探していたハーブ
「千聖さん、ごめんなさい上手くいかなくて……」
「ううん、そんなことないよー。みんな頑張ってくれて本当に感謝してるよ!」
ラベンダーと似たような花がなかなか見つからない。
研究は行き詰まりをみせて、もはやどう進めていいのか分からなくなっている。
前の世界とは全く違う姿になろうと、必ず存在するはずなのだ。食材だってスパイスだってそうなのだから、花だってそうだ。ただ、良い香りの花はもう既に商品化されていたりするのでそれが難しい。調べ尽くした花をもう一度洗い直し、まだ何か活用できるのではと研究を進めている。
(そのお陰か、ある花の新しい効能を見つけたみたいなんだけど……)
「千聖さんは少し休憩してて下さい。僕たち集中します」
「うん、分かった。じゃあ休憩室に居るね」
グレンは集中したいとき容赦なく追い出すから、根っからの研究者なのだなと感じる。何も分かっていないやつに横から観察されてもきっと苛々してしまうのだろうな。そういう人は素直に側から離れた方が良い。
休憩室に着くと、「ふぅ」とハーブティーを飲んでひと息。
シンプル・イズ・ベストな椅子とテーブル。奥の部屋にはシャワールームも仮眠室もある。
帰らないで研究したりするのかな。好きなことを仕事にすると、ずーっとやっていたいのだろうか。私には想像出来ない。もふもふするだけのお仕事です、とか言われても多分そんなにもふもふに集中出来ない。
研究所の休憩室は、国を疫病から救ったと伝えられている薬師が使っていたハーブや、歴代の神官達が発見し時代を変えた花などを育てている“グリーンルーム”の隣りにある。
鑑賞も出来るようにと以前は自由に触れて感触や匂いを確かめる事ができたのだが、傲慢なボケの貴族が愛人に花を贈るため勝手に摘み、滅茶苦茶にしやがったのをキッカケに硝子板が立てられた。現在は硝子越しに眺めるだけ。
私は御手本のようにただ眺めて一息ついていると、ガチャ、と戸が開く音。振り向くと最近仲良くなった女性が居た。
「あら千聖ちゃん、またグレンくんに追い出されたの?」
「ローズさんこんにちは! そうなんですよ〜、集中したいそうで」
やんわりした空気を纏う〈ローズおばさん〉は、研究所で育てている花やハーブなどを管理する人だ。元々植物を育てるのが好きだったらしく、今の仕事は天職だそう。
グレンを邪魔しないよう此処で休憩している内に、すっかり顔見知りになってしまった。近所のおばさんみたいに接しやすく、ニコニコしながら花に水をやる姿は見ているだけで和んでしまう。
追い出されたという表現もローズおばさんから教わった。
「千聖ちゃん、今日は良かったらこの子達にお水あげてみない? そうしたらその間剪定しているわ」
「本当ですか! わーい、有難うございます、是非やらせてください!」
「うふふ、なんだか娘が出来たみたいで嬉しいわ。うちは男ばかりだから」
いつもは会話も聞こえない硝子越しで眺めるだけだったが、三度目にして初めてグリーンルームへと足を踏み入れた。
爽やかな緑の香りと華やかな花の香り、人口の太陽と完璧に保たれた室温。手をしっかり洗い、水と台車に様々な道具をのせてローズの後を付いていく。
「その子はね、根本より葉に直接水をかけてあげて。葉に水分をためる性質をしているの」
「はーい!」
「その子は霧吹きで軽く湿らす程度にね、他の植物の根から水分奪っちゃうから根本に水を掛けると根腐れしちゃうのよね。あ、その子はまだ良いわ、土が乾いて葉先が萎びてきたらたっぷりとお水を上げるの」
「すごい……まさか全部覚えてるんですか……?」
「もちろんよ! 可愛い我が子達だもの!」
もちろんと笑顔で言っているのだが、このグリーンルームだけで約300種類の植物が育てられている。しかもここの他にも、他の休憩室と併設されたグリーンルームがあと4箇所、計5箇所あるのだ。
それを全部、更にはひとつひとつ特徴や癖まで覚えているのだから、そりゃあ研究所の植物を任せられるわけだ。将来は神官長かな。ローズが神官長なら誰しも納得するだろう。
「千聖ちゃん、折角だからこっち来てみて。私達の始祖である薬師のローズウッド様が使用したと伝えられているハーブよ!」
「へぇ〜、こう言っては何ですけど、花じゃないからパッとしないですね。青々しい」
「どう見てもそこら辺に生えてる草よね。関係ないけれど私の名前はローズウッド様から取ったらしいわ」
「ローズさんのお父様もお母様も神官ですもんね」
「んもう。研究所で働いてる人ってハーブや花の名前が多すぎなのよ! ややこしいわ!」
「あはは! そう言われてみればそうですね!」
グレンの名も、グレンデリアという花から取った名前らしい。蓄光して夜は周囲を照らすほど明るくなる白い花で見た目も可愛い。
まさにグレンに相応しい名だが、そのグレンデリアの根から取れる成分は用法用量を守れば痛みを和らげるが、一歩間違えば幻覚作用のある危険なもの。成分も相まってここまで相応しいとはなかなか珍しい。
(素人は手を出しちゃダメゼッタイ! って、ローズさんが言ってました。それを悪用する人もいるのだけど……)
「ん? なんか良い匂いします、何処からだ? あの花?」
「多分この葉からじゃないかしら? 結構強く香るから」
どれどれと他のハーブに惑わされないように近くで嗅いでみると、それはまさにラベンダーの香り。
「ラベンダーだ……」
「ラベンダー?」
「えっ、ちょっと待って。もっかい嗅ぐ……え!? やばい!」
「これはウォルスって名前のハーブよ」
「ハーブ!? いやめっちゃラベンダーなんですけど! っその、私の世界でこの香りは花だったんです! それが、ラベンダー!」
「あら、それは興味深いわね。その昔ローズウッド様が疫病の蔓延を防止する為に神殿の床に敷いていたそうよ」
「そう! そうそう! 私の世界でも同じでした! テレビで見たから覚えてる! これを! ずっと探していたんです!」
感動と興奮に満ちた私に柔らかく笑いながら、「じゃあ早くグレンくんに伝えてあげなきゃね」と手に持っていた霧吹きを取り上げた。
「ほらほら、早く答えを教えてあげなさい。水やりはまた今度一緒にやりましょう?」
「はい!」
ハンガーに掛けていた白衣を急いで取って、私は研究室まで走り出した。




