[決着の予感]
楽しんでいただければと思います。
キラ視点になります。
よく晴れた天気のいい日。
今日は安息日で、朝からベネディクトさんお家へとお邪魔して家事をこなしている。
風がからっとしていて洗濯物がよく乾いているのを確認して、私は次々にそれらを取り込んでいった。
――明日、ベネディクトさんのお父さんとお母さんが帰ってくる。
この一週間はどんな成果があったのか。
手を動かしながら私はこの期間を振り返った。
最初は私が家事をしにくるとは思っていなかったベネディクトさんが愕然としていた。
それから嫌がることもなく、割といつも通りの対応だったと思う。
ご飯が美味しくて、でもそれを素直に伝えるのが面白くなくてそっけなく言われる「美味かった」の一言。
高い棚のものを取ろうとして、悔しくも届かずにいたらさりげなくやってきて取ってくれる姿。
着替えるのが面倒くさくてどうせ隣だしと寝間着で帰ろうとして怒るところも嬉しかった。ぶつぶつ文句を言いながらも、毎日送ってくれるその行動には柄にもなく喜んでしまった。
そう、アマリアのおまけじゃない、私だけを見てくれる。それは私が子供の頃から渇望していたものだったのだと、今更ながらに実感したものだ。
それから元同級生を脅して協力させ、より意識を向けてもらうようにしたところ――予想をはるかに上回る効果があった。
明らかによそよそしく、意識しまくっているだけでなく、何か物言いたげにこちらを見てはこっそりとため息をついているのだ。
元同級生は私が結婚に対する意識をもちだしたのではないかということと同時に主任の結婚疑惑について語ったらしく、その時のベネディクトさんの反応も聞き及んでいる。
相当動揺し、焦っているかのようなものだったと。
というわけで、一週間のうちに出来る限り意識を引きつけておくだけという当初の予定を変えて、ベネディクトさんのお父さんお母さんが帰って来る前に一気に畳み掛けて結婚の約束を取り付けようかと思ったのが三日前のこと。
そこからベネディクトさんが私と主任の結婚疑惑についてなりに声をかけてくれるのを待っていたわけだけど、これがまた私を見るだけで何も話をしない。
視線は明らかでうるさいほど感じるというのに、今日まで主任や結婚に関する事を聞かれなかった。
――全く、アマリア以外のことになると本当に頼りないヘタレである。
ヘタレなところもちょろいところも好きなわけだけど、やきもきしているベネディクトさんを見ているこっちが落ち着かない。
ここはひとつ、残り一日となった今日、私から何かを投じるべきだろう。
「よしっ」
私は機会を伺って決行だと気合を入れるとたたみ終わった洗濯物を手に家へと入る。
居間へと入ればそこには専門書を読むベネディクトさんがいた。
うちの工房と試行錯誤を続けていたある部品が最近いい具合に出来上がり、その部品によって広がる新たな発想を元に技術者としてさらなる高みへと進もうとしているのだ。
いつもは頼りないベネディクトさんだけど、仕事に関することには真剣に取り組む姿はきりっとしていて精悍で格好いい。私が工房に入ってから知った一面だけど、こういうところにも実はかなり惹かれている。
しばらく仕事モードのベネディクトさんを堪能して、それからゆっくりと視線を外すと、ソファのサイドテーブルに置かれたコーヒーのカップが空になっているのが視界に入った。
「ああ、悪いな」
邪魔しないようにそっと珈琲を入れ直したカップを置こうとした時、ベネディクトさんが気づいた。顔はあげていないものの、手を伸ばす姿にカップを手渡そうと行き先を変える。
「どうぞ」
ベネディクトさんがしっかりとカップの持ち手を握ったのを見て手を引いたその時――ベネディクトさんが手を滑らせた。
「っ」
慌てて持ち直そうと動いたベネディクトさんの手がカップの底にあたり、今度は綺麗な放物線を描いて中身が私に向かってぶち撒けられた。
「っ大丈夫か!?」
面白いほどゆっくりに見えた一瞬の後、ベネディクトさんの声に時間が通常の流れに戻る。
見ればシャツが大きく茶色く染まっている。
「ええ、たぶん」
淹れたてのコーヒーが盛大にシャツに染みをつくているものの、胸元だったからか下着で止まったようだ。
そう思って落ち着いた様子でいたものの、ベネディクトさんはそんな私とは反対に勢いよく私のシャツを掴んだ。
「早く脱げ!火傷したら大変だろ!」
ベネディクトさんが焦って一気にシャツのボタンを外しにかかって、その焦りっぷりに飲まれた私はされるがままになる。
なったんだけど――下着が露わになったところで気づく。
流石にこれはダメでしょう。
最低限の節度を守っていたものの、そう気づいた時にはすでに遅く、ボタンを外す手をそのままにベネディクトさんが見事に固まっていた。
視線は、谷間に釘付けである。
どうしたものかと数秒悩んで、それでも固まったままのベネディクトさんに遠慮がちに言葉をかける。
「さすがに、嫁入り前なんですが」
しっかりとボタンごとシャツを握りしめられている為に胸元を隠すこともできずに言うと、ベネディクトさんが勢いよく飛び退った。
「わ、悪いっ」
「いえ、心配していただいてたのはよくわかるので」
ちらりと視線を落とすものの、やっぱり肌にコーヒーはかかっておらず、何の問題もないだろうと判断してとりあえず片手でシャツを合わせる。
「その……冷やしに行ったほうがいいんじゃないか?」
「心配には及びません。そこまで熱くないので」
「けど、それこそ……嫁入り、前なのに、怪我なんかしたら」
顔を真っ赤にして背けるベネディクトさんだったけど、途中から渋い顔でつっかえた様にそう言葉を押しだした。
嫁入り前という単語がいやに意識されているのがありありとしていて、ふと思いつく。
これは恰好の機会じゃなかろうか、と。
これじゃあ仕事の続行どころでもないし、いいだろう。
そう思うと静かに息を吸った。
「それは確かにそうですね。流石に私も女なので、傷物にでもなったらどうしたものか」
するとびくりとベネディクトさんの体が震えた。
離れたベネディクトさんの前へとゆっくりと歩み寄る。
「そうなったら、責任取ってもらえます?」
するりと頰をなぞって、顔をこちらに向けさせる。
ものすごく動揺しながらもどこか傷ついた目を見つけて、妖艶に微笑む。
「バカ言え。……もう、主任と結婚するって、決めてんだろ」
顔を向けさせられた中でせめてもと視線だけを外すベネディクトさんに、来た、と思う。
「結婚。そうですね、私が結婚することはもう決めています」
誰と、とは言わない。けどそれだけでさらに傷ついた様な顔をするベネディクトさんは、深層意識ではすでに落ちているんだと証明している様なものだった。
どこかの騎士様の様に責任を押し付けて手に入れようとは思わない。ここまでベネディクトさんの意識が私に向いているなら、ひっぱたいても無自覚を自覚させるまでのこと。
「でも、どうしてお兄さんはそんなに傷ついた顔をしているんですか?」
「別に傷ついてなんか」
「すっごく傷ついた目をしてますよ」
否定を遮って、その目を覗き込む。
なおも視線を外そうとするベネディクトさんを逃すまいと胸倉をつかんで引っ張り、ど至近距離まで顔を近づける。
「私が結婚するのは、嫌ですか?」
「……っ」
鼻と鼻が触れ合うくらいの距離で流石に逃げられないことを悟ったベネディクトさんは、やがて一つ息をついて呟いた。
「嫌だ」
まるで子供のようなシンプルな言葉に、思わずくすりと笑う。
「どうして嫌なんです?」
できるだけ優しく声をかければ、面白くなさそうにベネディクトさんは言葉を吐いた。
「しらねぇよ!けど、お前が結婚して離れてくのが嫌で仕方がない。いつもいつもアマリアのこと掻っ攫って、嫌味ばっかりの癖に、いざいなくなるかもしれないと思うと、居ても立ってもいられないっつーか」
話すうちにどんどん言葉の力はなくなり、やがて止まった。
しばしの沈黙が二人を包む。
やがて私は更に踏み込もうと質問を重ねた。
「落ち着かないんですか?」
「――ああ」
「結婚してほしくないと?」
「……ああ」
「傍に、いてほしいと?」
「っそうだよ!悪いかよ」
拗ねたようなベネディクトさんに、一層踏み込む。
「それって一般的にどういう感情が理由なのか分かります?」
とられたくない、傍にいたい。
異性に対するその気持ちを、その奥底に広がる感情を。その理由を。
ここまでくれば気づくだろう。
そう期待を込めて、私は熱い視線を送った。
読んでいただきありがとうございます。




