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真夜中の自由時間

作者: 淳一

「あいつ」と遊べた、とても短い時間のお話。




 俺が生まれ育った場所は、端的に言ってしまえば、それはもう田舎だった。それでもまだ家があった場所は町中で、最寄のスーパーまで車で十分、大きな道路もあれば信号も見かける程度にはあった。スーパーの先までさらに進めば、十分もかからない程度で商店街もあった。今ではすっかり寂れてしまった商店街も、小さい頃はまだ賑わいがあったのを覚えている。


 とはいえ、所詮は田舎。夜の七時も回れば辺りは暗くなり、人の気配もなくなるような世界だ。街灯があるのは一部のメインストリートのみ、そこから外れれば大通りだろうと夜を迎えれば真っ暗になる。そんな真っ暗闇の世界で子どもがやることと言ったら、それはもうひとつしかない。


 肝試し。


 何回やったのか覚えていないほど、夏になれば何度もやった。そして、そのたびに、親にはしこたま怒られた。それもそうだ、足元も見えないような真っ暗闇の中、子どもたちだけで遊ぶのだから、心配しない親などいない。今になれば怒鳴りつける親の気持ちもよくわかるが、当時の自分はそれがひたすら不服だった。不服だったから、腹いせのつもりで何度もやった。


 そんな、たくさんの中の一回。小学校高学年に上がったばかりの頃の話。


 家の近所には小さい神社があって、よく肝試しの舞台のひとつになっていた。そこでやる肝試しは、特に奇をてらったものでもなんでもなく、ひとりで拝殿まで行って、名前を書いた石だかなんだかを置いて、帰ってくる、それだけだった。拝殿までは一本道で、何か変な木とか銅像があるでもなく、肝試しとしては難易度が低いと思っていたやつだった。その日も、いつも通りにさっさと済ませてしまおうと拝殿に着いたら、見慣れないやつが立っていた。当時にしたって珍しい和服姿だった。子どもの頃の遊び仲間なんて毎回ころころ変わってたから、そのときも前のやつがまだ戻っていなかったんだと思って、石置いたなら早く戻れよ、とそいつに言ったんだ。けれどそいつはきょとんとした顔でこちらを振り返り、にこりと笑って何も言わなかった。変なやつ、と思いながら、先に戻るぞと言ってそのまま入口の鳥居まで戻ったよ。ちょうど順番が真ん中あたりだったから、後半のやつらが往復し終わるまで、みんなで駄弁りながら過ごしていた。拝殿であったやつのことは忘れてた。でも、最後のやつが戻ってきて、あれ、と思い出したんだ。


 ひとり戻ってきてなくね?


 その発言に、みんな変な顔をした。


 全員いるぞ、間違いない。


 みんなそう言った。


 いや、でも拝殿の前にひとりいたろ、変なやつ。


 その問いに、みんな首を傾げる。だから、順番的に次に行ったやつに聞いたんだ、いただろって。だけどそいつは、いなかった、と答えた。途端にみんな顔が青くなる。肝試し肝試しなんてはしゃいじゃいたけど、それはお化けなんていないってみんな思ってたからであって、本当に出るなんてみんな思っちゃいなかったんだ。いつもなら上々な気分の帰り道も、その日ばかりはみんな沈黙して、足早だった。ひとり、またひとりと、家に向かって姿を消して、じゃあなって家に帰って、その日の夜はさすがにトイレに行けなかった。


 とはいえ、問題はその後だ。翌日になって、嘘ついただろと嘘つき呼ばわりをされた。本当は自分が怖かったからみんなも怖がらせようとしたんだろうと。なにくそと反論したさ、別に怖くなんてなかったねって。そこに続くのはお決まりの台詞、証拠を見せろ。証拠なんてカメラも何もないんだからあるわけなくて、散々迷った挙句、もう一度、その日の夜中に神社に行くことにしたんだ。全員で。昨日の今日で気分は乗らなかったけど、そこは男の意地ってもんだ、行って、なんならあいつにひと言物申してやるくらいの気概でいった。


 その日の夜中、昨日と同じ場所でみんなで集まって、それで今度は全員で拝殿に向かった。みんな、人のことを嘘つき呼ばわりしたけれど、一方で昨日の今日でびくびくしていた。いつも通っている参道が、別物のように感じたんだ。


 拝殿まで着いたけど、誰もいなかった。なんだ何もないじゃないか、とみんなほっとしたような雰囲気になった。そして、やっぱり嘘だったじゃないか、とみんなして指差してきた。嘘じゃないと言い張ったけれど、現に何もないのだから説得力も何もない。ちくしょう、って地団駄を踏んでいたそのときだった。


 ばん、って凄い音がして拝殿の扉が開いたんだ。


 みんな凍り付いた。


 一拍置いて、一目散に逃げ出した。


 そのとき、多分、みんなと違ってこれを期待していたからか、ひとりだけ逃げ遅れたんだ。


 気付いたら目の前にあいつがいた。にこにこした様子でこちらを覗き込んでいた。びっくりしてへたり込んだところに、そいつは何かを差し出したんだ。なんとなく害があるようには思えなかったのか手を出したら、手のひらにころんと昨日置いた石が転がった。そしてあいつは聞いてきたんだ。




 何して遊んでたの?




 それで気付いたんだ。あ、こいつ、一緒に遊びたかったんだなって。


 とはいえ、そんな事件があったもんだから、みんなその神社では肝試しはしなくなった。本物が出るってわかっちゃったから、誰も行きたがらなかった。でも、あいつが別に悪いやつでも怖いやつでもなんでもなくて、多分、一緒に遊びたかったんだろうなってわかったから、なんとなく時々ひとりで遊びに行った。昼行っても出てこなくて、夕方行っても出てこなくて、あいつが出てくるのは決まって夜だった。夜に二人でする遊びなんてねーよ、って思ったけど、あいつは遊び相手がいるっていうだけで楽しかったらしい、いつもにこにこしてた。


 だけどまあ、人間というものは成長するもんだ。わかりやすく言えば、小学校を卒業して中学に上がると、部活というものが出てくるわけだ。陸上部に入って以降は、朝練で朝は早く、放課後もみっちり練習して疲れて帰って、たまにはあいつのことも思い出しはしたけれど、毎日いっぱいいっぱい過ぎて全然神社に行かなくなった。新しい友達くらいすぐできるだろうと、毎日夜は十時前に寝るという健康的な生活を送ったもんだ。


 そんなある日、遂にあいつが我が家に来てしまった。


 その日は試験前で部活もなく、それなりに勉強はしておかないと久し振りに夜まで起きていた日だった。十二時を回る前に風呂に入ってそろそろ寝ようとシャワーを浴びていたら、いきなり、ばんっ、という強い音がした。時間も時間だったし、心臓が口から出るんじゃないかってほど驚いて顔を上げたら、鏡に手形が付いていて、思わず血の気が引いたよね。でも、すぐにあいつがにこにこと顔を見せて、お前の仕業かとほっとした。いや、ほっとするような場面でもないんだろうけど、その頃になるともうあいつとは普通に友達感覚だったから、なんていうかまあ、ほっとした。


 それからあいつは口を尖らせて文句を言ってきた。どうして遊びに来てくれないの、と。そんなこと言ったってこちとら勉強に部活に忙しいんだと言い返せば、あいつは少しだけ首を傾げて、じゃあ遊びに来るよと言った。わざわざ来なくてもいい分、楽でしょ、って。確かにまあ、行く時間はないが、来てくれるなら相手くらいはする。そう返せば嬉しそうに飛び跳ねていた。


 それ以降、たまにあいつは遊びに来た。本当はもっと頻繁に来ていたけど寝ていて気付かなかっただけかもしれない。高校に上がってもそれは変わらなくて、やっぱりあいつは遊びに来た。


 それが変わったのは、大学進学のときだと思う。


 都会の大学に行くとなって、受験勉強をしつつ、たまに遊びに来るあいつにもきちんと伝えた。この家を出て、都会に行くんだと。だからもう会えないぞと。あいつはそれに口を尖らせて、寂しそうな顔をして、ぱたりと姿を見せなくなってしまった。それを少しだけ寂しく思ったけれど、とはいえ、あいつのために進学を諦めるわけにもいかないので、振り切って勉強をして、大学には無事に合格した。


 それであいつとの縁は切れたと思うだろ?


 あいつは意外としつこかったんだ。都会で一人暮らしを始めた家にまで遊びに来たんだよ。さすがに来るのに体力使うみたいで、頻度は減ったけど。


でも、都会で会うあいつはどこか元気がなかった。


 そうそう、そういえば、最初に感じた田舎と都会のギャップって、やっぱり夜の明るさなんだよね。小さい頃は七時も過ぎればもう夜、って感じだったのに、都会では七時過ぎてもみんな活動してる。終電なんて日付跨ぐまである。だから駅なんかは真夜中でも明るい。道には街灯があるから、真っ暗な道なんてほとんどない。二十四時間営業の店だってたくさんある。正直、びっくりした。


 最初の一年は慣れない環境に手探りで、寂しい日なんかもあったけど、それでもなんとか一人暮らしはやっていけた。十九歳の誕生日、初めてひとりで迎える誕生日だったんだけど、あいつが来たんだ。けっこう嬉しかった。でも、二十歳の誕生日には来なかった。それどころか、それ以降はもう会ってない。


 多分、あいつは真夜中にしか動けないやつだったんだと思う。真夜中の暗闇の中でしか、動けないやつだったんだと思う。夕方とかに会いに行っても出てきてくれなかったし。だから、ずっと明るくて、真夜中がない都会ではあまり動けなかったんだろうな。今度久し振りに実家に帰るとき、久し振りにあの神社に行ってみようと思ってる。あいつはまだいるかなって。まあ、もう会わなくなって何年も経ってるから、とっくに新しい友達を見つけているのかもしれないけどな。






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