接近≪動揺≫
楽しんでいただけたらと思います。
ベネディクト視点になります。
「お先に失礼します」
「今日はずいぶん早いですね」
仕事を終えて立ち上がった俺に、隣の後輩が声をかけてきた。
それを見下ろしながらうきうきと心弾ませ頷く。
「今日から親が旅行でいなくてな」
「てことは家のことでもやるんですか?それにしては嬉しそうですが」
俺の様子に疑問を浮かべる後輩に俺はこの喜びを告げた。
「俺は家事なんてできないからな。妹がうちに来てるはずだ」
結婚してそれほど日は経っちゃいないが、旅行中の家の話は母さんから気にするなと言われていたからきっとアマリアと話をつけたのだろう。もし家政婦か何かを頼むなら当然俺にも説明はあるはずだしな。
「せっかく家に来るなら会いたいだろ」
アマリアは流石に夜までには新居に帰るだろうが、早くに俺が帰宅すればぎりぎり顔を合わせられるはずである。
大切な妹。嫁に行ってもこうやって会えるのは兄妹の特権だよな。
「あー、おつかれさまです」
アマリアの同級生だった後輩は当然俺の妹愛を知っていて、それ以上追求することはなかった。
「おう、おつかれ」
そうしてそそくさと職場を後にする。
今日から一週間、アマリアが家に通ってくる。そう思うと自然と足取りが軽くなる。
ここ数日業界総出で連日懇親会が催されてて家に帰るのも遅かったが、今日からは即帰宅だ。
スキップしたくなる気持ちのままにまっすぐに家に帰る。
あの可愛い笑顔で「お兄ちゃんおかえり」と迎えられるのが最高なんだよな……!
なんて思ってたのに。
「な……んでお前がいるんだよ」
自宅に帰り着いた俺が目にしたのは可愛いアマリアではなく、可愛気の欠片もない幼馴染の姿だった。
「なんでって、ベネディクトさんのご飯を作る為に決まってるじゃないですか」
当然と言い放つ幼馴染に思うように声が出ない。
まさか。まさかアマリアじゃなく幼馴染がくるとは正直思ってもいなかった。が、幼馴染の言うように確かに幸せの絶頂にいる最愛の妹の邪魔をするのはいただけない。
「ということで一週間よろしくお願いしますね」
せっかくの楽しみが露へと消え、しかも一週間も幼馴染と二人きりなんてとむすっとする。が、それでもいろいろ家のことをやってもらう身として「よろしく」と返した俺だったが――そこで珍しいものを目にした。
なんとあの幼馴染が邪気なく笑ったのだ。いつもであればここで出るのは嘲笑の類だろうに、あまりにもそういった毒のない笑みについまじまじと幼馴染を見つめる。
こいつ――こんな笑い方するんだな。
ちょっと呆けながら、言われたように座って待ってるとすぐに料理が運ばれてきた。
外食続きだった俺を労わるような胃に優しそうな料理が並んで、食欲が俄然湧いてくる。
「いただきます」
一口入れてはっとする。美味い。
見た目同様に優しいものではあったが、その味の塩梅がなんとも言えず――気づけば完食していた。非常に俺好みの味付けでこれ以上ないほどに満たされる。
……これが幼馴染が作ったものというのが面白くないが、作ってくれたからには言わないといけない言葉がある。
「ごちそうさん」
「お粗末様でした」
向かいに座る幼馴染はまだ食べ終わってなかったが、律儀にもそう返してきた。
でもって――こんな幼馴染に対していうには気恥ずかしく、非常に言いたくはないが、もう一言。
「美味かった」
つい視線をそらしてしまえば、「お口にあったようで何よりです」と表情一つ変えずに返ってきた。
かっ……わいくねぇ。どうせならさっき見せた笑顔の一つくらい浮かべればいいものを。
やっぱりこいつは嫌味ばかりの可愛げのない女だと再認識すると、追い討ちのように言われた。
「少し食休みですよね?しばらくしたらお風呂の準備をしておきますから、休んでてください」
完璧すぎて文句のつけようがない。
まぁ今時期なんかは毎年うちに入り浸ってるし、だからこそ俺らの習慣を熟知してるんだろうが。
「ああ、悪いな」
もちろんやってくれることにケチなんかはつけない。
俺は風呂の準備も兼ねて自室に戻り、本を読んで幼馴染の声かけを待った。
そうして声がかかって風呂に浸かってゆったりとしながら考える。
――今日から一週間こんな生活が続くのか。
アマリアがいなかった事は軽く残念だったが、飯は美味かったし幼馴染の相手はいつもしてるしな。
そんで俺は家事もしないで――正しくはできないんだが――からわない時間を過ごしているのだから、悪くはない。
そう、悪くはないのだ。
あんな幼馴染の小さな笑みや喜びを見られるのなら、尚更に。
「よしっ、優しくしてやるか」
嫌味ばかりだがそれでもアマリアの親友であり、俺にとっても幼馴染でる。
今日は流石にもう帰っただろうから無理としても、明日からは。
そう思って風呂に上がった俺は直ぐに素っ頓狂な声をあげた。
嫁入り前の女がなんで俺しかいない家で風呂に入ろうとする!?
「お風呂も使ったら掃除をしなくてはいけません。ここでベネディクトさんが使って、私が自宅に帰って使えば二度お風呂を掃除しなければいけないんですよ?」
とか言われたが、どう考えたっておかしいだろ。
だがじゃあ風呂の掃除を二度もやらせるのかと言われるとやってもらう側としては強く出ることはできず――結局俺は幼馴染が風呂に入るのを複雑な気持ちで待つのだった。
「まだここに居たんですね」
やがて出て来た幼馴染は寝間着姿だった。
生成りの柔らかそうな生地で作られたそれは寝やすさを重視したゆったりとした作りらしく、首元が大きめに開いていて袖がひらひらしていた。
幼馴染のいつもの服はどちらかというときっちりかっちりな機能重視なところが強いから、かなり珍しい。
しかもワンピース型だからか足がやや見えていて、少し居た堪れない。
「どうかしましたか?」
思わず凝視しちまった俺は、幼馴染の声掛けに我に帰ると慌ててそっぽを向いた。
「なんでもない」
「そうですか、ならいいんですけど」
と、幼馴染は俺の反応を気にしたふうでもなくやってきて、俺のすぐ近くにあった置いたままになっていた空のコップに手を伸ばした。
急接近した形になり、すぐ近くをかすめるような動きをした幼馴染からふわりと花のような香りが靡く。
うちの石鹸ってこんな匂いだったか?って思うほどにいい匂いでまたも凝視する。
「いや、何かあるなら言ってください」
俺のそんな反応は当然のように気になったようで、幼馴染はすぐ近くで立ち止まった。
さり気なくついたレースが揺れて、下ろされた髪も相まってなんというか、いつもの幼馴染ではないような感じを受ける。
少し幼くなったというか、キツさがなくなったような、どこか無防備な姿に心が落ち着かなくなる。
「……なんでもねぇ」
正直に言うと鼻で笑われるだろうし、幼馴染相手になに思ってんだという自分的突っ込みもあり、とにかく俺は何でもないの一点張りで乗り切るのだった。
読んでいただきありがとうございます。




