~『六聖剣』堕つ~
それは突然の出来事であった。
ふいに現れた『魔人』に、瞬く間に城は蹂躙され、二百人の警備兵は組織的反抗をすることなくあえなく敗れ去った。
残るは公国最後の希望――『六聖剣』と呼ばれし聖剣を下賜された、誉れ高き六人の騎士達。
そして、決戦の舞台は城内奥の地下聖堂――。
「皮肉が効いてると思わないか? 詩に奏でる『勇者伝承』の逆を行くようだ――」
騎士の一人がそう告げたのを後の記録で読み取ることができる。
それは魔城で待ち構える魔王のごとく、騎士達が地下聖堂で迎え撃ち、攻め入る側の『魔人』こそが……そう揶揄したものか。
あくまで、『魔人』を返り討ちにできるという自負が云わせた戯れか、あるいは『魔人』の強さに悲観的な未来を抱いたが故の自嘲であったのかは、今となっては分からない。
ただ、この場合であっても『勇者伝承』になぞらえた結果が訪れたのは確かだ。
勇者生誕の地――サン・ヴァルディア公国にとって、受け入れられぬ最悪の結果が。
*****
「くそっ……さすがにたった一人で、ここまで辿り着いただけはある」
石畳の床に悔しさのこもる言葉を吐き、辛うじて剣を支えに片膝つく騎士が、己を睥睨する敵対者を睨む。
鎧の胸に打たれた紋章は、公国でたった六人にしか許されない『六聖剣』の証。だが、立てた膝の震えが示すように、その輝きは今や失われたも同然であった。
「何を言っている」
新雪の如き白面に相応しく、冷ややかに応じる敵対者が、ゆるやかに両手を広げて周囲の状況を指し示す。
「城兵ごときいくら集めようとも、この……我らの領域に踏み入れるはずがあるまい?」
示されたのは戦いの顎。
何かの力で抉られ、土層が見えるほどにめくれ上がった石床に、黒々と焦げ後を残す彫刻が嵌め込まれた石壁。
林立する太い石柱には、“巨獣の爪”で掻き削ったような線条痕が、幾筋も付けられている。
それが、たった数人による戦いでもたらされた惨状だと知れば、城の警備隊長は悪戯に抗い多くの部下を失った己の蛮勇を後悔したことだろう。
「戦いの舞台をあえて地下にすることで、強力な魔術攻撃を封じる策は見事だったが、肝心の技倆がついてこれないのでは、実にお粗末な話しだ」
その言葉とは裏腹に、敵対者の声に嘲りはなく、まるで第三者のごとき口ぶりで騎士達の戦い振りを評する。ともすれば、師が弟子に教示しているように見えなくもない。
ただ、学びの代償は“命”であったが。
「……っ」
敵対者の辛辣な言葉に睨みをきつくしようとも、騎士が沈黙を維持するのは、相手の言い分が的を得ていると自覚しているが故か。
実際、一人きりの敵対者には手傷らしきものが一切見当たらないのに対し、膝を屈する騎士の周囲には同じ鎧に身を包む同胞達の倒れた姿がある。
それも血を流し四肢が折れ曲がってはいても息あれば幸いで、中には氷の槍で石柱に縫い付けられ、あるいは大質量の岩塊に圧し潰されたように下半身を薄衣のごとくペシャンコにして明らかに事切れている者もいた。
だが、微かに聞こえる騎士の歯ぎしりは、仲間を討たれた怒りや己らの力不足を悔やんだものではなく、別に原因があった。
「これほどの“力”を持ちながら、なぜ……」
「“なぜ”だと?」
いかなる琴線に触れたのか、冷然と自分を見つめていた敵対者の声音が一段跳ね上がり、聞き返す語尾に震えを帯びる。
それが怒りによるものだと誰もが察せられようが、だが、今の短いやりとりのどこに憤慨させる部分があったのか?
「お前達にとっては、そうなのであろうが――」
「誰にとってもだ」
騎士が語気荒く、敵対者の言葉に被せる。
「それほどの“力”があれば、自分の家族どころか友や同僚……いや、もっと多くの人達をその手で守ることができるっ。争いや憎しみを消すことが……多くの不幸を消すことがっ」
実は歯噛みする騎士こそが、声に熱がこもり始める彼自身こそが、それを誰よりも欲していたのかもしれない。
『六聖剣』に至ってなお――いや、敗れた今だからこそ、一層強く。
「事実、三つの街を落とし多くの命を奪った、あの『虐殺鬼』を討伐し、もっと奪われていたかもしれぬ多くの人命を救うことができた……」
「……」
過去の栄光に思いを馳せる騎士を、それが戦いの礼儀とでもいうかのように、敵対者は留めを刺そうともせず、冷ややかな眼で見守り続ける。
「なのに貴様は……お前が為そうとしていることがどういうことか……この国がどうなり、人々がどれだけ苦しむことになるのか、分かっているはずだ」
「だからこそだろう?」
氷のように冷徹な表情はそのまま、相手の口元が大きく歪んだ。
そこに怒りや自嘲、苦痛に喜悦までもが複雑に絡まり合い、凄みのある“笑み”を描き出す。それを目にした騎士が息を呑み、すぐに理解した。
すべてを承知した上での行動であると。
それこそが、敵対者の目的なのだと。
分かり合えることはない――
大公陛下の言葉が呪詛のように騎士の脳裏を過ぎり、眼前の光景によって痛切に思い知らされる。
国の崩壊をこそ望む――。
敵対者が、今や目的の実現を目前にして笑っているのだと知り、騎士は悲しげに唇を噛む。
「……『魔人』め」
「ふふ……“滅びをもたらす者”には相応しき呼び名だ。もはやサン・ヴァルディア公国が落日を迎えるのは逃れられぬ運命。だが、悲しむことはない。真の意味で、この国は生まれ変わるのだからな」
「そうは――」
何かを込めるように騎士が俯くと、剣身に刻まれた『神意文字』が光りだし、溢れた光が幕のように剣そのものを包み込む。
彼が『光の剣』とも呼ばれる聖剣『星々の輝き』の使役者であることは、『魔人』と呼ばれし敵対者も知っている。
それ故に。
剣に魔力が込められ、聖剣の力が解放されようとしていることに気づいた敵対者が、注意を逸らした瞬間、背後に忍び寄っていた別の騎士が「させるかっ」と真っ向上段に斬りかかっていた。
完璧な不意打ちのタイミングに、二人の騎士は賊の必滅を確信したに違いない。しかし――
「知っていたさ」
事も無げに呟く相手が、剣を握る右手を後ろに向かって無造作に振るった。
風を巻いて疾る剣撃に、斬りかかった騎士の聖剣『踊り狂う炎』が激突し、弾き飛ばされたのは、全体重を乗せて渾身の一撃を放ったはずの騎士の方であった。
本来であれば敵対者の方が、振るった剣ごとその胸部を溶かした飴のごとく容易く焼き切られ、さらには凄まじい高熱の余韻で全身を燃え上がらせ頽れていたはずである。
だが結果はその真逆。
業物といえど、敵対者のノーマルな剣身は溶かし斬られることなく聖剣の炎熱に真っ向から耐え凌ぎ、それどころか、どれほどの威力が込められていたのか、逆に重量のある鎧騎士を軽々と弾き飛ばしていた。
「…………」
床上を人形のように二、三回転する騎士を相手は一顧だにせず、あくまで正面の騎士を見据えたまま、その動向に注視している。
敵はただ一人――。
例え、炎の聖剣を振るう勇士といえど、敵に非ず、卓越した技倆を身に付け己に拮抗する者が眼前の騎士に他はいないと敵対者は知っているのだ。
ぴたりと微動だにせぬ双瞳が敵対者の心根をそう語っている。
だが完全な奇襲攻撃の失敗に、留めの追撃を放つ予定であった正面の騎士は、攻撃も忘れて、ただ仲間の名を叫んだだけだ。
「フルーディ!!」
それが実弟でなければ彼も身中で荒れる激情を抑えられたはずであった。だが、ぴくりとも動かぬ肉親の姿を目にして、一切の駆け引きもなく、ただ真っ向から敵対者に躍りかかっていた。
「貴様ぁ――っ」
怒りにまかせた魔力の注入に『星々の輝き』が暴走気味に発光する。
『烈光眩惑』――聖剣が独自に有する特殊能力の発現。
例え大振りの斬撃であっても、まばゆい光に眩惑され、所有者が振るうすべての剣撃が回避不能と謳われし必殺剣となる。
特筆すべきは、打ち合うごとに発する光の照度が増してゆき、三合目には相手を失明させ、邪気さえ打ち祓う強力な追撃効果であろう。
聖剣所有者に対する“悪意ある者”限定とはいえ、まさに奇蹟を体現する破魔の光――だが、それでも相手を『魔人』と畏れたのは、遣い手である騎士自身ではなかったか?
ひとつは、その忌むべき悪意を見せられて。
いまひとつは、その比類無き“力”を見せられて。
皮肉にもその見識眼の確かさを示すように、敵対者は迫り来る必殺の剣に怖れることなく、大胆にも両眼を閉じながら、ただ左手を翳した。
「馬鹿な……」
「それも十分に知ることができた」
気づけば、左手に握られた手鏡より円状の暗幕が展開され、まばゆく光る剣の一撃をきれいに封殺していた。
間髪入れずに、敵対者が後ろ手に振っていた右手の剣を、驚愕に凍りつく騎士の横っ腹へと叩き込む。
「がはっ――」
吐血と同時に鉄鎧ごと胴の半ばまで断ち切られて、騎士の剣から力が抜け落ちる。
生命の輝きに似た剣の光も消え、同時に騎士の重みが食い込んだ剣にのしかかるも、驚くべき事に敵対者は平然と片腕のみで支えきった。
無論、『筋力増強の恩恵』に代表される身体能力強化系統の魔術や『大鬼を宿す腕輪』などの魔術工芸品を使ったわけではなく、純然たる身体能力の凄さだ。
「ぐ、が……」
「……」
至近距離で騎士の血走った眼が敵対者の凍てついた眼と対峙する。
だが、騎士が力を込められるのは、もはや眼力のみだ。それを承知しているからか、敵対者は大鬼並の怪力を体現しつつ、何でもないように剣を振るって屍同然の騎士を打ち捨てた。
「他愛ないな、『六聖剣』。それで私に並び立とうとは……いや、人間だからこそ、こうなるか」
わずかに感慨深げに洩らして前へと踏み出す。声に含まれたいくばくかの寂寥感を、騎士が気づけたかどうかは分からない。
結局、その領域に佇むのは己一人――石床を踏む固い足音が、孤高を際立たせるかのようだ。
「よ……せ……」
虫の息となった騎士の言葉をもはや相手は耳にしていない。
正面に見える大きな何かの結晶に目を奪われていたからだ。
「ようやく……」
眩しすぎない光量で、魔力が可視化されて銀色に輝くその姿は美しく、視線を吸い寄せられてしまうのは当然として、それを見つめる双瞳に哀しみを湛えているのはなぜなのか。
目的達成を目の前にして、『魔人』と呼ばれし者の胸中にも、某かの感慨が去来することがあるのかもしれない。
「…………」
何かを呟くが小さすぎて声にならない。あるいは、目の前にあるモノから溢れる魔力が“聞こえぬ音”を響かせているが為か。
事実、ひとり勝ち残った者の身体が、溢れる魔力に共鳴し、そこへ近づいたことで耳鳴りまで始まっている。
ただ、『六聖剣』とまで謳われた騎士達を相手に勝利を得た理由には、紛れもなく、その膨大な魔力に共鳴し自分のものとして活用できたのが一因としてあったので、不満などあるはずもない。
「我の声は“鈴”――我の魔境は“扉”――『深淵』に眠るモノよ。我が呼びかけに応え給え……」
それは現存するいかなる『精霊術』や『魔術』とも異なるものであった。強いて云うなら『儀式』というのが近しい技術であったろうか。
左手に握る不思議な手鏡が、その技術の鍵となっていることは疑いようがない。
失われて久しい『遺失技術』――『魔人』とはそれを継承する者であったのか、あるいは技術を復活させた者であったのかは不明だ。
不思議な余韻が残る文言を口にしながら、右手の剣に左手の手鏡を軽く押し当てゆっくりと滑らす。
手鏡が触れたところから剣が銀色に輝き出し、やがては剣身すべてが銀色の大きな魔力に包まれたところで、最上段に振り上げた。
剣術も何もない。
渾身の力を振るうが為の原始的な構え。
必要なのは単純な力――それを引き出すための純粋なる一念。
『魔人』と呼ばれし者は呼吸を整える。
――――スゥ
ハァ――――
集中のため閉じていた瞼を開ける。
断固たる決意にわずかな期待と興奮が混ざり――下腹に力を込めながら剣を、渾身の一撃を放った。
その日、日暮れとほぼ同時刻。
サン・ヴァルディア公国を“未曾有の災厄”が襲い掛かった。
城下には秘したはずの『六聖剣』の敗北が大きな衝撃を伴って流布することとなり、その元凶である『魔人』の存在さえ洩れてしまい、危機の第二波となって公都を大いに混乱させた。
ほどなくして、ヴァルディア公より『天啓』を受けたこと、それに伴い“勇者召喚の儀”を執り行うことが公表される。
それは民だけでなく反体制派に属する貴族でさえ理解を示し、歓迎したことでありながら、危機の第三波と成り得るほどの動揺を公国民に与えることにもなった。
なぜならば――
『勇者を狩る勇者』
―― 開 幕 ――




