宣言≪狼狽≫
楽しんでいただけたらと思います。
ベネディクト視点になります。
あの幼馴染が結婚を見据えている。
そう聞いてからというもの、俺は自然と幼馴染を目で追っていた。
聞いた時は驚きのあまり声も出なかった。だがすぐにどんなホラかと思ってた。
だってあいつだぞ?
だが――思えばあの嫌味も毒舌も嘲笑も俺にしか向けられていないわけであって、悔しいがスタイルもよければ他の奴からはわりと好印象である。
となれば幼馴染の言うとおり女だけじゃなく男にももてたりしてるのか……?
あの自信満々な表情を思い返すと、俺は自然と幼馴染の事が気になりだしたのだ。
けど、同年代の男と一緒にいる姿なんて見たことないよな?
「ちわっす」
「おう、入れ入れ」
幼馴染に対する疑問を浮かべながらも足を踏み入れたのは職場の取引先の工房だ。
ここで俺が依頼したものの試作品が出来上がったと聞いてやってきたのだ。
「どんな感じっすか?」
この工房はほとんど年配の男しかいない。そんな中でかなり年下の俺が指示を出すのは最初はなかなかやりにくかったが、それも数年のこと。今となってはすっかりと打ち解けて気兼ねなく立ち寄れるほどまでになった。
「二つ作ってみたんだがな」
そう言って出された試作品の内の一つを確認する。
「形状としてはまさにこれですね。でもこれ強度的にはどうなんですか?」
「そうなんだよな。んでこっちを作ったわけだが」
「あー……形状がいまいちですね」
そうして工房の主任とああでもないこうでもないと構想を練っては唸る。
「お茶置いときます」
「おう、サンキュ」
と、しばらく二人で頭を悩ませていると淡々とした女の声が背後からかかった。
主任がすぐに返事をする中、俺は僅かに身を固くさせた。
「いつものように熱いのとぬるいのなんで、気をつけてくださいね」
「あいよ」
主任と女の会話が終わり、それから少しししてからそっと振り返ると見慣れた長身の女の後ろ姿が見えた。
お盆を手に事務所へと戻っていくのを確認してひっそりと息をつく。
幼馴染がこの工房の事務員になったのはアイツが学校を卒業してすぐのことだ。
おじさんとおばさんと同じ職に誘われていた幼馴染だったが、どういうわけかそれを断りこの工房に入ったのだ。なんでも、どうしてもこの工房に入りたいとかなんとか。
あの頃の年齢を考えると好きな奴のいる職場に入りたいなんてことも女にはあるかもしれないが、ここはむさくるしくて暑苦しいだけのおっさんばかりの工房だ。正直、何でこの工房だったのかと今も不思議な気持ちである。
「おっ、そろそろ飯の時間だ。一緒に行くか?」
幼馴染がいなくなった後もしばらく打ち合わせをしていると主任がそう言って顔を上げた。
「ご一緒します」
見れば工房の作業員が軒並み愛妻弁当を片手に二階の休憩室へと上がっている。
なんつーか、本当にこの工房は年齢層が上なんだよな。一番若くても三十代後半って感じで――ちょっと待てよ。
あいつは同年代の男をどこか見下しているところがある。ガキだなんだと思っているのはよくわかる。もちろん全員ではないにしても、それでもなんというか、全く眼中にないような感じだ。
でもって熱望した工房は中年ばかりで。
まさかあいつ、中年好きか!?
はっと閃いたことに驚いていると幼馴染も弁当を手に事務室を出てきた。
「飯行ってくるわ」
「いってらっしゃい――あ、いつものあたりで食べます?」
と、幼馴染が見送りかけて主任に尋ねた。
「おう。その予定だが」
「じゃあ後でお金払うんで手前の屋台群で飴細工買ってきてください。昔ながらの屋台なんですけど、なんか昨日から久々にやってるらしいんで」
「なんだ、そんくらい買ってやるよ」
「いいんですか?」
「飴細工一本なんて子供の小遣いにもならねぇだろ」
「じゃお願いします」
という気心の知れた会話があって、工房を後にする。
中年好きともなれば、ほぼ愛妻弁当持ち込みの工房での唯一の独身である男前主任をあいつが狙っていても不思議ではないかもしれない、なんてことを黙々を考えているとすぐに幼馴染の言っていたらしい屋台群が見えてきた。
最近すっかりと屋台も様変わりして、ペンキで色が塗られたり装飾を施されていたりと少しでも目を引くようにとこぞって飾り立てられている。
そんな屋台群の中でひとつだけ昔ながらの質素な屋台があった。
塗装されていない木のままの色になんの飾り立てもない素朴な屋台には、年老いた店主が呼び込みをすることなく無言で飴細工を練っていた。
「お、あれだな」
主任はそんな質素な屋台を目にすると真っ直ぐにそこへと足を向けた。
主任の後をついていくと並んでいる飴細工が光を受けて煌めき、下手な装飾よりも惹きつけられるようで目を奪われた。派手な装飾がないことが逆に商品を引き立たせているようでもあった。
「好きなの選びな」
という店主に主任は腕組みした。
「好きなの……?どれも同じに見えるぞ」
飴細工はひとつひとつが違う形ではあったものの、単一な飴色だったせいか主任には見分けがつかなかったらしい。
うーんと唸る主任の隣に立つと、俺はさっと飴細工を眺めてひとつひとつ指を差していった。
「リス、猫、鳥、こっちは花とか果物ですかね。あっちは剣と盾?……懐かしいな」
昔ながらの屋台の飴細工に、子供の頃を思い出す。昔、アマリアに強請られて買ってやったっけな。
懐かしく思いながら飴細工を見ていると主任はようやくわかったようでしきりに頷いた。
「ほっほー、なるほど、よく見ると違うんだな!けど形の指定なんかなかったよな」
「ですね」
屋台の飴細工としか言ってなかった。たくさんの種類があるんだから、形にもこだわって買いたいものじゃないのか?
まさか希望を伝え忘れたなんてこと、あの幼馴染にはあり得ない。
「キラの好きなものでいいよな」
俺が内心首を傾げていると、主任はおもむろに葡萄の形の物を引き抜いた。
あまりにも迷いなく選ぶものだから少しぎょっとしていると、主任は店主に支払いを済ませた。
「主任、あいつの好きなもの知ってるんですか?」
少なくとも俺は幼馴染が葡萄好きだとは知らなかった。そういう話とかしてるんだろうか。
なんて思ったのも束の間、主任は何でもないことのように言った。
「はっきり聞いたことはないがな、持ち物にたまにこの形があるんだよ。好きってことだろ?」
「よく見てますね」
普通女の持ち物なんて見るか?
俺は見ないぞ。アマリアの物ならすぐわかるが、それ以外の奴、ましてや幼馴染の持ち物なんか興味な――い?
いや、普通見ないよな。見るのって気がある相手の物くらいだろ?だよな。
え、ってことはおい、ちょっと待て?
「……主任、あいつのことどう思います?」
恐る恐る聞いてしまった。
様子を窺うようにそっと見上げてみると、飴細工を手にした主任が眉を片一方上げた。
その動作になぜか焦燥感を感じる。
もし幼馴染が主任を狙っていて、そして主任も好印象だとしたら。
そう思うとなんだか居ても立っても居られないような気持ちになったのだ。
だから――
「そんなもん、いい女って思ってるに決まってんだろ」
堂々と宣言した主任に、俺はどういうわけか視界が真っ暗になった気がした。
読んでいただきありがとうございます。




