表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いさんと妖精さんと  作者: otsk
第1章:魔法使いさんと旅の方々
4/327

飼い主とペットと宝物

「俺一人でどないせいと言うんだ……」


 大概見えてるものに限って意外に遠かったりする。1時間ぐらい歩いたような気がした。

 遠目には門と一人見張りがいるようだ。

 没落したという話だが、日がまだ浅いのだろうか。

 それとも余程忠誠心があったのだろうか。

 まずは、こんな身の上を知れない旅人の話を聞き入れてくれるかということだが。


「何か用か?今ここは立て込んでいてな……」


 そりゃそうだ。目下ルピナスを探してるところだろう。

 いきなり訪ねてきたやつをおいそれと招き入れるかと言われれば普通はノーと答えるだろう。


「……エリカお嬢様に会わせてもらいたい」


「……お前は何者だ?」


「ルピナス。白い大型の犬を今探してるんだろう?」


「……なんのことだ?」


 しらばっくれるか。

 もしくは知らないふりをしろと言われているのか。


「……今、俺が匿っている。……ああ、ここにはいながな。そのことで、お嬢様と話がしたい。主人を通さずだ。……出来ないか?」


「何処の馬の骨とも知れんやつに……そんな話が信用できるとでも……」


 だよな。仕方ない。強硬手段に出るか。別にここに長居するつもりもない。


 火の魔力、指先へ……


 俺は門番の足元へ放出した。


「さて、次は頭髪かな……」


「わ、わかった!わかったからその火を消せ!」


 威嚇には十分だったようですぐに白旗を上げてくれた。


「……が、ここを通してはすぐにバレる。裏道を教えるからそこから行ってくれ。私からエリカ様に伝えてくる」


「よろしく〜」


 門番が屋敷の中へと行ったところで、指定された裏道へと回ることにした。

 しかしながら、大層な柵で周りを囲ってるし、下手に触ると電流でも流れそう。

 まあ、金はあったんだろうな。それがなくなるってことか。今はあるが、なくなることが確定してるのか。それとももうなくなった後なのか。

 まあ、別に体裁を整えることは難しいことではないのか?

 自分はただの農民だったからその辺はよくわからないが。

 没落したからといってすぐに金がなくなるものでもないのか。それとも権力だけなくなったということなのか。

 大体金=権力的なところあるから、どちらかがなくなるということはどちらもなくなるということと同義で考えていいんだろうか。

 そんなことを考えながら茂みの中にある裏口へとたどり着いた。


「…………」


「…………」


 一人の女の子が塀の向こうからこちらを見ていた。おそらく、あれがお嬢様だろう。

 しかし、なんだなんか目が合うとこっちがなんか悪いことをしてる気分になる。実際悪いことしてこっちに来たんだけど。話は通してくれたのかしら?

 しかし、まだ幼そうだな。10歳前後ってところか?


「あなたは誰ですか?」


 しかもあの門番まだこっちにたどり着いてないらしい。仕事して。


「……旅人だよ。名前はアルスって言うんだ。君がエリカちゃんかな?」


「うん、そうだけど……なんで名前知ってるの?」


「……君が飼っていた犬……ルピナスから聞いたんだ」


「え、ルピナス……?ルピナスのこと知ってるの?」


「あ、お嬢様!ここにいまし……た?」


 遅れてくること門番さんがいらっしゃいました。テンポ悪いね。もう帰っていただいて結構よ?


「ねえ、この人知ってる人?」


「……えーっと、お嬢様に会いに来られたお客様です。お嬢様だけに伝えたいことがあるとのことでしたのでこちらにご案内した次第です」


 髪を焼かれると思ったのか、ちゃんと正直に話してくれました。


「私はまだ仕事があるのでこれで……あ、お嬢様。この人に会ったことはご主人様には内緒にしておいてください」


「? うん、わかった」


 こっちはこっちで結構素直な子である。騙されやすそうでお兄さん心配です。


「じゃあ、お兄さん入って。こっちに座って」


 指定された外に出されている椅子に腰をかけた。対面にエリカという女の子が座る。

 その1つ1つの動作は体が小さい女の子なのにどこか大人びた印象を受けた。

 もう一度顔を見たらまだまだ幼い子なんだけど。


「……あの、私に話ってなんですか?」


「君が飼っていた大きい白い犬。ルピナスが昨日俺のところに転がり込んできた。……俺、ちょっと特殊でさ、ルピナスの言葉がわかるんだ。今の君の家の状況を聞いた。まあ、信じ難いとは思うけど、やむなく逃したってルピナスは思ってるみたいでさ。……もう一度飼うことはできなくても、お別れの挨拶ぐらいはしたいって」


「ルピナス……そう思っててくれたんだ。……ひどいことしたのに……」


「……やっぱりもう一度飼うことはできない?」


「はい……私、パパ達が話してるの聞いたんです。ルピナスはこれ以上飼うことはできないって。小さくて、まだ若いなら引き取り手はあるかも知れないですけど、大きいし、歳も結構いってるみたいだから、このまま引き渡しても殺されちゃうって……だから、私ルピナスを逃したんです。戻って来ちゃうかなって、思ったりもしたんです……」


 エリカちゃんは顔を伏せた。

 本当は逃したくもなかったし、離れたくもなかったんだろう。

 そうせざるを得なかった。それが最善だと自分では思ってたから。


「引き渡せば、お金も入るって……でも、それで殺されちゃうならお金なんて入らなくても、どこかで生きてて欲しいって思ったんです。……いつもここで遊ばせてたから、ここにいればひょっこり戻って来てくれるかなって」


「……ひどいこと言うようだけど、多分、ルピナスはここの国にいたら自由はないと思う」


「……わかってます。あの子、賢かったから、逃したってことは分かってくれると思って。でも、私はそれ以上のことはできませんでした。……逃した後に調べたんです。飼い犬が野良犬になって生きていける確率を。大体は餌の取り方を知らないから、すぐに死んでいくみたいです。……私のしたことは間違ってたんですかね」


「……少なくとも、今は大丈夫だよ。ルピナスは俺のところで匿ってる。少々、付添人が不安だが……そうだな、俺は旅人だ。近く、この国から出ていく。ルピナスも一緒に連れて行こうと思う。きっと、すぐに懸賞金でもかけられて捜索願でも出るかもしれない。そうすると、捕まったらきっと最後だ。……そうなる前に君とルピナスをもう一度会わせたいんだ」


「で、でも、私……」


「午前中だけだ。ちゃんと俺が付きそう。門番に適当に口裏合わせさせとくよ。抜け出すなら今しかない」


 俺は自分が着ていた黒いロープを羽織らせた。


「それで身は隠せるだろ」


「いいんですか?」


「……まあ、来るか来ないかは君次第だけど」


「……行きます。連れてってください」


 少し戸惑いもあったみたいだが、やはり会いたいという気持ちは強いようだ。

 迷いは見えなかった。

 すぐにバレるような気もするけど、裏口が出ていくことにした。

 さすがにローブを頭の上からすっぽり被ってしまえば、体の小さいエリカちゃんではほぼ全身隠れてるようなものなので、すぐに彼女だと認識はできなさそうだ。

 が、さすがに正面切って堂々とするわけにもいかないので、草葉の陰に一旦待機させて、門番に話をつけてから俺たちはルピナスに会いにいくことにした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「意外にバレないものですね」


「まあ、俺が不審者としか思われないだろうな。それはそれで悲しいことだが」


 すぐに出ていくのでこの国で不審者と思われても大丈夫大丈夫。

 世界中に指名手配されたらどうしようもないんですけどね。ちゃんと同意の上連れてきてるのでお間違いのないようにお願いします。


「……アルスさん」


「どうした?」


「これで寝れるんですか?」


 なぜか再びテントが張ってあった。片付けたのに。

 まあ、ボタン1つで開くやつだからシオンでも立てられるというのが理由でこれ使ってるんだよな。荷物管理頼んでたのにまた寝に入りやがったな?

 戻ってきてから片付けると言った机と椅子にエリカちゃんを腰掛けさせて、テントの中を確認した。

 中にはルピナスに丸まる形で間抜けな寝顔のシオンがいた。


「……もういいや」


 こいつらは人に行かせておいて堂々と寝てるなよ。少しは待ってようというか、労うとかそういう心持ちはないのか。


「エリカちゃん、こっち。まあ、寝てるけど」


 恐る恐るといった体で彼女はテントの中をのぞいた。

 そういや、シオンはある程度魔力がない人しか見えないらしいから、俺の目からは見えていても、エリカちゃんの目からはルピナスが一人でそこにいるようにしか見えないんだろうか。


「よかった……ルピナスだ……」


 一歩一歩歩み寄っていく。

 彼女の目にはルピナスの瞼が動いたのが見えただろうか。

 まあ、賢いというのは本当のようだ。そのまま寝たふりを決め込むらしい。

 エリカちゃんはルピナスに抱きついていた。


「ゴメンね……ルピナス……ゴメンね……」


 ずっと謝罪の言葉をルピナスにかけていた。

 ほおに伝っていた涙が切れるまで俺はテントの外で待つことにした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……もういいのか?」


「……少し、アルスさんと話したいことがあって」


「俺と?」


「はい」


「何を聞きたいんだ?」


「……ルピナスの言葉が知りたいです。ルピナスがこれからどうするか、私も知りたいです」


「……ちょっと待ってな」


 テントの中に俺一人で入る。

 入り口とは全く別方向を向いているルピナスに声をかけた。


「聞こえてたか?ご主人様がお前と話したいんだとよ」


「……彼女の声は十分に届いた」


「お前からの言葉を聞きたいんだよ」


「貴様が通訳にでもなるのか?」


「まあ、そうするしかないだろ」


「それを信じるか?」


「……お前がこれから、どうするのかって。去就を聞きたいんだと。お前の口から言ってもらわないと、俺からだけじゃ信憑性に欠けるだろ。とりあえず外出ろよ」


 まあ、本来ならば逃したご主人様に会えるとは思ってもなかっただろう。

 どんな顔をしていればいいのかわからないのかもしれない。

 だから、目を伏せていたのかもしれない。黙っていれば何もわからない。


「ひょっとして緊張してるのか?」


「バカな質問だな。何を今更緊張する必要が……」


 少し早口になってますよ、ルピナスさん。

 分かりやすいやつなこって、それ以上追求されないために外へと歩み出た。


「ルピナス……」


 再び顔を合わせたが、エリカちゃんの方はバツの悪そうな表情を浮かべていた。

 彼女自身が悪いわけではない。

 彼女ができる最善の選択をしたのだ。

 それが分かってるからこそ、ルピナスもご主人様が自分を責めてるのが辛いのかもしれない。

 俺はルピナスの隣に立った。ルピナスが喋ってる言葉を伝えるためだ。


「顔を上げろ、エリカ」


 エリカちゃんにはルピナスの声はどう聞こえてるだろうか。

 俺は、ルピナスが発する言葉を一言一句間違えないように反芻する。


「私があの家に来た時、君は3歳ぐらいだったか。もう10年近くにもなる。時には親であり、時には兄弟であり、時には遊び相手であり。……私は多くの時間を君と過ごした。だが、結局、私はペットで、君は飼い主だ。それ以上でもそれ以下でもない。ペットをどうするかは飼い主である君の判断だ。誰にも責められないだろう。もちろん、君の両親もだ。言う通り、老い先そんなに長くないかもしれない。だが、君からもらった命だ。できる限りは灯火続けよう。……この男とともに」


「ん?」


 なんて言った?最後。


「……連れてってくれるんですか?ルピナスを」


 祈るような目だ。

 ここにいては自由にはなれない。

 かと言って出て行って幸せに暮らせる保証もない。

 エリカちゃんにとっては最善の選択でも、ルピナスにとってはそうではない。

 ……小さい女の子にそんな目で見られて断れるほど、俺は肝は座ってなかった。


「……俺が連れてくよ。また連れてくるからさ」


「ありがとう……ございます!……ねえ、ルピナス。あなた、私とあなたは飼い主とペット。それ以上でもそれ以下でもないって言ったわよね。……違うよ。私たちは家族なんだよ。……また会おうね。バイバイはなしだよ」


 エリカちゃんはルピナスを抱き寄せた。

 気が済むまでそうさせてあげた。

 ……次がくるかなんて分からないから。


「ルピナスはそこでシオンと待っててくれ。エリカちゃんを送ってくる」


「ああ」


 今度はすぐに背を向けず、いつまでもこちらを見据えていた。

 エリカちゃんは目で見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。


「……アルスさん」


「ん?」


「アルスさんは旅人なんですよね?」


「まあな。帰るところなんてない根無し草だけど」


「……帰るところ……ルピナスはどうするのかな」


「また、ルピナスを迎え入れられるぐらいにしてあげればいい。ルピナスにとってはエリカちゃんのところが帰るところなんだから」


「……えへへ、ありがとうございます。アルスさん」


 そうこうしてるうちに屋敷の前までたどり着いた。相変わらず正面突破は出来ないから、裏口にコソコソ回るんだけども。


「あ、そうだ。ローブ、ありがとうございました」


「……ああ、いいよ。返さなくても」


「え?でも……」


「同じやつあるから。それでも見て、こんな男のところにルピナスはいるんだって思い出してもらえればいい。うん、また来るから」


「……アルスさん!」


 俺が背を向けて立ち去ろうとしたところに大きな声で呼び止められた。


「ありがとうございます!」


 俺は軽く手を振ってさよならとした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 宝物がなくなった。家族だった大切な動物。

 でも、失う代わりに新しい宝物をもらった。

 私にはとても大きな黒いローブ。

 今はまだ、クローゼットの中に入ってる。

 その人は旅人なんて言ってたけど、私にはこう見えた。


「……よろしくお願いします、魔法使いさん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ