので今日はなんか本来の自分って感じです」
「そうか……なら、良いのだが」
「……いや、今日もか」
「…………」
流れゆく景色を眺めて、彼女はぽつりと言う。
彼女はいつも聞き手役か。私が聞けば答えてくれるだろうか。この前は答えてくれなかった。
最近夜は眠れているのか、魔物駆除した日に本当はミハエルとどんな話をしていたのか。
私には弱いところを見せない。
話してほしい、頼って欲しいと心の何処かで思っているのにも関わらず、彼女には上手く伝えられない。騎士団の団員ならばさらりと聞けるのに。
彼女の扱い方が分からない。女性の扱いならば慣れているのに。
そもそもこんな事を思っている時点でおかしいのだ。
互いに愛を求めてはいないし、彼女自身放っておいてほしいと言っていた。私だって誰かに頼らず甘えず、一人で生きていくと決めたのだ。
なのに何故、これは何処から湧き出る感情だ?
私の屋敷へ初めて来た時と同じ、ただ窓の外を眺める彼女。
流れゆく景色を見て何を思う?
それを知ったところで私には関係無いはずだ。
なのに何故知りたいと思うのか。
あの日──、彼女の髪に触れ、寝顔を見つめていた時からおかしくなってしまった。
ドクリと心臓を刺され、そこからどんどん広がって、侵されていく。まるで毒が広がるように、心臓から身体の先まで蝕まれていく。
これでは駄目だと、何か止める術はないかと反抗してみるも、抗えない。
どうすれば止められる?
どうすれば、普通に戻れるのだろう。これは形式だけの婚約。感情なんてない筈なんだ。
しかし、遠くに彼女を見かけるとつい目で追ってしまう。
どれだけ離れていようが、この瞳が捉えてしまう。
彼女がどんな顔をして朝を迎え、どんな顔で一日を終わるのか、最初から最後まで全て見届けたいとまで思う。
有り得ない。こんなことは有り得ない。
目を瞑っても彼女が頭から離れてくれない。
彼女が居た世界では下着とも見れる格好で他人に晒すのは普通なのか?
彼女の、あの姿を多くの男性に晒したということなのか。
そういえば身体の関係もあったと言っていたな。
あの、写真の男と。
優しい人だと言っていた。
私とはまるで正反対の恋人だったという男。この世界には居ないのに、あの男に対して黒い何かが湧き出てくる。
彼女の思い出の中にずっと居座る。
私自身魔物ではないのかと囁かれているが、本当にそうなのかもな。
止めようとしても止められない。奥から溢れてくる黒い何か。これを彼女に受け止めて欲しいと思うのは、とても恐ろしいエゴだ。
一体私はどうしてしまったというのだ。
「てか殿下は何なんですか?」
「……どういう意味だ?」
「あれから会う度に顔真っ赤にして吃っちゃって。なんですか? 思春期の中学生ですか??」
「そう……なのか? そうだな、思春期……、殿下も女性経験がないから」
「まじですか。あんな顔して? やべぇな」
そうだ、アーサー殿下も彼女の写真を見たのだ。
話から聞くに殿下は彼女をそういう目で見ているらしい。
もし、もしも殿下がメグより彼女を所望したのなら、私はどうすれば良い。
陛下だって彼女が王妃になるのなら喜ぶはずだ。私より家格が下の人間ならばなんとでもなるが、王の子である殿下ならそうはいかない。
いや、違う。
どうにか出来るなどそういう問題では無いのだ。彼女の意思を一番に考えるべきなんだ。私がどうしたいかなんて関係無い。
私が……、私は……どうしたいのだろう。
彼女を、どうしたいのだろう……。
「公爵様? 大丈夫ですか? 様子悪いですけど……」
「っ、ああ……少し考え事をしていただけだ」
視点を定めずぼんやりしていた私の腕にそっと手を触れ、心配そうに覗き込む。
自然な色合いの唇に思わず目がいく。
「仕事のし過ぎなんじゃないですか?」
「お前に、心配されるほど軟弱ではない」
「まぁ……そうかもですけど。無理はしないで下さいね、と言いつつ私が無理させてる張本人なんですけど。私が婚約者になっちゃったから余計な仕事増やしちゃいましたよね、すみません」
「いや…………」
否定しようもそう思っていたことは確かだし、仕事が増えたのも事実だ。
何か分からない感情に振り回され、疲れているのも事実。ただそれが『嫌か』と問われるとそうではない。
きっとここで私が嘘をついても、彼女は気を遣っているんだなと判るだろう。
私が何も答えられずにいると、呆れた風に口角を上げ、「はーあ。殿下ってまさか会う度に私の身体想像してるんですかね? むっつりじゃないですか。やだやだ」なんて話題を戻した。距離感が程よい彼女だが、最近は物足りないと感じてしまう。
「餓鬼にはあまり近寄らないでおこうかな」
「良い考えだとは思うが、かなり不敬だぞ」
「あらやだわたくしったら。聞かなかったことにして下さいませ」
「はっ、見事な張りぼての言葉だな」
分からない。自分が分からない。
この感情は何なんだ。
分からないが、分かりたくもない。
この答えを知りたくない。
溢れそうな何かに全て蓋をしたい。
彼女と出逢って3か月が経とうとしている。
私はまた、大切な人を失いたくは無い──。




