接近[始動]
楽しんでいただけたらと思います。
そうしてやってきた旅行初日。
「な……んでお前がいるんだよ」
というのはもちろんベネディクトさんの台詞である。
夕方、プルック家の台所でエプロンをつけて料理をしている私を見てのものだ。
「なんでって、ベネディクトさんのご飯を作る為に決まってるじゃないですか」
フライ返しを片手に振り返ると、ベネディクトさんは驚きに目を見開いた状態だった。
「お父さんとお母さんが今日から旅行なのは知ってますよね?」
私がベネディクトさんの世話をすることはともかく、旅行については当然知っているはずである。
その確認をすれば、私の行動の意味を悟ったらしいベネディクトさんは見る間に渋い顔になった。
「俺はてっきりアマリアが」
さては大好きな妹の手料理が食べられると思って浮かれて帰って来たな?と思いつつも呆れた顔を作ってみせる。
「アマリアですか?アマリアは新婚なんですよ。新婚も新婚、今が旬のあっつあつのべったべたなんですよ。そんな二人に水差すつもりですか?」
「そ、それは」
「妹を溺愛する兄として、もちろんそんなことはしませんよね?私だって親友としてそんなことはしません」
なんて言われれば大人しく引き下がることは目に見えている。
予想通りにベネディクトさんが口を引き結んで言葉を飲み込んでいるところへ、更にたたみかける。
「外食するにしたってそんなにお金持ってないですよね?」
「なんで知ってんだよ……」
「そりゃあ連日続いている懇親会は業界内でのことなんですから私の耳にも入ってますよ」
勿論この懇親会は主任が発案したものである。適当な理由をつけた結果、宴会好きの主任は大々的に業界を巻き込んで連日ベネディクトさんに飲み食いをさせて散財させたのだ。
もしこの状態でそれでも逃げられるなんてことがあったら流石にへこむけど、まぁないでしょう。そう思ってベネディクトさんを見ればため息をつかれた。長年見ていてわかるそれは、観念した時に出るものである。
「ということで一週間よろしくお願いしますね」
安心してとどめとばかりに言えば「よろしく」とぼそりと返ってきて、本当にベネディクトさんは根がいい人だと小さく笑う。
瞬間、何故かベネディクトさんは私を見つめてきて瞬きする。そんなに見るような珍しいことなんてしてないと思うんだけど。
まぁ、いいか。
「もうすぐできますから、座っててください」
「お、おう」
なぜかどもったベネディクトさんを余所に、火を止めてお皿を出していく。
美味しいと言わせないまでも、感じさせる出来栄えにはなっているはずだ。ベネディクトさんの好みなんかすでに把握しきっている。
「どうぞ」
できたての料理を並べて、向かいに腰をおろせばベネディクトさんはどこか緊張した面持ちで「いただきます」と告げた。
私もそれに合わせて料理を食べ始める。それとなく注視しているとベネディクトさんは最初の一口で一瞬動きを止めて、それから黙々とご飯を口に運び始めた。
いつもよりペースの速いそれは、明らかに好評だと物語っている。
「――ごちそうさん」
「お粗末さまでした」
程なくしてご飯をたいらげたベネディクトさんは、視線を外しながら呟いた。
「美味かった」
面白くないながらも私の料理を認めるかのようなその言動に、つい口の端が上がる。こういうところが無性に好きなのだ。
素直に褒められたことを喜びつつも「お口にあったようでなによりです」と淡々と返すと、ベネディクトさんはちょっとだけ面白くなさそうな顔をしたものの、特になにも言わなかった。
「少し食休みですよね?しばらくしたらお風呂の準備をしておきますから、休んでてください」
「ああ」
それからいつものように自室へ戻るベネディクトさんを見届けて、残りの食事を進めながら今後の流れを確認する。
この一週間はより一層意識を向けてもらうことを目的としている。
料理は確実にポイントが高いが毎日続けることで更なる効果が得られる。
それから安直ながらも風呂上りという無防備な姿を晒すことで揺さ振りはかけられるはずである。
あとは日々の会話か。今まではアマリアが私にくっつくことでベネディクトさんの機嫌が悪くなり、私もそれが面白くて呷ってはいたものの、その原因たるアマリアは嫁入りしてここにはいない。となればベネディクトさんの機嫌も悪くなることもなければ私も呷ることがないわけであり――ちょっとからかうくらいは大目に見てほしい――そうなれば自然と普通の会話もそれなりに弾むいうものだろう。
完食して皿を洗い、風呂の準備に取り掛かる。
お風呂が沸けばベネディクトさんに声をかけてお風呂に入ってもらい、その間にベネディクトさんがお風呂上りにいつも飲んでいる冷水を用意して少しだけのんびりとする。
「まだいたのか」
と、お風呂上りに頬を紅潮させて出て来たベネディクトさんが少しだけ意外そうな顔をした。
「はい。――これどうぞ」
私はそれに頷くとベネディクトさんに用意していた冷水のコップを渡した。
ベネディクトさんは素直に受け取ると喉を鳴らしてそれを飲み干していく。上下する喉仏がちょっと色っぽいが、私も負けてはいられない。
空になったコップを見届けると、私は密かに気合を入れて立ち上がった。
「じゃあ、私も失礼します」
「おう。おつかれ」
と何を勘違いしたのか手を振るベネディクトさんの目の前で、脇に置いといた籠の中から寝間着を取り出す。
「――ん?」
それに気付いたベネディクトさんが声を上げる。
「何してる?」
「なにって、お風呂に入る準備ですが」
手にしているのはごく一般的な節度を守りつつもさり気なく可愛らしいアマリア作の寝間着である。
「……はぁ!?」
私の返答に少し遅れてベネディクトさんが目を剥いた。
「ちょ、ま……自分ちで入ればいいだろ!?」
わりと予想通りな台詞にいつもの調子で応じる。
「何言ってるんですか。うちの両親は泊まりで仕事なのはベネディクトさんも知ってますよね?」
「んなこた分かってる。けどそれがどうしてうちで風呂に繋がるんだ!?」
明らかに動揺しているベネディクトさんに、深くため息をつくと人差し指を立てた。
「先ほど私がごく当然のようにベネディクトさんと一緒に食事をしたのはどういう理由かわかりますか?」
「んなもん手間だからだろうが。たった二人分なのに別々に作るのも別々に食うのも意味がわからない」
即答するベネディクトさんに私は続けた。
「お風呂も同じです。お風呂も使ったら掃除をしなくてはいけません。ここでベネディクトさんが使って、私が自宅に帰って使えば二度お風呂を掃除しなければいけないんですよ?」
使う人数が多いのなら話がわからないでもない。だけどもここにいるのはたった二人なのだ。
お風呂掃除も私がするわけであり、そうなるとベネディクトさんには反論の余地はない。それでも帰れと突っぱねる人もいるが、少なくともベネディクトさんはやってもらう側であれば無碍な態度はとらない。
――勿論、ただ単にお風呂掃除の手間を考えてのことではないのだけど。
じっとベネディクトさんを見つめると、やがて苦渋の表情を浮かべたベネディクトさんがその肩を落とした。
「……わかったよ」
あとは私がお風呂上りに多少のギャップを添えて無防備な姿を晒せば今日のノルマは達成である。
ベネディクトさんの返事に私は満足げに頷くのだった。
読んでいただきありがとうございます。




