密室体験(密室とはいってない)
学内のサロンは特定の人しか入れない。
おれ程度の男爵家はむりだけど、だれか高貴な人のお付きならオーケー、ってことでいつもは刃丞に付いてきてる。
入り口にはコンシェルジュがいたり、バックルームに給仕が控えてたりする。そこにおれと先輩はいた。先輩、伯爵家らしくて普通に入れた。
そう、午後の授業をサボり中なのだ。
当たり前だけど他に生徒はいない。
(前世今世ともに初めてのサボタージュ……ワルになった感じがするぜ)
至って特徴のないの非モテフツメンDKとして生きてたから、みんなが授業中なのにこんなとこにいるのは新鮮な体験である。ちょっとドキドキしちゃう小心者のおれ。
「えーと、カルダモン男爵の三女、カエノメルでございます。一年生ですわ」
片足下げて軽く膝をまげてとりあえずご挨拶。前世はスクワットもできない貧弱なおれだったが、15年も令嬢してたおかげで体幹もばっちりよ!
「ひッ、た……タラゴン・コメス・ウィステリアですわ」
ひっ!って言われた!?
名乗ったことで落ち着いたのか、ウィステリア様がコホンと咳払いをしてから着席を勧めてきた。先輩はやっぱり先輩で二年生なんだって。
「えと、ウィステリア様、お話がございますのですが」
「……ええ、わたくしもありますわ」
姿勢を正してこちらに向き直る先輩が凛としてかっこいい。美人だし迫力があるぜ。
「ウィステリア様からどうぞお話になってください」
「……そうですね。まず、あなたのメイドの動きは異様だと思うのだけど、どういうことかしら?」
メイドちゃんか。確かに人を飛び越えるくらいジャンプしたり走るのがアスリートみたいでも、うちの領地では珍しいことではないんだ。
「我がカルダモン家の領地は辺境ゆえ、毎日のように魔獣がでますの。一角兔くらいひとりで対応するのがふつうなのです」
「まぁ魔獣が?」
「ええ、ですから王都のメイドとは少し運動能力に差があるかもしれませんね」
「そ、そう」
納得したような、田舎の暮らしに同情したような感じでうなずく先輩。しばらくの沈黙のあと、
「………。あなた、いつもローズマリー様と昼食をとってますね?」
意を決したように息を吸い、まっすぐな目で俺を見てくる。
なんだろう、尋問されてるような気持ちだ。
「はい」
「ローズマリー様のお好きなものは薔薇ジャム?」
「いいえ」
「! ……ローズマリー様、お好きなドレスは黒色でして?」
「そうですね、はい」
「公爵家の方々は刺繍がお得意よね?」
「ううーん、してるの見たことないですね」
「!」
ときどき両手を口に当てて驚く仕草をしてるのがあざといが可愛い。そしてなんだ、刃丞を気にしすぎじゃね?
考え込むように顔を伏せたウィステリアさんに、こんどはこちらが尋ねる。
「ウィステリア様、失礼ですがなぜローズマリー様を気にかけるのですか?」
おれは誘導尋問とか駆け引きとかできぬ、核心をつくのみ!
「そ、そんなにおかしいことかしら? 公爵家のご令嬢には皆興味があると思うのだけれど」
小首を傾げてみせて惚ける先輩。正直な質らしく目線がうろうろしてるし身体もうしろに逃げてる。
なんかこう、きつめの美人なのに打たれ弱いというか、おれのなかの眠れし嗜虐心をくすぐる人だ。
「先輩、おとなり失礼いたしますわ」
斜にあったソファから立ち上がり、先輩が座ってる長いソファへ移動する。しかも真となりに座ってやったぜ!
女性のおとなりに自分から座るなんてあとから考えたらすげえ果敢だけど、このときのおれは何かのヤル気に満ちてたんだよね。
「あっ」
「先輩、わたくしの目を見て。どうしてローズマリー様のことをお調べに?」
ずいっと顔を寄せると怯えたみたいに後ろに体重をかけて距離をおく。
「し、調べてなんて」
「お昼、いつもいましたわね?」
「なんっ……きゃっ」
ついに先輩がどさりとソファに倒れ込んでしまった。
それでもなおおれは壁ドンならぬソファドン?を両手でして、鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を近づける。それから先輩の緑の瞳を覗くように見つけた。
「せんぱい……」
「っは、ぁ……こ、こんな……」
顔を真っ赤にしてウルウルした目でみてくる先輩。なにかを期待してるようにも見えるけど………
(どどどどうす、どうしたらいい!?)
これ以上なにしたらいいのかわからぬ!
エマージェンシー! エマージェンシー!
震える指が勝手にうごいて先輩の髪をうしろへ撫でつけた。
「はぁん……」
先輩がよくわかんないけどエロい吐息をして目を閉じる。
なんだこれ!? ちまたでいうキス顔ってこれか!?
(現場より本部っ! 指示をもとめるっ!!!)
おれの頭の対女性特殊部隊がパニックで死にそうになったとき、助けは来た。
「こんなん理想の百合展開すぎるやん……」
「翔義、そやつ、あやしいわ」
仁王立ちした刃丞が真横で腕を組んで立ってた。
先輩は謎のことばと鼻血を出して気を失ったのだった。