前を向け、さすれば光が見えるだろう。+独占欲の始まり始まり
「グレンくんお早う」
「あ! 千聖さ……どうしたんですか? 具合でも悪いですか?」
「あはは、グレンくんさすが。頭が痛くって……来たばかりで悪いんだけど痛み止め調合したやつあるかな……?」
今日は神殿へ行く日だ。
常備薬で良いのに、わざわざ「勿論です! ちょっと待ってて下さい!」と新鮮な葉を即座にすり潰すグレン。
優しいが過ぎる。
昨日の夜は、考えて考えてでも答えは見つからなくて、でも目の奥に焼き付いてしまった藁布に並べられた死体達が離れなくて。頭の中が答えの出ない堂々巡りをして、疲れてようやく眠った感じだ。
起きて気付いたことは、(あぁグレンくんから貰ったウォルスのアロマを使えば良かった)だった。
なかなかのポンコツだ。なんの為に貰ったのか分からない。そして最高に頭が痛い。
これを知恵熱というのだろうか。
今朝出かける前、庭に干されていたのは、毛皮を剥いだものだった。
肉も一部干されていた。
“あの子達”は何に使われるのだろう。誰の元へ行くのだろう。誰の肉となり血となるのだろう。
命を犠牲にしたのだから、どうか大事にしてほしい。
私も、今までよりも戴きますと御馳走様をちゃんと言おう。
それを言ったからって現実が変わるわけでもないが、食われるために育てられ何の為に生まれてきたのかも分からない家畜達に感謝を捧げよう。
あぁ、もう嫌だ。
こんな事ばかり考える。もう考えるのも疲れた。
「はぁ……、頭痛い……」
「もう少しで出来ますからね!」
「ごめんね……! ほんと来てそうそう…………あれ、新しい子が入ったの?」
グレンのいつもの研究室に見慣れない女の子。
まあるい眼鏡にくすんだ金色おさげで、綺麗な淡い緑の瞳、鼻のそばかすが可愛い子だ。
でも恐らく見た限り貴族の子ではないのだろう。
私が気付かなかったのが悪いのだが、挨拶をしようとしていたのか緊張した面持ちで直立している。
「そうなんですよ! 一昨日からうちのチームの一員。千聖さんが来るからって出勤したときから緊張しっぱなしで」
「はじめまして。ごめんなさい私ったら気付かなくて……」
「いえっ……! あっ、その……、あの」
そのまま自己紹介するのだろうと暫し待っていたのだが口をつぐんで俯いてしまった。グレンは私に薬を差し出すのと同時に「こら、ナナ。ご挨拶でしょう」と先輩らく指摘する。
「でっ、でも、グレン様……相手方から名乗っていただかないと、私……」
「だーかーらー、ここでは身分関係無し! 千聖さんもそんなの気にしないよ! そうですよねっ!?」
「もちろんだよ〜。でも緊張してるみたいだから私から自己紹介するね、天宮千聖、もうすぐ22歳です。宜しくお願いします」
「あ、あ、わたし、ナナ·シルビアと申します……先日17歳になりました。此方こそ、よろしくお願い致しますっ……!」
ほわほわ見守る周囲の目と初々しい彼女に、心にすこし余裕ができた。
これからこの子は新しい世界を拓いていくんだ。私も同じ処をうじうじぐるぐる回っていないでちゃんと前に進もう。何か動きださなきゃ変えられないのだから。
そう思い、よしと意気込んですり潰された薬草の苦味を我慢し、ごくりと水で流した。
(ひーー、いつ飲んでも苦いなぁ……良薬口に苦しー)
「あとナナ、僕に様付けはダメって言ったでしょ」
「は、はいっ、すみませんっ……!」
「じゃあなんて言うの?」
「グ、グレン、せんぱい……」
「はい、良く出来ました」
ぽん、と頭を撫でられるナナの顔は沸騰しそうなくらい真っ赤。可愛らしいグレンの笑顔も何だか少し大人びて見える。
(え、なにこれ。青春かよ。私がもう取り戻せない青春かよ)
若いっていいなぁ、なんて自分もまだまだ若いくせして、周りと同じくほわほわの視線で見守る。
「千聖さん、見て分かる通りナナはド平民なので少々お手を煩わせるかもしれませんが、すごく面白い子なのでこれからもお願いします」
「うん、もちろんだよ!」
「先輩ったら変な事言わないで下さいっ……!」
「だって本当の事でしょう? 聞いてくださいよ千聖さん、ナナの家庭薬ったらもう容赦無く苦いんですよ! 僕びっくりしちゃいました」
「うわ、グレンくんが言うぐらい苦いなら私飲めないかも。これでさえ苦いの我慢してるのに」
「えへへ、ごめんなさい。ホントは果汁とか混ぜた方がいいんですけどね」
家庭薬とはそれぞれの家に伝わる伝統の薬のこと。
塗り薬や飲み薬、家庭によって伝わるものも違い、その家族によっても配合が若干違ったりする。
たぶん『お袋の味』とかそういう感覚なんだと思う。
それぞれの家庭で伝わる薬が違うから、4年に一度出版する本のためデータを集めている神官は、「嫌になっちゃうよ」と呟いていたっけ。
(親と子でも配合違うとか確かに全然纏まらなそう……)
そして神官になったばかりの新人は休暇を除く約半年の研修を終え、それぞれチームへと配属される。その前にある神殿での一大イベントが、所謂ドラフト会議だ。
新人の神官たちは自慢の家庭薬を調合し、先輩神官へ提出。これは先に話した本の為のデータ集めも兼ねており、神殿にとってもとても重要なイベントなのだ。
顔の良いグレン直属のチームを希望する女は数多居たが(殆どが貴族の令嬢だったそうだ)、採用人数が一人だったためグレンが希望したナナひとりの採用となった。
なんでもナナがドラフト会議で提出した滋養強壮の家庭薬が劇薬かと思うほど苦かったらしく、それが決め手なんだとか。
グレン直属のチームに採用されなかった他の女達はそれでもグレンに近付こうと、その下のチームの採用人数が10名だったのでこぞって配属希望を出したらしい。
(グレン君こう見えてもやっぱ顔好しの侯爵家長男だもんなぁ)
因みに神官と騎士団は2年毎の採用でそれぞれ年をずらして交互に試験が行われる。護衛騎士は4年に一度だそうだ。
護衛騎士は基本的に王侯貴族を護衛する仕事だから、かなりクリーンな人間でないと合格すら出来ない。
(たしかにカイさんめっちゃ良い人……!)
まぁそんな事があってナナがチームの一員になった訳だが、あぁだからかと納得。
今日はもういちど私の世界でどんな風に薬が売られているのか、どんな種類があるのか説明してほしいとグレンに頼まれたのだ。
これはきっとナナの為なのだろう。
ちょっとだけ面倒だなぁなんて思っていたが、そうと分かればしっかりせねば。
また誰かを夢中にさせる何かを提供出来るならと、それで未来が作れるならと、私はまだずきずきと痛む頭を持ち上げ、昨日の難しいことなんて忘れて、前を向いた。
──「エロそうな女と二人きりだったじゃないですか」
彼女は見ていたのか。
彼女も、今の私と同じ気持ちだったのだろうか。
レイラ嬢とは本当に男女の関係など一切無い。持とうとも思わない。最近噂をされているがお前もメルヴィンとは男女の関係では無いのだろう? と、そう聞けばいいのに。
彼女が質問にきちんと答えないから私も仕返しをしたくなった。
己は馬鹿か。
子供か何かなのか。
本当は知っているくせに。メルヴィンとはダンスの練習をしていたこと。
しかしミハエルとの会話ははぐらかすので「そもそもお前の軽率な行動のせいだろうが」と、ひとこと言ってやろうと瞳を見たのだが──、その瞳は恐ろしいぐらい虚ろだった。
ああ今は彼女の心を刺激すべきではないなと、感じたから、その場を離れた。
私が側にいては逆効果な気がする。
彼女の瞳がまた前を向くまで、何も言わないでおこう。
それが良い。どうせただの婚約者なのだから。




