切掛[初恋]
楽しんでいただけたらと思います。
幼馴染キラ視点になります。
「キラ、大好き!」
とびきりの笑顔で抱きついてくる小動物のようなアマリアを、わりと無表情に抱きしめ返す。
「いつも相談に乗ってくれてありがとう」
精緻なレースがふんだんに使われた白いドレスは、流石は有名な仕立屋に勤めるだけあって貴族のそれとなんら遜色ないほどの出来栄えだ。――まぁ、旦那であるトゥーレ騎士の懐具合がもの凄く大きいってのもあるんだろうけど。
「別に、相談に乗った覚えはないけど」
そういう私にアマリアは首を振ってそれを否定したけど、実際に相談に乗った記憶はない。
何かある度に騒がしくうちに乗り込んできて顔を赤くさせたり青くさせたり忙しく表情を変えていくのを見て、雑に返事をしてただけなんだけど。
まぁ、相談に乗っても乗ってなくてもアマリアがそれでいいって言うんならいいけど。
「それ、綺麗だね」
「うんっ。こんな、教会で大々的に式ができるなんて思ってなかったから、びっくりしたわ」
「ま、普通は親兄弟だけで宣誓式上げて終わりだもんね」
今日の結婚式はアマリアには直前まで内緒だったらしい。
夫であるトゥーレさんは密かに教会を押さえ、ドレスはアマリアの勤める仕立屋と共謀してやんごとなきお方のドレスだと言って堂々とアマリア好みのものを仕立てさせた。更に言うならこれから行く二次会場はトゥーレさんの実家である人気レストランと抜かりない。
驚かせたいからという理由で内密に招待状をもらったわけだけど、その思惑は大当たりだったようだ。
「どうしよう、わたし、こんなに幸せでいいのかな……っ」
涙目になるアマリアをそっと放して、指先でその涙を拭ってあげる。
「いいでしょ。誰だって幸せな時期は来るんだから」
人生なんて山あり谷ありだ。今のアマリアはもの凄く深い谷を越えて到達した山なのだから、誰にも文句なんて言わせない。……まぁ、谷というよりは墓穴だった気もするけど。
「う、キラ……キラにも、来るかな。来るよねっ。わたし、応援してるから!絶対にその時は、わたしがドレス仕立てるからね!」
「あー、はいはい。その時はヨロシク」
いつものようなどうでもよさそうな返事をしながら、視界の隅に移る少し寂しげなベネディクトさんへと意識を向ける。
アマリアのお兄さん。数年年上のベネディクトさんは誰もが引くようなシスコンだ。誰がどう見てもあれはない、というくらいであり、おかげで仕事もそれなりに出来て見た目も悪くはないはずなのに未だに恋人がいたことがない。
そんなベネディクトさんに、残念ながら私は恋をしている。
それも十年以上という年期の入ったヤツを。
我ながら呆れるしかないというような初恋を拗らせていたんだけど――
「本当だからねっ」
念を押すようにいうアマリアにしっかりと頷いた。
「大丈夫。狙った獲物は逃さないから」
アマリアの結婚を機に、攻めることにした。
ずっと妹にしか興味がなくて私のことを邪険にするベネディクトさんを傍観していたけど、私はやると決めたのだ。
確かな決意を受け取ったらしいアマリアが数度瞬きし、それから少しだけうっとりしたような顔を見せた。
「キラ……格好いいね」
「ん、任せときな」
いつものように女っ気のない言葉を返して、私はこれまでの十数年のことを思い出すのだった。
+ + +
淡々としていてどこか冷めた女。
見た目も相まって女らしさは皆無で、アマリアの趣味で男装すると下手な男よりも目立ち、年下の子達が黄色い声を上げて殺到してくる男女。
私の事を表現するなら、そんなところだろうか。
私にも可愛い時代があったんだとは到底思えないのは、すぐそばに無邪気で天然なアマリアがいたからだろうか。――いや、ないな。物ごころついた時からこんな感じだった気がする。
まぁ、とにかくそんな私はアマリアと、ついでにベネディクトさんと幼馴染の関係だった。
うちがアマリアの隣に越してきたことがきっかけで、なにかとプルック家のお世話になっていたのだ。
その頃にはすでにベネディクトさんのシスコンは始まっており、私を邪魔な存在だと認識していたのはよくわかる。わかるけど、それでもベネディクトさんを疎ましく思わなかったのは妹を取り返そうとするベネディクトさんはそれでも私に暴力も暴言も吐かずにいたからなのと、一人っ子だった私は少しだけアマリアが羨ましかったからだろう。
そうして数年が経って。
残念なことにベネディクトさんの思いはアマリアには伝わらず、アマリアは完全に私に信頼を寄せていた。
それでもめげずに――いや、相当へこたれて打ちひしがれてはいたけど復活するんだよね――いたベネディクトさんをちょっとうざいなと思い始めた時、アマリアは無邪気さとふわふわした感じでまわりの男共の気を引いてしまったようだ。
幼い男の恋心は、女には到底理解できないものである。
おかげでアマリアはよくよく男共に苛められるようになった。
そのたびに私が割って入って一刀両断していたけど、私はすぐにベネディクトさんがいつも駆けつけてきていることに気づいた。
とはいえ、上級生と同級生ではその物理的位置関係も遠いわけで、私より先に辿りつくことはなかったんだけど。
そんな、ある日のこと。
「ヴヴゥ……」
「き、キラ……っキラぁっ」
どこかの没落した家で飼われていたのか、大型の犬がアマリアの前に立ちはだかった。
飢えているのか、それはもう恐ろしいほどに牙をむき出しにしてアマリアににじり寄る犬に、すぐ近くにいた私は動くことができなかった。
同年代の男どもを蹴散らすことはできても、自分と同じくらいの大きさの獰猛な犬に恐怖で身がすくんでしまったのだ。
どうしよう、怖い、どうしようと頭の中がぐるぐうと回るだけで、助けを呼ぶことも石を投げて威嚇することもできずに座りこんでしまった。
このままではアマリアは噛みつかれてしまう――そう思いながらも震えていた私の目に飛び込んできたのは、細い棒きれ一本握っただけで果敢に突入したベネディクトさんの姿だった。
「あっち行け!」
ベネディクトさんが声変わりを果たす前の甲高い声を張り上げ一生懸命に棒きれを振りまわしていると、やがて大人達がそれを聞きつけ駆けつけてくれた。
犬を捕まえ、そうして危険がなくなったのがわかるや否やベネディクトさんは棒を投げ捨てアマリアに向き直った。
「大丈夫か!?」
「おっ……おにいちゃあぁぁぁぁん」
アマリアはすぐさまベネディクトさんに抱きついて、ベネディクトさんは当然とばかりにアマリアを抱きしめ返してその背をさすった。
「もう大丈夫だからな」
私には決して向けられることのない優しい声で何度も何度もアマリアを慰めるのを見て、私は胸にときめきを覚えた。
自分でも怖くて動けなかったのに、妹の為にあんなに恐ろしいものへと飛びかかっていけるベネディクトさんの逞しさと優しさに惚れてしまったのだ。
恋というものは一瞬で世界を変え、その人の言動さえも変えてしまう。
とはよく言うものの、全然私の日常は変わらなかった。
相も変わらずアマリアの傍にいて、アマリアに寄る虫を蹴散らす。
ベネディクトさんに甘えるなんてことは一度たりともなかった。
かわりに――
「くっそ……」
アマリアを庇って男どもを蹴散らした直後に駆け付けたベネディクトさんが悔しそうにしているのを見ると、なんとなく満足した。
お前の役目、今日もとってやったぜ、みたいな。
その悔しい顔を見ると楽しくて、すっきりとして、そしてもっと見てみたくなった。
……男共の青い思考など理解できるものかと思っていたものの、どうやら私はそこらの男共とそう変わらない思考をもっていたらしい。
そうしてベネディクトさんが悔しがる顔を見るのが好きなのは、アマリアが結婚するまで変わることはなかった。
読んでいただきありがとうございます。




