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近く彩る恋模様  作者: 葵翠
【菓子の縁】
9/25

気づいたら

ヘリー視点になります。

楽しんでいただけると嬉しいです。

 私はスイートポテトを作り上げると、文通用のノートを広げた。


『いつもありがとう。楽しみにしてる』


 先週書かれていたその二言に、私は自然と顔が綻んだ。

 最初に文字で接触を試みてからというもの、私とヨエル君は顔を合わせることのないままに文通を続けていた。

 私はヨエル君にお菓子の感想を求めたり、その日や季節にあった何かを書いて、ヨエル君はお菓子の感想やお礼と、たまに質問なんかをしてくる。

 そうしてお互いに答えを書き綴っていくという緩やかな日々は私にとってささやかで、それでいてなによりも大きな幸せを与えてくれていた。


『いよいよ本格的な実りの季節になりました。来週は秋にぴったりなお菓子を作ります。楽しみにしていて下さい』


 先ほどのヨエル君が記した文字は、先週私がそう書いたことへの返事である。


 春からはじまったヨエル君の盗み食い。初夏にプレゼントをもらって文通を始めて、季節は秋。

 枯れ葉があちこちに舞い散るこの季節を私は待っていた。


 ――食いてぇな、ヘリーのモンブラン。


 お菓子の盗み食いをしているのがヨエル君だと知ったあの日の呟き。それは忘れることなんてできない台詞だった。

 もちろんいろんなモンブランがあるけど、やっぱり栗が一番だと思う。だけど栗は秋にならないと手に入らなくて、ずっとずっと待っていた。


 こんなに好んでお菓子を食べに来てくれるヨエル君には、どうしても作ってあげたくて。

 そしてそんなヨエル君が一番喜んでくれる顔を見たくて。


 そうして私は今朝早くから起きて、家でモンブランを作って保冷の籠に入れて学校へと行った。

 それからいつものように授業が終わって宿直室でスイートポテトも作った。

 こっちは宿直室を借りてるお礼に先生たちにプレゼントするのがほとんどだけど、これでヨエル君を宿直室に誘いこむのだ。


「今日はちょっと少ないけど……っと」


 モンブランを食べてもらうからと少なめの量のスイートポテトをお皿に盛ると、広げていたノートに今日のメッセージを書き加える。


『今日は他にもプレゼントがあります。お話もしたいので、食べて待っていてください』


 本当はモンブランを食べるところを見たいとは思うけど、どうしても嫌なら――しょうがないもんね。

 もしヨエル君が残ってくれなかったら、その時はすごく残念だけど、諦めることにしようって決めている。


 私は宿直室を後にすると、足早に教員室へと向かった。

 先生達に日ごろのお礼を伝えて食べてもらって、その先生達の笑顔に嬉しくなる。

 だけど――どうしてもヨエル君の事が気になって、つい早く退室してしまった。


 ヨエル君。

 文通の返事はぶっきらぼうだけど、でも根は優しいのが伝わっている。

 最近はあんまり男の子達と遊んでる姿は見なくって、卒業後に入る予定の工房で手伝いをしてるらしいっていうのはウルフからなんとなく聞いてて、しっかりしてるなって思う。


 ――待っててくれてるかな。

 ――今日はたくさん喜んでもらえるかな。


 そんな気持ちで戻ってきた宿直室の前。

 つい緊張してしまって、深呼吸をひとつ。


 ゆっくりとドアを開けると、真っ先に目に入ったのは鮮やかな水色の髪だった。

 少し前に文通でヨエル君が好きな色を聞いてきて答えた色。前は紫が好きだったんだけど、明るくて溌剌なヨエル君にぴったりなその色は、最近の私のお気に入りで。


「……ヘリー」


 その水色を見て思いだしていると、ヨエル君が硬い表情でこっちを見ていた。

 そうだ、ヨエル君だ。ヨエル君が待ってくれていたのだ。


「ヨエル君っ」


 思わずほっとして、それから嬉しくなって笑顔になると突然ヨエル君が顔を背けた。


「っだから……なんでそんな」


 顔を片手で隠して何かを呟いてて、思わず瞬きする。

 どうしたんだろう?

 さらに首を傾げて、それからヨエル君の後ろにある調理台に気がついた。

 食べていてと書いたはずのスイートポテトが、そこには残っていた。


「ひょっとしてスイートポテト嫌いだった?」


 初めてのことに慌てて、もしそうだったら最悪だなって肩を落とす。

 今日はとことん喜んでもらいたいって思ってたのに。


「ん?いや、むしろ好きなほうだけど――っていうか、驚かないのか」


「なにが?」


 と、ヨエル君は困惑したかのような表情をした。頭をかいて、視線が移っていく。


「なんだ、その……俺が菓子泥棒だったってこと」


 ああ、そのこと。

 ずっと前から知っていたから、思いつかなかった。


「前から知ってたから。いつも美味しく食べてくれてて、嬉しかったよ?」


「はっ、嘘だろ!?いつから知ってたんだよ」


 聞かれて正直に話すとヨエル君は頭を抱え込んだ。


「マジかよ。ってことはあれか?文通とかも」


「うん。返事がもらえてすっごく嬉しかった。お礼のプレゼントもいつもありがとう」


「最悪だ……どんだけダサいんだよ俺」


 私は嬉しかったんだけど、ヨエル君的にはダメだったらしい。

 ショックを受けているヨエル君にどうしたらいいのかわからなくなっていると、何かを思い出したらしいヨエル君が勢いよく首を振った。


「そうじゃない。そうじゃなくて」


 そうして私の目の前までやってきたヨエル君が居心地悪そうに、だけどしっかりと私の目を見て言った。


「ずっと盗み食いしてて悪かった」


 いきなりのことに驚いている私に、ヨエル君は続ける。


「いつまでもこんなことしてちゃいけないって思ったが、どうにも止められなかった。ヘリーの作る菓子が美味すぎて……虜になっちまった」


 初めて聞くような弱気な声のヨエル君とは反対に、私はその言葉に歓喜が渦巻いていく。

 嬉しい。虜だなんて言ってもらえるなんて。

 胸が高鳴って、感動のあまり言葉も出ない。


「今までずっと悪かった!」


 勢いよく頭を下げられて、私はすぐ近くに置いてあったモンブランの籠を手繰り寄せた。


「あのね、ヨエル君」


 言いながら中を開けてモンブランを一つ手の平に乗せると、まだ頭を下げているヨエル君の視界に入るようにとそっと差し出した。


「はい、どうぞ」


 すっごく心を込めて作ったモンブランは、これ以上ないほど美味しく出来上がった。


「モンブラン?」


 少しだけ顔を上げたヨエル君に頷く。


「うん。食べたいって言ってくれたでしょう?あの時ね、びっくりしたけど、本当に嬉しかったの。その後も、こっそりだけど毎回食べに来てくれてて、そこまで気に入ってくれたことが嬉しくて嬉しくて、毎週宿直室に戻るのが楽しみだったの。食べてくれたかな、って」


 静かに顔を上げたヨエル君は、信じられないものを見るように私を見た。

 そんなヨエル君の手をとってモンブランを渡すと、今度は私がゆっくりと頭を下げた。


「いつも食べてくれて、ありがとう」


 いつのまにヨエル君の胃袋を掴んでいた私だけど、気がついたら私はそんなヨエル君に心を掴まれていたらしい。

 元気で勢いが良くて、いつも男の子達の中心にいるヨエル君。だけどお菓子を好んでて、こっそりと食べに来てくれて、美味しいって言ってくれて。


 本当に楽しみで、嬉しくて、幸せだった。


 そんな自分の気持ちを再確認して微笑むと、ヨエル君は驚きに空いていた口を閉めて見るまに顔を赤くしたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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