数年後の二人
楽しんでいただけると嬉しいです。
「これは、本当に美味いですね」
「だろ!?そうだよな!?」
目の前の巨躯の男が感嘆の声をあげたことに、俺は身を乗り出して同意した。
「はい。これまで食べたどの菓子よりも美味いです」
しっかりと頷きながらアップルパイを食べる男に、つい熱くなったことに気づいた俺はっとしてイスに座りなおした。
「本当にうちの嫁さんは菓子作りが上手いんですよ」
いつもの口調から正すと、男もそれに気づいたらしい。
「どうか普段の口調で。私は貴方の義弟になるのですから」
真面目な顔でそう言われた。
そう。義弟。レニタの夫になる男。
だがそうは言われても相手は俺よりも年上で更には騎士ときた。貫禄も十分すぎて敬語になるのは無理もない話だろう。
複雑な顔をしていると、ヘリーと一緒にやってきたレニタが笑った。
「お兄ちゃんより年上ですし、難しいんじゃないですか?」
よく分かってるな、妹よ。
すると男――オスクさんはしばらく悩み、そして何かを思い出したかのようにレニタを見た。
「レニタも敬語だ。少しずつ直していってくれ」
「あっ……そう、ね」
この二人は花の都で出会ったらしい。
学校を卒業したレニタは花が好きなあまり、この町を出て単身花の都に移り住んだ。もちろん若い女が一人でとなると危険極まりないから、知り合いの伝手を使って安心できる人の元へと送り込んだわけだが。
んで、それから数年経って、レニタは他の男と結婚するはずだった。花の都では有数の宿の息子だったか。
だが結婚直前にオスクさんがレニタに惚れ込んで落とした。
そう。略奪愛である。
はじめに聞いた時はまるで信じられなかった。
結婚間近で何やってんだとか、そこまでの魅力がレニタにあったのかとか。
色々あったが一通りの話を聞いて唖然とした。
複数の女と関係を持ち続けた元婚約者と、それを苦しみながら容認した妹。そしてそんな妹に惚れ込み真っ正面から強奪した騎士。
歌劇にならあり得そうだが、それが現実で、しかも妹の身に起こるとか誰が信じられるか?
さっき聞かされた話を思い出して小さくため息をつくと、ヘリーがにこにこしながら茶のお代わりを淹れてくれた。
「それにしても、幼少期に町のほぼ全員が軽食を食べていたとは驚きです」
と、オスクさんは目の前に出された菓子を頬張る息子を見て呟くように言った。
息子はアップルパイを豪快に手づかみして目を輝かせながら一所懸命に口を動かしていた。
「ここでは当たり前の話だが、他では違うらしいな」
そんな息子を眺めながら答える。
町の外で暮らしたことのない俺には軽食がでない方が驚きだが、広く国を知っている騎士であるオスクからすればこの町こそが珍しいようだ。
「王都でもティータイム時の軽食は大人の嗜好品という考えがほとんどですし、朝晩食べられればいい方だという地域もあります。ここは町全体が裕福なのですね」
「まぁ金山に鉱山と近場で色々取れるからな」
それぞれの山の合間に位置するこの街は、それ故に宝飾品などの工芸品が有名だ。
王都はもちろん、かなり遠方の都からも商人がひっきりなしに買い付けに来ては高値で買い取っていく。
おかげでこの街は小さいながらも収入がよく、潤っているのだ。
「裕福だというのは知識としてありましたが、こういったところにも差が出ているとは思いもしませんでした」
実感しているらしいオスクさんを見て茶を飲んでいると、いつのまにもう一度台所に引っ込んで言ったヘリーが戻ってきた。
「お口にあったようで何よりです」
「感服しました」
鍛え抜かれた巨躯に厳つい顔のオスクさんは、その見た目に反して俺と同じ菓子好きらしい。
初めて会ってすぐにそのことを聞いた俺は、そのままうちに連れ込んだのだ。
そりゃあへリーの菓子を食わせないわけにはいかない、と。
ヘリーの菓子はいつになっても美味くて、いや、さらに磨きがかかっている。
結婚して子供が生まれて、その子供がおやつとして菓子を食べるようになった時、これ以上美味くなることがあるのかと衝撃を覚えたもんだ。
おかげで俺は子供と一緒になって菓子を食いすぎて、最近また太ってきたのではと危惧している。
「とーちゃ、これ、うまー」
「おう、美味いな」
俺の横では片言の息子がパイのかすをたくさんつけたままヘリーそっくりな笑顔を向けてきた。実に微笑ましい。こいつも菓子好きのままでいそうな気がするなと思いつつ目を細める。
「こちらもどうぞ」
レニタが言って、テーブルの真ん中にクッキーの並べられた大皿が乗った。それはさっきまでヘリーが指導してレニタが作ったものである。
手にとり口へと放り込むと、いつもの味とは断然違ってへの字口になる。
「ヘリーのでないとダメだな」
「なによ。ヘリーさんの限定でお菓子好きとか言っちゃってさ。本当は甘いものならなんでも好きなのに」
作ったレニタは不満そうにして、すぐに俺が反論する。
「今となっちゃヘリーの菓子しか食ってないんだから、似たようなもんだろ」
そう。俺の菓子好きは未だに世間にはバレていない。俺が食うのはヘリー限定の菓子で、どういうわけか嫁さんが好きすぎて嫁さんの菓子だけは好きになったと認識されているのだ。
これには数少ない事情を知る奴がみんな呆れたわけだが、俺としては菓子好きがバレない上にヘリーの菓子は堂々と食えるから万々歳である。
「俺としてはこのクッキーも美味いが」
と、向かいからオスクさんが食べたクッキーの感想を口にして、レニタは弾かれたように喜んだ。
「っありがとうございます!」
「特にこのチョコレートの混ぜ込まれたのが好きだ」
おーおー、熱いなー。
という冷やかしと共に、好きな女の作ったもんは格別だよなと共感する。いや、ヘリーは誰にとっても美味いんだが。
そこまでいって、ふとヘリーを見る。
「ヘリー」
「なに〜?」
ヘリーは子供の口の周りを拭っていたが、その手を止めて俺を見上げた。
「いつもありがとな」
こんなこと、滅多に言わない。
だが伝えなきゃいけないものなのもわかっていて、気恥ずかしくなりながらもそう伝えた。
「ふふっ、どういたしまして。こちらこそ、いつも美味しく食べてくれてありがとう」
そう言って浮かべる笑みは満開のもので、俺はその顔に更に幸福感を満たしていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
これにて菓子の縁、完全終了となります。
この後は来月に新しい話を更新できればと思っています。その時はお付き合いいただけると嬉しいです。




