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近く彩る恋模様  作者: 葵翠
【菓子の縁】
10/25

魅せられた俺は

ヨエル視点になります。

楽しんでいただけると嬉しいです。

「いつも食べてくれて、ありがとう」


 そう言ったヘリーのその笑みが今までの中で一番極上のもので、あっというまに顔が熱くなったのが分かった。

 ヘリーは一体俺をどうする気だ。悶絶死させたいのか?と思うほどに可愛くてたまらない。


「モンブラン、食べてもらえるかな……?」


 少しだけ遠慮がちに上目遣いで見上げられて、思わず差し出されたモンブランを力強く握って慌てる。

 危ねぇ。ヘリーのモンブランだぞ。潰すなんてありえない。


「っいただきます」


 俺が求めて止まなかった、ヘリーのモンブラン。

 本人の目の前で食べることに緊張しつつ、恐る恐る口へと運べば栗の甘みと風味が広がって解けていった。


 美味い。

 美味いなんてもんじゃない。


 目の色を変えてかぶりつけば今度は中に入った甘栗が違う食感を与え、更にかぶりつけばビスキュイのサクサク感が新たに加わった。

 っていうか、三口で終わっちまった……!

 感想も言わずに一気に食っちまったことにバツが悪くなる。

 だがそんな俺に気を悪くするでもなく、ヘリーは次のモンブランを差し出してきた。


「まだまだあるから、いっぱい食べてね」


 にこにことしたヘリーの声はやっぱり嬉しそうで、思わず二つめのモンブランに食いついた。


「お茶入れるから、座って」


 促されて咀嚼しながら近くのイスを引いて腰を下ろす。

 その俺の側でヘリーが手際よく茶をいるてくれる。


「よかったらスイートポテトも食べてね」


 言われて調理台に視線を落とす。

 一口とも言えないふた切れのスイートポテトは、待ってる間何度食いたいと思ったことか。

 だが大事な話があるというのに呑気に食ってる場合でもない。

 ましてや、俺はもともと今日ヘリーに面と向かって謝罪するつもりだったのだ。まさかヘリーからも話があるとは思ってもなくてびびったが。


「……美味い」


 いくつかのモンブランを食ってスイートポテトに手を伸ばす。

 モンブランとは全然違った優しい芋の味がなんとも言えない。

 あっという間にスイートポテトも食べきって、出された茶を飲んで大きく一息つく。

 ヘリーはそんな俺をずっと向かいに座って見ていた。にこにこした笑みはいつもの三割り増しくらいだろうか。


「気に入ってくれたみたいで良かった」


 そう言って茶を飲むヘリーにつられて俺もどことなく笑みを浮かべる。


「……俺がヘリーの菓子を食べたのは、妹がマカロンをもらって帰ってきたのが始まりだった」


 美味いもので満たされた俺は自然と、自分のことを話し始めた。

 マカロンを食って衝撃を覚えたこと。

 それからヘリーのことを意識し始めたこと。

 偶然宿直室にいるのを見かけて、そして盗み食いしちまったこと。――それ以来毎回盗み食いをするようになったこと。


 そして。


「本当に悪かった。これ、貰ってくれ」


 調理台の脇に置いていた水色の箱をヘリーに向ける。

 ここしばらくの間、俺が仕事に就く先の工房に篭って作っていたものだ。


「えっと、いつも貰ってたし、いまヨエル君が食べてるところを見られたから、私はそれで満足だけど……」


 しっかりとした作りの箱はこの街では珍しくもなく、そしてこういった箱の中に入っているものもよく知られている。

 だからこそ、ヘリーは手を伸ばさずに躊躇していた。


「いいから貰ってくれ。そんな高いもんじゃないんだ。材料費だけで済んでるし……その、俺が作ったから」


 本物の職人が作ったものならぶっ飛ぶほどに高いが、見習い予定とはいえ未だ学生の俺が作ればほとんど無価値だしな。

 逆にそんなものを渡すのもどうかと思う部分と自分で手掛けたことによる気恥ずかしさに声が小さくなっちまったが、ヘリーは途端に手を伸ばした。


「ヨエル君が作ったの!?」


 その表情は明るく期待に溢れている。

 やべぇ、これで期待外れなものだったらどうする、と緊張感を纏ってしばし。

 ヘリーは箱を開けてこぼれそうなくらいに目を大きくさせた。細部までしっかりと確認しているような動きの目は、どこか揺れている。


「すごい。こんなの、本当にもらっていいの?」


 感動がありありとわかるその声に緊張感が抜けつつも頷く。

 俺が見たかった満開の笑みはないが、喜んでもらえたってことでいいのか?


「どうしよう。今まで生きてきた中で一番嬉しいかも」


 そう言いながらヘリーは箱の中身を手に取った。


「んな大袈裟な」


 反射的に否定するが、そんな俺もそう言ってもらえたことに達成感を覚える。


 俺がヘリーに渡したのは所々に石のはめ込まれた金細工のブローチだった。

 この町でも有数の細工師のもとに弟子入りすることが決まっている俺は、親方に頼んで工房の片隅を借りてこれを作っていたのだ。

 ウルフから聞いたヘリーの好きなものの中に親方が作った金細工があったのだ。色んなモチーフの描かれる金細工だが、親方は鳥を描けば右に出るものはいないとまで言われるほどの人で、そしてヘリーもまた親方の鳥の金細工に惚れ込んでいたのだ。

 本当ははめ込む石をヘリーの好きな色にしてやりたかったんだが、水色と言われて悩みに悩んで紫にした。だってよ、宝石で俺の髪と同じ色のもの贈るって、もう恋人とか夫婦とかそんな感じだろ?いや、そうなればいいなーとは思うけど、これは詫びの品だからな。意味深になっちゃいけないよな。な?


「ありがとう。大切にするね」


「おう」


 目を赤くさせてブローチを大事に握るヘリーに、無意識に身体が動いた。


「ヘリー」


 柔らかい頬に手を添えて、少しだけ上向かせる。

 ヘリーは抵抗せずに俺を見上げて、そして。


「菓子泥棒の俺に言われたくないかもしれないが、伝える。――好きだ」


 至近距離で見つめるとヘリーが息をのんだ。


「初めは菓子だけだったんだ。けど盗み食いされて怒ってる表情とか、まわりが喜んで菓子を食うのを嬉しそうに見てるのとか、俺が置いてく礼の品に喜んでくれてるのとか。気づいたら目が離せなくなって、好きになっちまった」


 驚きのあまり口の空いたヘリーだったが、それもそうだよなと思う。


「これまでやってきたことがあれだし、菓子好きの男ってのもおかしいし、嫌だったら聞かなかったことにしてくれていい。ただ、伝えたかったから伝えた」


 もちろんこれからいい関係を築けるならそれに越したことはないが、と続ければ固まっていたヘリーの目から大粒の涙が零れた。


 な、泣くほど嫌だったか!?


 ぎょっとして一瞬身を引いた俺に、だがヘリーは縋ってきた。

 俺の服を空いている手で掴んで、口元を振わせて何かを伝えようとする姿にじっと待つ。


「あのね。あの、私もなの」


 次々に頬を涙が伝っていく中で、ヘリーは一生懸命に俺を見上げた。


「いつもお菓子を食べに来てくれて、美味しいって言ってくれて。本当に、本当に嬉しかったし、もっともっと近づきたいって思ってたの。誰よりも私のお菓子を食べてほしいって、それで笑ってほしいって思ってて。その……」


 そうして一瞬視線を落として、もう一度恥ずかしそうに視線があった。


「私も、ヨエル君のことが、好きです」


 ――っ。


 瞬間的にヘリーを抱きしめた。

 力いっぱい両腕で囲って逃がすまいと確認する。


「本当だな?」


 聞き間違いとか、冗談とか、そんなものは許さないとばかりに声が鋭くなっちまったが、ヘリーは怖がることもなく小さく頷いた。


「あとで勘違いだったとか、許さないからな」


「そんなことないよ。私ちゃんと、ヨエル君のこと好きだよ~」


 抗議なのか、それとも意思表示なのかヘリーはそう言って俺を抱きしめ返してきた。

 いつもの菓子の甘い匂いの他に、ヘリー自身のいい匂いがして、俺はしばらく腕の中の存在を堪能するのだった。

読んでいただきありがとうございます。

菓子の縁、これにて本編終了です。

明日、明後日の後日談までお付き合いいただけると嬉しいです。

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