攻略対象者と言っても過言ではない
「着きましたか」
「ああ」
「近くで見ても立派ですね」
「無駄にな」
小高い丘の上、白いレンガ道の行き着く先は、神聖で厳かな神殿。
この国を創ったと伝えられている剣を持った女性の彫刻と、人々を苦しみから救った薬師の男のステンドグラス。
一階は祭壇と祈りの間、二階には国が見渡せる会議室。そしてその地下には巨大なラボがある。
そのラボこそ、ハント公爵が神官の事を変態と呼ぶ理由だ。新しい知識に目がない研究者ばかり居るのだ。
神官兼研究者。薬師の男が崇められた末、現在に至る。
(研究所、というより製薬会社と言った方がなんだかしっくりくるかな)
螺旋の階段を登ると立派な扉。古めかしいその木の扉も、国民を疫病から救ったと伝えられている薬師が使用した、植物の模様が彫られている。
入るぞと公爵が扉を開ければ「ハント公爵様お待ちしておりました。早速昨日の続きから──、」とまだ席にも着いていないのに話し始めるひとりの神官。声の感じだと若そうな男性だ。
話したい事がいっぱいあるのだろうが、ハント公爵の後ろに隠れて見えていないのかまだ私には気付いていないようだ。ハント公爵も、私を紹介する間もない。
仕方ないから、私も居ますよーとわざとらしく顔を覗かせた。すると神官の男はバサバサと資料を床にばら撒かせる。そんな演出は望んでいない。
「ちさっ、千聖様ァーーー!!!」
「へあっ……!? な、なんですか……!?」
いきなり大声で名前を呼ばれ、ばら撒いた大事そうな資料なんて踏みつけて、ずんずんと此方に向かってくる神官。近づく度にその顔が整っていることがよく分かる。
(ああーー! こいつめっちゃ顔良いーー! それすなわち関わっちゃイケナイやつーー! うわーー! 言ったそばからーー!)
心の中で叫んでいれば、ガシっと両手を捕まれ「会いたかったです!!」とまるでアイドルにでもなった気分だ。
きっとメグなら「えー! うれしー! ありがとー!」などと完璧な返しができるのだろうが、私はというと「え、あ、えと、は、初めまして……」なんて全く可愛げがない。
こんなこと言われて、大体の人はこんな返ししかできないだろう。
キラキラしたゴールドの瞳と、寝癖がついたままのブラウンの髪。白衣姿で首には透明のゴーグルを下げて、女の子かと思うほど可愛らしい人。
背も私より少し高いぐらいだ。私の身長が168cmなので、170cmぐらいだろうか。可愛らしい人なのだが、手のゴツゴツした感じが男性だと感じさせる。
挨拶も勢いよく終わらせたのに未だ両手は握られたままだ。キラキラの瞳も恥ずかしいぐらいに私だけ見ている。
正直関わりたくなかったのだが、私が連れてけとせがんだので文句は言えない。来訪者である私は神官なら関わっても仕方無い相手だと思う。
(うん。そういう事にしよう)
ただいい加減手は離してほしい。
「あの、そろそろ手を……」
「ああっ! すみません僕ったら!!」
離されたやり場の無い手を、彼は後ろに回して手を組んだ。じろりと睨む公爵に申し訳なさそうな視線を送っている。
「あ、あの、本当にずっとお会いしたくて、聞きたいことがいっぱいあるんですっ!!」
「そうなんですか? 分かる範囲でなら答えますよ?」
「本当にホントですか!?」
それはそれは嬉しそうにキラキラした瞳で見つめるから、「何なりとどうぞ」と言って微笑んだ。何かに夢中になっている人は素敵だし応援したい。
「あの、まず千聖様のお荷物の中に入っていた薬だと思うのですけど、成分を分析してみたのですがこの箱の文字が読めずなんの効果があるのか、どんな時に使っていたのか……」
「ああ、痛み止めですか?」
「やはりそうでしたか!! 成分が似ているものがこの国にもありましてもしかしたらと──、」
───2時間後……
「おい、まだ終わらないのか」
神官の男〈グレン・ウォーカー〉が話し始めて20分経つと、「話が長くなるなら私は仕事を終わらせてくる」とハント公爵が出ていってからもう2時間。
グレンの質問は止まることを知らない。知りたい欲が強過ぎる。
専門家じゃないので薬について詳しく答えてあげられないのが残念だが、私でも答えられるようなアロマオイルやビタミン剤、エナジードリンクなんかで我慢してもらっている。それでも驚くぐらい興味津々だ。
(まぁ外国人通り越して異世界人だしね……)
今はそれらの商品がどんな風にどんなところで売っているか、そしてどんな人が買うのかを説明させられている。マーケティング戦略でも練っているのか。口では説明し辛いものはイラストも交え説明したりもして、なんとか理解してもらっている。大学でビジネス学を専攻していて良かった。
しかしやけに距離が近くないか?
横にピタリと寄り添うし、私達は姉弟か何かなのか。肩が触れ合っているからふとしたタイミングで離れてみるも、またいつの間にかピタリと寄り添っているのだ。
(私のパーソナルスペースが侵されている……)
そんなところに公爵のお出ましだ。
ギロリと私達を睨む。
この会議室には二人きりでもないし、やましい事なんてしていないのだが、彼の婚約者である限り私はご令嬢方の注目の的だ。変な噂でも回ったら公爵家の名誉に関わるだろう。ミハエルのジャケットを借りたときだって釘を刺されたのだから。
(でもやましい事なんてしてないのは本当だし? 別に堂々としていればいっか)
「あ、公爵様。おかえりなさい。すみません、また来てもらって……グレンさん、私もう帰らなくちゃ」
「ええっ! まだ教えてもらいたい事が山程あるのに!」
「公爵様もお疲れですから。申し訳無いですけど」
ぐすぐす悲しむグレンは何処となくメグに似ている。
グレンは男だし顔は良いし、仕草は女の子みたいに可愛いし、神官という立場もあるのかもしれないが、男女共に好かれそうだ。
性別とは残酷だな。男というだけで周りの好感度が変わるのだから。
「次はっ! いつ会えますか!!」
離れようとする私の両手を出会ったときみたいに掴んで、キラキラな瞳と下がった眉で聞いてくる。
私にとって次はも何も無いのだが、悪知恵が働いたのか、ピーンと思い付いた。これは合法的に公爵家から出られるチャンスだという事に。
(いやそもそも違法な手段は使ってないけど!)
「ええーっと、次は……いつですか?」
なんてハント公爵に困ったように聞いてみる。ここで公爵と約束を交わせば後が楽だ。それでこのまま一緒に屋敷に帰って、使用人達に伝えてもらえば良い。
更に意地悪く、ハント公爵が口を開く前に「私は週2、週3で来ても構いませんけど。どうせ公爵様も出勤しますもんね?」と言ってみた。グレンの「本当ですかぁ!!」と素晴らしい合いの手も入っている。
「お前……」
「それに国の為ですもんね? わたし来訪者だし」
とんでもなく睨む公爵に「ね?」ともう一度念を押すと、溜息混じりで色気のある声でひとこと。
「分かった、そのように調節しよう」
(はい、言質とりましたー! ありがとうございまぁーーす!!)




