すれ違う二人
お前は罪な生きものだなと心の中で呟いて、またブルータスにちょっかいを出していれば「そうだ!」とカイは大声で手を叩き言った。
「これからアニーや他のメイド達と一緒に昼食を戴くんですが、良かったら千聖様も如何ですか? 会いたがってましたし」
「わー! 私もアニーさんに会いたいです! お邪魔じゃなければ是非!」
「いやぁ、居てくれたら逆に有り難いですよ〜〜。こいつらが彼女欲しいって煩いので」
「へ? 何故そこに私が出てくる……?」
カイは「おい千聖様に変なことバラすなよっ……!」と小突かれているのだが、実際そんな合コンみたいな席に私みたいな奴がいても邪魔なだけではないだろうか。
わたしフリーでも無いし一応婚約者いるしなと眉を歪ませていれば、「千聖様はキューピッドなので」と恥ずかしそうにするカイ。健康的に焼けた肌と、私と大して変わらない平凡な茶色の目にくしゃりと皺が寄る。
なるほどそういうことか。私という存在を挟んで出会ったカップルだ。あながち間違いではない。
「あはは、ちゃんと縁になれるかは分からないですけどね!」
「いえいえ。出来るか出来ないかはこいつ等の魅力次第なんで」
「おいカイぃ!」
「お前が言うとムカつくな!」
聞くとこの三人と、アニーや昼食をともに戴くメイド達は皆歳が近いのだとか。しかも20〜24歳辺り。22歳目前の私と同じ年頃だ。
まるで同級生と食事をするみたいで少し嬉しい、……と言いつつこの国の学園は16歳で卒業するから結構大人な部類に入るのだろう。
(さみしー彼氏ほしー、なんて軽い気持ちの合コンじゃなくて婚活的な……?)
「じゃあ私とりあえずブルータスを小屋に繋いできますね」
「え、ブルータス……って名前なんですか……?」
「はい! 可愛いでしょう?」
「う、うぅうん、まぁ、あはは、はい……」
(なんだその微妙な反応は! 全くけしからん)
何と思われてもブルータスはブルータス以外に似合わない。
苦笑いする三人をじとりと睨みながら馬小屋へ向かっていると、一足先に着替え終わった騎士団員達が余所余所しく挨拶をしてくる。
きっと、これが団長の婚約者か、と様子を窺っているのだろう。距離感が焦れったくて仕方ない。何度も言うが別に大した存在ではない。
「ブルータス、しっかり水分摂るんだぞ。かわいいなブルータス」
私の可愛い可愛い愛馬がキチンと水分補給をしているか確認していると、ブルータスの瞳が一瞬私の背後を捉えたので何だろうかと振り返った。そこには此方に向かってくるハント公爵の姿。
(おお、さすがブルータス。まだ距離があるのに気が付いたのか)
感心して鬣を撫でていると、「よく気が付いたな」と公爵が言う。
「ふふん。すごいでしょう? まぁ私はブルータスを観察していただけなんですけどね」
あぁなる程、と公爵。
きっと公爵自身も気配を消す自信があったのだろう。ただ魔物同様、動物相手には効かないらしい。
「あまり甘やかすなよ」
「ん〜〜、善処します」
「はっ、既に行動が伴っていないが」
「これは愛情を注いでるんですー。必要な事なんですー」
未だ鬣を撫でる私にハント公爵は鼻で笑った。
甘やかすのと愛情を注ぐのは全然違う。悪戯や無茶をしたら私だってちゃんと叱る。
(いや実際まだ叱っては無いけど)
今は水分補給して偉いから撫でているのだ。
何も間違ったことはしていない。そうだ。偉いから撫でているのだ。
「ところでお前、」
「はい?」
「腹は、減らないのか」
と、私のブルータスを撫でながら呟いたハント公爵。
ブルータスは罪な生きものだからつい夢中になって、カイ達を待たせている事をうっかりすっかり忘れるところだ。
「そうだ! カイさん達待たせてるんでした! ランチに誘われたんですよ!」
「そう、か。なら急いでやれ。制服は後で良い」
「はいすみません。近くなんで一人でも良いですよね?」
「駄目だ」
「はい。すみません」
(やっぱ駄目か。さっきはしれっと上手く行ったのにな)と肩を落とし、僅か300メートル程の距離にある練習場へ、ハント公爵と共に戻った。
カイ達は、「公爵様。お疲れ様です」と挨拶をする。
騎士団長にではない。“公爵”に挨拶をするのだ。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ! 私達待つのは慣れてますので!」
外国への買い物や旅行にもしばしば護衛する騎士だから、本音だろう。人の買い物に付き合うのは大変だろうな。
ハント公爵は私を護衛騎士に引き継ぎすると、自分も昼食へと出掛けた。
いつも何処で誰と食事を摂っているのだろうか。公爵家でもそれぞれ別で食事している。元々自室で食事していたらしく、婚約してもその習慣は変わっていないようだ。
私の好みは会話の中でいくつか伝えているが、公爵が何を好むのか未だに知らない。
(まぁそれを知ったところでなんだ、って言うー)
ハント公爵は午後から執務室で仕事のようで、「何の予定があるのか知らないが就業時間までには執務室に来るように」と言ってきたから、今日はちゃんとご自宅に帰宅するらしい。
限られた時間の中で何処まで行って、何処でブルータスを見つけてくれたのか私には想像することしか出来ないが、きっと疲れているだろう。どうか今夜はゆっくりして欲しい。
右肩が疲れているのか、肩を回す後ろ姿を見てそう思ったのだった。




