数ヶ月後の二人
キラ視点もその後です。
楽しんでいただけたらと思います。
――変なのに絡まれた。
目の前の光景に思ったのはそれだけだった。
今日は互いに結婚生活も落ち着いたアマリアとの買い物に出ていて、これまでのように私とアマリアは腕を組んだりしながら楽しく街を出歩いていたんだけど、そこで立ち塞がったのが目前の二人である。
一人は同い年くらいだろうか、ちょっと気の強そうな女だ。連れの男を盾にするかのように押し出しつつも横から顔を出してアマリアを非難している。
もう一人は女の兄といったところか。女とよく似た釣り気味の目に大柄な体躯ではあるものの、ところどころ不安そうに目を動かし、眉が下がっている様子はさながら小動物のようである。――もっとも、アマリアのように可愛いものではないが。
そんな二人が一体どうしたかというと、
「トゥーレ様と結婚してるクセに真昼間っから堂々と浮気してるなんて、信じられないわ!この、悪女!」
未だ多く居続けるトゥーレさんのファンが私の姿に間違い、これぞ好機とばかりにアマリアの不貞行為を糾弾し始めたのだ。
「アンタみたいな女、トゥーレ様を不幸にするだけよ!」
「そ、それは言い過ぎ……あ、や、そのなんだ。ここはひとつ、悪い事は言わないからトゥーレ騎士とは別れた方が……」
真っ向からアマリアを攻撃する妹と、そんな妹の無言の圧力にビクつきながらも同意を示す兄は端から見ても奇妙なものであった。
「どうしよう、キラ」
いつもであればすぐに雰囲気に飲まれて怖じ気づくアマリアだったが、今回ばかりはこのおかしな二人組にただ困惑していた。
よく分からない二人組に冷めた目を向けて、こちらを仰ぐアマリアに返す。
「どうしたもんかね」
正直な話、無視したい。が、そうなると騒がれているアマリアの不倫の話が周囲に残ってしまうわけであり、アマリアの名誉の為にも無視するわけにはいかない。
となれば誤解である事を告げなければならないわけだけど……あの女黙らせるの、めんどくさそうなんだよなぁ。
いまだピーピー喚き続ける女を一瞥して深くため息をつく。
既にトゥーレさんはアマリアと結婚しているというのに、意地汚い女である。
「あのさぁ」
心底うんざりしながら声をかけると男の体がわずかに跳ねた。見た目によらず小心者なようで何より。
だけど妹は私に気づいていないのかどうなのか、怒涛の勢いでアマリアにまくし立てている。
「ねぇ、ちょっと聞いてんの?」
兄は気づいてるようだが、やっぱり妹の口は止まらない。
兄なら兄らしく妹くらい制御しろ、とイラッとしたものの、すぐにベネディクトさんの顔が思い浮かんで無理かと思い直す。
と、同時にそんな兄でもやる時はやってくれるはずだと判断する。
「アマリア、ちょっと持ってて」
と、手にしていた鞄を預けると私は首元に巻いていたタイに指を掛けると一気に緩め抜き取った。
妹は変わらずだが、私の行動に兄の方は気を向けくれた。
「いろいろと誤解があるみたいなんだけど、ちょっと見ててくれない?」
兄としっかりと目を合わせて次の行動へ移る――つまるところ、ジャケットのボタンに手をかけた。
何をするのか、という兄とアマリア、そして周囲の注目の中で勢いよくジャケットを脱ぎ去れば、しっかりと体のラインを表したブラウス姿となる。
我ながらなかなかの流曲線だと思うそのラインに周囲からざわめきが立つ。
ジャケットさえ脱いでしまえば私の性別など一目瞭然なのだ。
「え……君、ひょっとして」
と、一番目を大きく見開いたのは目の前の兄だった。
よろめくように一歩踏み出して驚愕の眼差しで私に手を伸ばしかけ――
「ちょっと待てえぇ!俺の嫁に何するつもりだ!?」
何処からともなく聞き馴染みのある声が響いて、振り返るよりも先に目の前に大きな影が割って入った。
「……ベネディクトさん?」
アマリアと同じ栗色の髪に、私とそう変わらない背のその人は片手で私を後ろに下がらせつつも気弱な兄を睨みつけた。
「え、あ、オレはその」
睨まれた兄は狼狽え後退り、そんな兄の様子か、はたまた大声で乱入してきたベネディクトさんの存在にか妹も流石にその口を止めた。
「大丈夫か、キラ?」
いつもはいろんな人から適当な扱いを受けつつため息をついて流されているベネディクトさんが、怒っている。
私を庇って、素性の知れない大男を睨みつけてて。
――俺の嫁に何するつもりだ!?
俺の嫁に。私に。
その事実に胸の奥がじんと沁みて言葉を失う。
「――キラ?」
返答のない私に、ベネディクトさんが心配そうに振り返った。
やばい、格好いい。
こんな姿を見せられたら、私は――
「っアマリア、悪いんだけどベネディクトさんの職場にお使いに行ってきて」
「えっ?うん」
「は?おい何言ってるキラ」
疑問符を浮かべる幼馴染達に、私はベネディクトさんの手を掴んで言い放った。
「ベネディクトさんは嫁にお持ち帰りされましたので早退します、って」
私達は休みだがベネディクトさんは今日は仕事なのだ。
「っわかったわ!任せて!」
途端に目を輝かしたアマリアが私の鞄をベネディクトさんへ押し付け駆け出した。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ――」
「いいから、オレたちは、帰るぞっ」
と、途中その存在を忘れていた兄妹も兄が妹を半ば抱えて撤退していった。
文句を言う妹に「あの人は女だ」と説明してくれているあたり、もう問題はないだろう。
「は?ちょっとおい、何がどうなってんだ?」
おそらく私達を見かけたそばから助けに入ってくたらしいベネディクトさんは状況が飲み込めず、私に引っ張られて困惑しながらも付いてくる。
けど説明なんかしていられない。
「どっか宿行きますよ。清潔なら何処でもいいんで、とにかく宿」
「宿?なんでいきなりそんな」
「そんなの決まってるじゃないですか」
ある程度進んだところで、私はベネディクトさんを引っ張った。
おそらくやや据わった目をしている私の勢いに押されたベネディクトさんが息を飲んだ。
「――ベネディクトさんを押し倒すためですよ」
昔子供の頃に大型の犬からアマリアを守ったベネディクトさん。
あの姿に惚れた私は、けれどもベネディクトさんが私を守ってくれるなんて想像は一度たりともしたことがなかった。
なのに、こんな公衆の面前で庇われたりなんかしたら、気持ちが逸らないわけがないのだ。
こんな格好いい姿を見せられたら、押し倒さないなんて選択肢はない。
「――は?」
一瞬何を言われたか分からなかったらしいベネディクトさんを、再びぐいぐいと引いて進んでいく。
家は誰かしらいそうだし、とにかく宿である。
「……っいや、待て!おかしいだろ!?なんでこの流れでそうなる!?」
素っ頓狂な声を上げるベネディクトさんが腕を引きかけたものの、なんとか阻止する。
「いいから行きますよ。説明は事が終わってからです」
「待て待て待て待て!事も何も、なんで俺が押し倒されるんだっ、男女が逆だろ――」
「問題ありません」
「っおちつけ、キラ!」
こうして私は案外強情なベネディクトさんによって説明を求められ、過去の思い出話から洗いざらいぶちまけることとなった。
「っくそ、淡々としてるのに言ってることが可愛いとか卑怯だろ……!」
などと悶えるベネディクトさんを見て、やっぱり押し倒そうと宿へ連れ込もうとする私とベネディクトさんとで一悶着あったのは言うまでもない。
読んでいただきありがとうございます。
これにてベネディクト&キラは完結となります。
次回は格好いい女装少年の話を予定していますが、おそらく早くても年明けになるのではと思われます。
またお付き合いいただければ嬉しいです。




