公爵の憂鬱【幼馴染み】
廊下を歩いていると、彼女が神殿の方から歩いている姿を見つけた。しかも一人だ。隣には誰もいない。
白衣を靡かせ堂々と歩く姿は女だというのに格好良くみえた。彼女なら自分の能力だけでなんでも乗り越えていけるだろう。
そんな女に果たして私が必要なのだろうか。
貴族の女とは違い一人でも生きていけそうだが、『来訪者は一人で行動してはいけない』という決まりから仕事を一旦保留にし、何処へ行くのかも分からない彼女の元へと向かった。
歩いていた方向と性格から恐らく書庫だろうと考えたが、予想通りだったようだ。
書庫の手前で彼女の声がする。
誰かと喋っているようで、相手は聞き覚えのある声。侯爵家の私生児であるメルヴィンの声だ。
彼は私生児で母に虐げられながらも、努力と頭脳だけで今の地位を手に入れた。もしかしたら顔の造りも影響されているかもしれないが、優秀なのは確かだ。幼少の頃は共に切磋琢磨した仲だから間違いない。
私は騎士が向いていたが、彼は教師が向いていた。
お互い剣とペンでそれぞれ戦いあったあの日々は、今思い返せば間違いなく『青春』だっただろう。
そんな彼が、真面目で努力家のメルヴィンが、私の婚約者である彼女の腕を掴んでいる。彼女はひどく怯えていた。
その表情に、思わず声を上げたのは言うまでもない。
大丈夫か、と声を掛けると私が居る事にも気が付いていなかったのか、かなり動揺している。
暫くすると落ち着いたようで、いつもの他人行儀な喋り方で「男に強く掴まれるのは苦手だ」と言った。
苦手だと言っても流石にあの怯え方は異常だろう。
メルヴィンが好みそうな真面目で落ち着いた彼女だから、無理矢理何かを言ったに違いない。
女性の扱い方はあまり習っていないメルヴィンのことだ。少々暴走したというのも大いに有り得る。
けれど彼女は本当に腕を掴まれ驚いただけだという。
腕を掴まれあそこまで怯えるのかと思ったが、そういえばメイド長が「彼女の身体には痣が沢山ある」と言っていたな。
それと何か関係があるのだろうか。
なんでも『ぶつけた』と言い訳するには苦しいほど、細かいかすり傷や切り傷が沢山あるらしい。
亡くなった際に出来た傷、とも考えられるが……、彼女が着ていた服装だと隠れる部分にばかり傷や痕がある事から、「誰かに暴力を振るわれたのではないか」とメイド長が珍しく心配していた。
自分の娘と同じ年頃だから重ねて見てしまうのだろう。
その娘が生きていれば、の話だが。
私と同じく、もう誰も愛さないと決めたメイド長があんな風に他人を心配するなど珍しいものだ。
きっと今年の冬は大雪だろう。
それで、「彼女に何の用だ」とメルヴィンに腕を掴んだ理由を問いただせば、またメグの話だ。
あの女はどれだけ他人に迷惑をかければ気が済むのか。
皆迷惑を被っているのに見離さないのは、やはりメグには何かしらの魅力があるのだろうか。
王妃には向いていないと囁きながら、メグのスタイルを真似ている貴族の女は見ていて滑稽だ。
何だかんだと言っても目立っているメグに憧れているのか。
早く彼女をあの女の元へと送り届け、私も仕事を終わらせねばと思いメルヴィンを急かしたが、「結構だ」と生意気にも断られた。
お前に任す方が危険なのではと睨むも、彼女本人も大丈夫だと言うからそのように従った。
去り際、ふたりの姿を見るとメルヴィンが微笑んでいた。
教え子にしか微笑まない彼が、他人である彼女に優しい瞳を向けている。
やはりメルヴィンの好みのタイプだったのか。それを今更知ったところでどうにも出来ない。彼女がメルヴィンを選ぶのなら陛下もお許しして下さるだろうが、私には選ぶ権利も選ばせる権限も無い。
嗚呼……、苛々するのはメグの相手をしてまだ仕事が終わってないからだろう。
彼女を待たせない為にも早く仕事を終わらせねば……。




