新しい出会いってわくわくしますよネー(棒読み)
「あのっ……! グレン君っ……!」
「どうしたんですか、千聖さん」
走って研究室まで辿り着くと、相当集中していたのかグレンは厳しい目付きで瞳だけ動かした。「まだ休憩してて構いませんよ?」と言って直ぐ追い出そうとする。
「っごめんね、集中してるとこ、でもっ、ラベンダー見つけたの!」
苛々させる前に謝罪と用件を駆け足で説明すると、途端にグレンの目が輝く。「本当に、ホントですかッ!?」と、いつもの口癖に椅子が倒れる勢いで、グレンは立ち上がった。
「うん! ローズさんと水やりしてるときに! ウォルスってハーブなんだけど、」
「ウォルス、ですか?」
「そう! 昔、疫病の蔓延防止に神殿の床に敷いていたっていうのも私の世界と同じ」
「……ははっ、なんだそれ、灯台もと暗しとは、まさにこの事ですね」
力が抜けたように椅子に座り直し、乾いた笑いで天を仰いでいるグレン。
もっと私がラベンダーの歴史を詳しく説明すればよかったんだ。効能や、匂いの特徴だけでなく。そうしたら、もっと簡単に見つかっていたかもしれない。
そう説明してごめんねと謝ると、「いえ、千聖さんは悪くありません!」なんて可愛い顔で拳を作る。
「僕だって歴史までそっくりだとは思いませんでしたから! 新しい知識を知れて嬉しいです! それに、僕自身も花なんだと勝手に思って視野を狭めていました。まさか葉だとは……」
「そうだね、まさか葉っぱだとは思わなかったよ」
「でも、見つかって良かった……」
研究室の皆が安心して微笑んだ。
今夜は熱が冷めやらないだろうが、明日は気持ちよく起きれるだろう。
「確かに千聖さんが言ってた通り、ウォルスも虫除けでよく庭などに植えられてますね、香りも強いので好きな人は多いです。ハーブティーなんかでも好まれますよ」
「お茶は……私は聞いたこと無いですね、私の世界では花なのでポプリとかスティックにしたり、やっぱり美容や芳香のイメージが……あ! 神殿の話で思い出したんですけど、ラベンダーの精油は鎮静の効果があるので火傷とか炎症に効くらしいです」
「なるほど、ウォルスも火傷に有効ですね。鎮静効果は同じか……、それが身体だけでなく心の鎮静にも効くと……ただハーブからオイルを抽出するとなると……花と葉じゃやはり使い道が異なる……?」
ブツブツと呟いているところを見ると、集中したいのだろう。此処からは私の出る幕じゃなさそうだ。
そんなグレンを見ていると、なんだかこちらまで嬉しくなってくる。
夢中になれる何かを、私は提供したのだと思うと誇らしい。
「グレン君、まさかとは思うけど、ラベンダーの元々の語源って昔の言葉で洗うって意味らしいんだ」
「ッ、そうですね、洗う、確かにウォルスは〈洗う〉と言う意味です……! うわぁ、僕鳥肌立っちゃいました……! まさかそこまで同じとは……!」
きらきらした瞳がより一層輝いて、身を震わせて、そしてグレンは私の手を取った。
「ああ千聖さんは本当に素晴らしい! 僕に新しい知識をくれる! 本当に、本当に、素敵な人です……!!」
「ふふ、グレン君褒めすぎ。ただ生まれた世界が違うだけだよ。私だってこの世界は新しいことばかりだもん」
「それでもっ……! やっぱり素敵です! もっと、もっと色んなことを知りたい!」
「うん、私が分かる範囲でならいくらでも教えるよ。時間ならたっぷりあるからね」
私も嬉しいから、感情をありのまま顔に出していると、手を握るグレンの力が強くなる。
こんな事で喜んでくれるのなら、いくらでも時間を裂こう。一生懸命汗水流さなくても生かしてくれる皆のために、役に立つなら分け与えよう。そうして誰かが喜ぶのなら本望だ。
「僕たち、これから研究の大詰めに入ります。千聖さんは今日はもう帰ってください」
「うん、分かった。私の一言がここまで大事になるとは思ってなかったけど、みんな本当にありがとう」
「いえ! 凄く楽しいです! また完成したら来て下さい!」
それから、「じゃあまたね」と言って別れたのだが、(あれ。私ひとりになってしまった……)
一人で行動するなと言われているが、神殿といえど一応城壁の中だし、城まで15分ほどだ。城まで行って騎士の方に声を掛ければいい。私だっていい大人なのだから一人でも行動できる。
(むしろ一人の方がいいしー)
なんてご機嫌で暇になった時間を書庫で潰そうと足を踏み出した。
まぁ何事もなく城へ着いたのだが、誰かに声を掛けるのも面倒になって、そのまま書庫まで行ってしまえと警備中だった騎士の横を通り過ぎた。なんてったって今は白衣を着ているのだ、堂々としていれば気付かまい。
ただ一人で歩いているだけなのだが、何だか悪いことをしている気分で「ふふっ」と思わず黒い笑みが出てしまう。
そんな感じで意気揚々と廊下を歩いていたのだが、これが因果応報か。黒いスーツを着た男性の横を通り過ぎると「天宮千聖様?」と声を掛けられる。知らんぷりでそのまま無視すればよかったのに、反射的に「はい?」と振り返ってしまった。
片眼鏡の男性。黒い艷やかな長い髪を高そうなリボンでひとつに結んでいる。フォレストグリーンの瞳、キリッと凛々しい眉、お外が苦手そうな白い肌!
(こいつ絶対攻略対象者的なやーつ!!)
私はなんて愚かな行動を取ってしまったのだろう。
警備中の騎士に話し掛けていればタイミングがずれて出会うことも無かったはず。
「やはり千聖様ですよね! 何故お一人で……、いや、今はそんな事はいいです。折り入って千聖様にお願いが」
「…………はい?」
私はなんて愚かなんだ。




