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近く彩る恋模様  作者: 葵翠
【菓子の縁】
7/25

いつのまに2

楽しんでいただけると嬉しいです。

 ヨエル君。

 派手な水色の髪と大きな声が特徴的な運動神経抜群の同じクラスの男の子。

 ちょっとやんちゃな所があって同い年の友達からは子供っぽいと言われる事もあるけど、年下の子からは結構人気で告白とかもよくされてるみたい。

 私は格好いいとは思うけど、運動が大好きで派手でお菓子が嫌いなヨエル君と運動が苦手で大人しくてお菓子が大好きな私はまるで正反対だし、たぶん関わりあいになることはないかな〜なんて思ってたんだけど。


「お菓子、好きなのかな」


 お菓子作りの準備を終えたところで、私は言葉を漏らした。

 お菓子に関するものを見ていると、最近いつもヨエル君のことばかりが思い浮かぶ。

 もしお菓子が好きなんだったら嬉しいな。好きなものが一緒の人がいるって幸せなことだし、男の子はお菓子なんてほとんど食べないから、余計に嬉しい。もっといろんなものを食べて喜んでもらいたい。


「さて、と。今日は~マドレーヌ~」


 オレンジをよく洗って、その皮をすりおろす。

 さわやかな香りが広がって、気持ちもよりいっそう明るくなる。


「う~ん、やっぱり柑橘類っていい匂い」


 実はお菓子に混ぜ込むのも好きだけど、柑橘類はそのまま食べるのも好き。レモンは流石にそのままでは食べないけど、オレンジとかは余ったものをそのままぱくっと食べたりもする。


「ふふっ、美味しくな~れ」


 卵に砂糖にすりおろしオレンジの皮、薄力粉に――

 順番に加えながら混ぜていくこの作業が一番好き。どんどん色や質感が変化してきて、その色艶や混ぜる手ごたえっていう微妙な感覚の差ででき上がりが違ってくる。


「こんなものかな」


 出来上がった生地をお気に入りの貝の焼き型に流し込めば、あとは焼くだけ。

 もちろん焼くだけとは言っても火の調整は重要なんだけどね。

 一度窯に入れると、私は調理台の上に残っているオレンジを見つめた。今回は皮だけだったし、


「いっただきま~す」


 ぱくっ。


「ん~っ、美味しいっ」


 作ってる間にちょっとぬるくなっちゃったけど、それでもほのかな酸味と甘みが口いっぱいに広がって幸せな気分に浸る。

 次から次へと、っていってもそんなに量がないからすぐになくなっちゃって、ほっこり気分で洗い物を始める。

 時折火の調整をして待つこと数十分。


「できたっと」


 型から外せば綺麗な貝の形のマドレーヌが顔を見せた。

 荒熱を取ってから材料と一緒に受け取った容器に二つを残して全部入れる。

 二つは私の分だけど……ちらっと窓を見る。


 今日も来るかな?


 期待の視線を向けるけど、当然見える場所には居なくって。

 私は今日の依頼主の元へとマドレーヌを届けに宿直室を出た。


「はい、これ」


「ありがとー!」


 今日の依頼主は同じクラスの子だった。いつもは話しこんじゃうんだけど、逆に用事があってと伝えればすぐに引き上げられる。


「じゃ、また明日」


「うん。またね」


 そうしてできるだけ音を立てないように宿直室の前まで戻って、そっとドアの隙間から中を覗きこむ。

 するとそこには――


「ごちそうさまでした」


 マドレーヌを置いた作業台の前に水色の髪の男の子が立っていた。こっちに背を向けてるから顔は見えないけど、どう見てもヨエル君だ。


 ごちそうさまって言ってくれた。

 どうかな、美味しかったかな?


 思わず嬉しくなっていると、ヨエル君は食べ終わったはずなのに少しの間そこにいた。どういうわけか逡巡するようにして、そうして鞄から何かを取り出した。


「……次はオレンジだな」


 よしっ、とひとり気合を入れたかのように呟いて、そうしてヨエル君が動き出した。

 慌てて身体を引っ込めて少しすると、窓が閉められる音が聞こえてきた。


「オレンジ?」


 なんのことだろう、と首を傾げて、それからもう少しだけ時間をおいて宿直室に入る。

 当然マドレーヌは全部なくなってたんだけど――


「え?」


 代わりにそこに置かれていたのは茎にリボンの巻かれた一輪の花だった。


「え――これって……!」


 さっきヨエル君が取り出したのはこの花で、わざわざここに置いてくれたっていうことは、


「くれた、の?」


 ということよね。

 じゃなきゃ置かないわよね。

 そっと手にとってみると、私の動きに合わせてひらりと花弁が揺れた。


「かわいい」


 まさかこんなことをしてくれるなんて思ってもなくって、嬉しさに胸が高鳴る。

 今まで一度もそんなことはなかったけど、ひょっとしたら内緒でお菓子を食べていることを気にしていたのかもしれない。


「どうしよ、すっごく嬉しいかも」


 両手でしっかりと、だけど折れないように優しく花をもつとその香りを堪能した。

 男の子からお花なんて貰ったのなんて初めてのことで、私はしばらくの間、嬉しさににこにこと花を眺めるのだった。



 それからというもの、毎回何かしらのプレゼントが置かれるようになった。


 二回目はオレンジだった。

 ヨエル君が「次はオレンジだな」って言っていたのは、このことだったらしい。ひょっとしたらオレンジを頬張っていたのを見られていたのかもしれない。そう思うとなんだかちょっと面白くって、思わず笑ってしまった。


 三回目はカボチャとヒマワリの種だった。

 ご飯のおかずとしてはあまり使われないけど、お菓子には使うことのある食用の種。

 これは依頼ではなくって、その内ヨエル君の為のお菓子として使ってプレゼントしたいな。


 それから――


 四回目の日。

 私は思い切ってある行動に出た。

 ヨエル君がバレたくないというのなら、このままでいいかなって思ってるんだけど、それでも伝えたいことがあったから。


『いつもありがとう。お菓子は美味しいですか?』


 用意していた紙にそう書いて、それを残した一人分のお菓子のところへと置いて、一緒にペンも置いておく。

 ひょっとしたら文通ができるかも知れない、なんて思って。

 そうして深呼吸して、宿直室を出る。

 今日はゆっくり戻ろうと決めているから、歩調ものんびり。


「おまたせ〜」


 自分の教室へと行くと、友達が手を振って立ち上がった。

 それからお菓子の話とか、最近雑貨屋さんに入った花の都の小物の話とかをする。

 花の都はこの地方では一番大きな街で、その名の通り花が溢れているらしい。本物の花だけじゃなくて小物とかも花を象ったものが多くて、それがうちでは人気だったりする。


「それじゃ、ありがとね!」


「は〜い」


 ひとしきり喋って、友達が満面の笑みで帰って行くのを見送って考える。

 時間はいままででは久しぶりってくらいに長く過ごしたから、戻っても大丈夫かな。


 返事貰えるかな。貰えたら嬉しいな。

 自分から働きかけたことは一度もなかったから、すごくどきどきする。


 期待に胸を膨らませて宿直室へと戻ると、私は真っ先に紙を覗き込んだ。

 そこには私の書いた字と、


『美味い』


 ヨエル君らしいちょっと粗い字がそこにはあった。

 ほんの一言だけど、だからこそ本心なんだとわかるようで思わずくすりと笑う。


 どうやら私は、いつのまにかにヨエル君の胃袋を掴んでしまっていたらしい。


 そんなことを思いながら、私は紙を大切に折りたたむのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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