いつのまに1
ヘリー視点に変わります。
楽しんでいただけると嬉しいです。
私はヘリー。お菓子作りが大好きなただの女の子。
ちょっと太ってるけど、家系っていうのかな。決して食べすぎてるわけでもないのに家族みんながそんな感じだし、健康だからあんまり気にしてない。
そんなわたしは最近、困ったことが起こっている。
学校の宿直室を借りて作るお菓子が食べられてしまうのだ。依頼された分は無事なんだけど、報酬として分けてもらう分がまるっとなくなってしまう状態がここ数週間続いている。
一回目は紅茶のシフォンケーキを作った時。
一人分だけ残して、シフォンケーキを箱に詰めて友達に渡しに行って戻ってきたら、生クリームもキレイに無くなっていた。
最初はなんでお皿が空っぽなのか分かんなくって混乱したけど、ナイフとフォークに使ったあとがあったから食べられたんだってわかった。
こんなこと今まで一度もなかったけど、ひょっとして小さい子が匂いに誘われてつい、ってことかもしれないとその姿を想像して小さく笑った。
うちの弟もまだまだお菓子が好きで作ると飛んでくるしね。
最終的にはそれで喜んでくれたんなら、まぁいっか〜とその日は深くは考えなかった。
二回目はプリンだった。
同じタイミングでなくなってて先週と同じ子かなって思って、でも盗むのは良くない事だからちゃんと教えてあげなきゃって心に決めた。
三回目には窓に鈴を挟み込んで開けたら落ちて音がなるようにした。
けどいつまで経っても鈴の音はしなくって、そろーっとドアを開けて覗いたら窓の外に一瞬水色の髪が見えた。
ちょうど出て行ったところらしくて髪しか見えなかったけど、鮮やかな水色は同じクラスのヨエル君を思い出させた。
まさかヨエル君が?なんて一瞬思ってみたものの、正直ないわよね。
ヨエル君とか甘いもの嫌いみたいだし、成人手前の歳になって盗み食いなんてね。
そんなこんなで四回目。
可哀想かなって思ったけど一応悪いことはしてるわけだし、と割り切って転ばせる方向で足元にいくつかの紐を張ってみた。
ちゃんと盗み食いはだめだって教えて、それからお菓子を食べさせてあげよう。そんな気持ちで。
だけどやっぱり捕まらなくて。
それが気付けばひと月以上も続いていた。
大事になって盗み食いしてる子が怖くて心配して精神的に追い詰められたらと思って他の人には伝えてないんだけど、流石にここまで続くと、
「どうしようかな〜」
と、無意識に悩みが声に出てしまってはっとする。
目の前には用意してもらったお菓子の材料と調理器具が並んでいて、あとは作業を開始する状態まで準備は進んでいた。
よしっ、悩み事は一旦保留。
お菓子は真心こめて作らなきゃね。
私はひとつ息をつくと口元に笑みを浮かべてブラウニーを作りを始めた。
今日の依頼は二つ下の男の子からのもので、おばあちゃんの誕生日プレゼントにってものだった。
おばあちゃんはナッツがたくさん入ったものが好きらしくて、材料にはいくつかの種類のナッツが用意されていた。
こういう大切な人への贈り物っていうのが大好きな私は美味しくな〜れと願いを込めて生地を作り始めた。
粉物を振るって、順番に混ぜ合わせて、たくさんのチョコを刻んで湯煎で溶かして、生地に加えていく。
最後に型に入れて焼き上げれば完成。
独特の甘い香りが部屋の中いっぱいに広がって、ナッツの混ざったブラウニーは会心の出来に仕上がってくれたと感じた。
熱が冷めたブラウニーを切り分けて容器に移したところで、ふと思う。
さすがに、今日のブラウニーは食べたいな。
ここ数週間は味の確認ができなかったかな〜という感じの方が強かったんだけど、滅多にない出来上がりのブラウニーは自分でも食べてみたいよね。
口元に手をやってちょっと考える。
出来上がりのお菓子を渡してできるだけ早くに戻ってくるのは考えてはいるんだけど、いつもそこで会話に花が咲いてしまうのが問題だった。
だけど今日は男の子だし、そんなに遅くならないかな?
「よ〜しっ」
いつものように簡単な罠を仕掛けて、私はすぐ近くの教室で待っている男の子の元へと足早に向かった。
「お待たせしました」
声をかけて入れば男の子はすぐに顔を上げた。
どうやら待ってる間に勉強をしていたらしく、ペンを置いて立ち上がった。
「ありがとうございます。ばあちゃん、喜んでくれると思います」
「いえいえ、これくらいお安いご用ですよ」
嬉しそうに口元を緩める男の子は優しげで、一緒になって微笑む。
男の子はすぐに教科書やペンをしまって、もう一度お礼を言ってくれた。
「よければ感想を聞かせてくださいね」
そう言って手を振れば男の子は会釈をして帰っていった。
その後ろ姿を見て満足感に浸って、それからハッとする。
私のブラウニー!
慌てて宿直室に戻ったけど、窓は丁寧に鈴が外されてて、お皿の上は……
「またなくなってる〜っ」
きれいに何も残っていなかった。
男の子が帰る準備をするまで待ってはいたけど、それでもいつもよりかなり早かったはずなのに。
楽しみにしていたのに、これもダメだったなんて。
「もうっ、絶対に捕まえてやるんだから〜っ」
口をへの字にしてむくれていると、ふと窓の端に何かが光った気がした。
「?」
なんだろう、と思って目を凝らしてみるとそれは水色の髪のようで。
――ひょっとして、そこにいるの?
ごくりと唾を飲み込んで、先に声をかけたり物音を立てて逃げられないようにと、そろ〜っと窓に忍び寄った。
もう少しで窓に手が届く、そんな距離にやってきたその時のこと。
「っはー……しっかし美味ぇな」
とても聞き覚えのある声が聞こえて、思わず足を止めてしまった。
低くて、ちょっとガサツそうな、だけど感慨深げなその声は、紛れもなくヨエル君のものだった。
え、なんで!?
咄嗟に思ったのはただただ疑問だった。
だってヨエル君はお菓子が嫌いで。
一度妹さんのお菓子を食べている姿を見た事があるけど、その顰めっ面は――うん、本当に不味そうだった。
だから余計に信じられなくて、ひょっとしてたまたまそこで休憩に何か摘んでるだけで、お菓子泥棒は別の子なのかもって思い直した。
確認、しなきゃ。
一つ呼吸をして、ゆっくりと足を踏み出したその時、
「食いてぇな、ヘリーのモンブラン」
ヨエル君がそう言った。
確かに言った。どう考えても、間違いようがないくらいはっきりと。
思わず目を瞠った。
ヨエル君が、私のお菓子を食べていた……?
しかもモンブランが食べたいって。
私のモンブランって。
さっき思い出した、妹さんのお菓子を食べるヨエル君をもう一度頭の中で再生させるけど、嫌そうな顔で食べるヨエル君と今のヨエル君のセリフとはどうにも繋がらない。
でも。
改めて思えば妹さんが太らないように、なんて言って食べるのは、違和感でしかない。
ある意味名物のようにもなっていたからすっかりいつものこと、というように捉えていたけど、健康体であるはずの妹さんの健康管理の為に自分が嫌いなものを食べるっていうのは、おかしい。
じゃあなんでそんなことをしているかっていうと。
さっきのヨエル君の声を思い出す。
美味しいといっていたのはブラウニーで、モンブランが食べたくて。
それは結局のところ――
妹さんのお菓子を取り上げてしまうほどに。
こっそり私の作ったお菓子を盗んでしまうほどに。
「ものすっごくお菓子が好き……?」
思わず呟いて窓の外を見ると、ヨエル君の後ろ姿が小さく見えた。
読んでいただきありがとうございます。