≪謎の焦燥≫
楽しんでいただければと思います。
それから数日、幼馴染は朝早くにうちにやってきては朝飯を作り、俺に昼の弁当まで持たせ、夕方早く帰宅して一人の時に掃除をこなして夜飯を作り、風呂に入って、俺に送られて――隣とはいえ寝間着の格好で一人で外に出るなと俺が叱った――家に帰っている。
初日に見た意外な笑みはあまり見られる事はなかったが、どういうわけだか家に送る時だけは毎回少し嬉しそうにしていて、しかもこれまで顔を合わせれば嫌味を言っていたのに全くそんなこともなく普通の会話しかしていない。
「つまり擬似新婚みたいな生活をしてるわけですか」
「ぶっ」
昼飯の内容が今までよりも豪華な事に気づいて聞いてきた後輩に幼馴染のことを話すと、そう言われて思わず飯を吹いた。
「キラの奴が何でもできるのは知ってましたけど、まさかこんなに料理上手とは知りませんでした」
俺の弁当を覗きこむ後輩はそう言って一つ息をついた。
そうしてふと思い出したように口を開く。
「この前の連日の懇親会で、キラって結構人気だったんですよね」
「ん?」
アスパラのベーコン巻きを口に放り込み、後輩の言葉を待つ。
幼馴染が人気?なんだそりゃ。
「誰に対しても物怖じしないし、一見冷たそうだけど配慮が細やかな美人って言われてて。凛としたところが他の女にはなくって、かといってお高く止まってるわけでもないしって感じで、結構狙ってる人が多くて驚いたんですよ」
「っは、あいつが?」
言われた言葉を幼馴染に重ねてみようにも、無理すぎて鼻で笑った。
顔は整った方だとは思うが、凛としたってのは男装してるのがそう見せてるだけだろ?
「そうですよ。僕はまぁ……キラの恐ろしい面を幾つも見てきてるんで絶対近寄ろうとは思いませんけど、料理上手ってところまで知れ渡ったら相当な人気になるでしょうね」
「あー、あいつ切れると怖いからな」
「アマリアに関することでは本気で心折られた奴が何人もいますからね」
俺が助けに間にあわなかった時、アマリアに手を出した男どもをキラはこれ以上ないほどに叩きのめしてたんだよな。っつーか、俺が間にあったことなんてないんだがな。くそ。
ちょっと嫌なことを思い出して顔を顰めつつマリネをかみ砕く。美味い。
嫌な思い出の元凶であり、美味い弁当の作り主でもある幼馴染に複雑な心境になっていると、ふと後輩が思いだしたように言った。
「そういや、ベネディクトさんってキラから結構な嫌がらせ受けてましたよね」
と、後輩がふと思い出したように言った。
「ああ」
アマリアを奪って勝ち誇ったような笑みは見慣れすぎていつだって思い出せるほどである。
後輩はですよね、と零した後に再び顔をあげた。
「それなのに二人きりってきつくないんですか?」
いわれて瞬きをする。
「いや?」
ここ数日のことを思い出して疑問系になりながらも否定する。
むしろどちらかというと非常に居心地が良い。嫌味はうんざりすることもあるがある意味慣れているせいも……ん?
「そういやここ数日嫌味を言われてないな」
いろいろ考えてみて気づく。
目が合えば何かと言われてた気がするが両親が旅行に出てからというもの言われた記憶がない。軽くからかわれるようなことはあるが不快になるようなものじゃなく、それに反応する俺にくすくすと笑う姿は無邪気でこっちも笑みが浮かんでしまうほどだ。
「言われてないんですか?キラから」
意外だとばかりにくいついてくる後輩に重々しく頷く。
「ないな」
すると後輩は何度も瞬きをしながら俺を見て、そうしてやや前のめりになりながら声を潜めて聞いてきた。
「なんかあったんですかね、キラの奴」
急に声を潜められて疑問符が浮かぶ。
「なんかってなんだよ」
「ほら、急に態度が変わるとか何かあったとしか思えないじゃないですか」
言われて考える。
人が態度を改めるのは確かに原因ってものがあるはずだ。
原因、原因ね。
「アマリアの結婚とかか?」
幼馴染の周囲で変わったことがあるかと言われれば真っ先に思いつくのはそれである。
俺や両親もだが、幼馴染にとってもこれはかなり大きな変化だろう。
「なるほど……」
けどそこから俺に嫌味を言わなくなるというのがわからない。
あれか、トゥーレ騎士みたいな完璧紳士に奪われて俺と同じように燃え尽きたとか、むしろ今度はトゥーレ騎士に闘志を燃やしてるとかか?
「自分も結婚を考えてるとか、ありそうですよね。僕が結婚した時、ダチも結婚を意識し始めたっていうし」
――幼馴染の結婚。
その言葉にはたと手が止まる。
「アマリアがいなくなって好きな奴ができたから、ベネディクトさんのことはどうでもよくなったとか?」
「…………」
随分な言いようだが、つまり他に意識を向けるようになったから俺への興味も失せて嫌味もなくなったということか?
そう思うと胸の奥に痛みが走った。
そうだ。すっかり忘れていたが、幼馴染は半年以内に結婚すると宣言していたのだ。主任といい仲で、俺に嫌味を言わなくなった。それはつまり主任にしか意識が向いていないということで。
結婚間近、なんだろうか。
そう思うとごくりを息をのむ。
幼馴染が、主任と。
考えれば考えるほどにどんどん幼馴染が離れていく感覚が広がっていく。
こんな感覚は初めてだった。
アマリアが結婚すると決まった時ですらこんな感覚にはならなかった。あの時はとにかくトゥーレ騎士への徹底した敗北感があったし、悔しい気持ちはあったが消失感のようなものは生まれなかった。幸せになってくれとアマリアを送り出す気持ちが大きくて、同時にどんなことをしたって俺とアマリアは兄妹で、切っても切れない縁で繋がっているという安心感が確かにあった。
だが幼馴染が結婚するかもしれないと、それを本格的に感じた今の俺はどうだ?
手を伸ばせばすぐそこにいた幼馴染。それが手を伸ばしても決して届かない場所へと行こうとしているのを感じて、焦燥感が募っている。
いなくなる事への焦り、苛立ちがどうしてこうも沸いてくる?
視線を落とした先には幼馴染の作った弁当があって、その彩りの良さが逆に幼馴染が遠くへ行く感覚を引き立たせていく。
――俺は、一体どうしたんだ……?
「結婚といえば、キラんとこの工房の主任も結婚するんですかね」
俺の思いを知ってか知らずか、後輩が主任の話を振ってきた。
「懇親会の後も相当飲んで歩いてるらしくて。あんまりにも遊んで回ってるみたいだから、結婚前の遊び納めかって囁かれてるんですよね」
それはまるで追い打ちのような刃となって、俺に突き刺さるのだった。
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