進化だ触手ちゃん!
この世界では魔力はすべての人が持ってるけど、魔法として運用するには才能と努力が必要で、その魔法を使うのに大切なのは適正を理解しイメージすること。
幼い日のおれは魔法学校に行きたくて毎日「魔法でろー魔法でろー」ってエア魔法使いしてたんだけど、それが“努力”と“イメージ”という面で理に適ってたみたい。6歳も終わろうという季節にヌルっとした液体を地面に出すことができた。
これには両親もびっくりと同時に喜んでくれた。
魔法使えるのってレアなんだよね。文系・理系・体育系・魔系の順に人口が少ないのだ。国で雇ってもらえたら高給とりだし、嫁ぎ先にも有利になるらしい。
(しかし! そんなことはどうでも良い!)
ちょっとヌルヌルした透明な水溜りだったものが、魔物をつまずかせる程度に膨らみ、今では最大太さ3センチ最長10センチの触手(仮)にまで進化したのだ! おれはこの触手ちゃんを強化させるべく日々鍛錬をしていた。
「大事なのはイメージ……」
かっこいい色といえば黒にきまってる。ツヤツヤなのも高級感があって良い。
ヌルヌルベタベタしたのは地元で魔物の足を捕えるのに最適だった。機能として申し分ないだろう。
「残るはやっぱり長さかな! おいしょー!!」
ニュッ!ニュッ!
気合い入れてスクワットするおれと共に触手ちゃんも背伸びするように縦にバウンドする。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか……」
震える声で侍女さんが話しかけてくる。
「んー? なにー?」
侍女さんとか使用人のほとんどは魔法使えないからちょっと怖いみたいで練習中は距離をとってる。
「その、発作や体調に変化はございませんか?」
「大丈夫! 調子いいー!」
触手ちゃん、細くなるんじゃなくて太いままで長さを出すんだ!目標は30センチ。がんばれ長くなれ!
おれはさらに足幅を広げてスクワット。ちょっとスカートがひろがってるが、今日は高価なパンツ履いてるから万一見えても恥ずかしくないと思う。そもそもここ家だしね。
(それよりやっぱり前世よりいまのが身体能力高いな!)
「ヘイ! ヘイ!」
「お嬢様その姿はいけませんっはしたないです! ああっ見ていられないわっ」
「じ、侍女さま!? ヴィド、とめてちょうだい!」
「はい! お嬢様失礼します!」
使用人さんのヴィドがおれに手のひらを向けた。
「はわぁ!?」
目の前にパチパチとシャボンが弾ける。光を反射してきれいだけど、
「うっとぉしー! なんだよもー」
「失礼しました。し、しかしお嬢様がいよいよ乗っ取られ」
「ヴィド!!」
使用人さんが言いかけたのを侍女さんが鋭く遮った。さすが迫力あるぜ。いまこの屋敷内でいちばん年上だし、地位もおれに次いで、いや三女のおれよりベテランの侍女さんの命令のほうがみんな聞くかな……。
「いや、それより乗っ取られるってなに???」
気まずそうに目をそらす三人。
「えっなにその反応!? 完全にワケアリじゃん」
「…く……っ」
「くっころ? くっころな話なの?」
「………やむを得ません。お嬢様、奥様からこうなった場合はわたくしから説明せよとのご命令です。どうか落ち着いて聞いてくださいませ」
侍女さんがまじめな顔で言ってきた。
うええーなんかやばそー。
メイドちゃんと使用人さんがテキパキとガーデンテーブルの用意をしてくれたので、そこへ掛けるとお茶も出てきた。
この国の夏の日差しは日本ほどキツくないけど、メイドちゃんが日傘をかざしてくれる。
そんななかで語られる我が家でおれだけに秘密にしていた問題とは。
「つまり、わたくしの魔法が呪われていると」
「あの禍々しいお色や、魔法を使えるようになってからお嬢様の言動の異常さを考えますと……。旦那様は呪いといっても害は軽微であろうと仰せですが……」
触手ちゃんを思い出してか侍女さんは青褪めた顔で事情を教えてくれる。
禍々しい色って。かっこいいと思って9年かけてツヤツヤブラックにしたのに!
言動は間違いなく前世の記憶がもどったせいだろう。日本の言葉でちゃってたんだね、6歳がわけわかんない言葉話してたら気味悪いもんね、ごめん。
てゆか日本語がこっちの言葉に変換されてなかったことに全く気づいてなかった。おれは現地語と日本語区別の意識なく話してたから、どれが変換されてなかったかわかんなかったんだよ。
とにかく。総合するとおれは呪われてなどいない!
「みな、心配をかけたわ」
「お嬢様……」
「安心して。呪いなどに負けないわ」
誤解の解き方がとっさに思い浮かばないから、とりあえずその認識は受け入れとこう。
感動したように三人の目がうるむ。そんなに怖かったんか、すまんな。
「ちなみに、黒はよくないのね?」
「は、はい。黒は闇属性の証ですので、死霊や呪詛と近いと言われ一般的には忌避されています。あっ、お嬢様が悪いわけではございません!」
「わかってる、ありがとう」
侍女さんより魔法に詳しい使用人さんが説明してくれた。
「そうなると良い印象はやっぱり聖属性ね?」
「はい。ですが適正がございませんと……」
それな。
魔法学校に入学するときに調べられたけどおれは無属性。無属性っていうのは突出した属性ないって状態でよくあるらしい。
(最初に出したヌルヌル水も透明だったしな)
「聖属性って何色?」
「さあ……聖属性はほとんどの人か使えませんし、実際に見たものは」
「いないわね」
ふむふむ。
「対策はあるわ、わたくしに考えがあるから」
長さを伸ばすのはやめだ。
二度と触手ちゃんを禍々しいだなんて言わせないぞ。
むしろ可愛いって言わせてやる!