魔法の特性
今日の寝覚めは少し温もりを感じた。
昨日、謎の喋る犬を一泊させたのだ。なぜ喋るかどうかはともかく、こいつをどうするかは今日決めないとな。
「シオン起きろ。テント畳むぞ」
「なんで毎日そんなに早起きなんですか」
「1日が限られているからだ。ルピナスも起きろ」
グルルと獣らしい唸り声をあげながら起きた。
物音がすれば起きるような気もするがよほど疲れていたのだろうか。
「とりあえずテント片付けたら会議するぞ。先に外で待ってろ」
「なんか手伝うことある?」
「役立たずは引っ込んでてくれ」
「ぶー。いいですよ〜私朝の散歩行ってきます」
「あ、おい。会議するって……」
ったく、あいつは自由だな。十分もすれば戻ってくるだろう。それまでには片付け終えるか。
ルピナスはといえば、どこか遠くを見ているようだ。
大型犬の類だろう。結構大きく、毛は白い。その白さがどこか高貴さも漂わせている。よく毛づくろいされていた証拠でもあるのだろうか。
しかし、そこまでお世話されてて追い出されるとはそこの家はよほど切羽詰まっていたのだろうか。それとも、その家の誰かが上手いこと逃したか。
「ルピナス。よく寝れたか?」
「おかげさまだ」
「……お前、ご主人様の家は分かるか?」
「分かるが……戻す気か?」
「たぶん、世話しきれないか、やむを得ない事情があって逃したのは察しがつくけどな。お別れの言葉の1つぐらい言っておいたほうがいいんじゃないか?」
「……都合よくいけばいいが」
「……そういえば目立つとか言ってたが、見つかると何か不都合なことがあるのか?」
「……畜生である私も人間の価値からいえば財産にあたるらしい。私を売り払えば多少の財も確保出来ただろうな。しかし、私を1番世話してくれた人がそうさせないために私を逃したのだ。……おそらく売り払われれば私は殺処分されると知っていたのだろう」
「必要なくなったらすぐ処分ね。難しい世の中だこと」
「しかし、こうして生かしてもらった。恩が返せるとは到底思えないが、確かに別れの1つでも言っておいた方がいいのはあるか」
「が、然るべき奴らに見つかれば捕まって連れさらわれるだけだろう、そういうことか」
「そうだ」
「まあ昨日はこうして泊めてやったわけだが、俺は善人じゃなく、ただの旅人だからな。すぐにここを出て行く予定だ。それまでにお前をどうするか決めないと」
「最終手段は私たちの食料ですね」
散歩から帰ってきたらしい妖精がロクでもないことを言い始めた。
「ちょうどよかった。なんで俺が犬の言葉を理解できるのか説明してくれ」
「え〜面倒くさいですね〜自分で考えてください」
「よし、お前昼から飯抜きな」
「そんなバカな⁉︎」
「やかましいわ。分からないことを聞いて教えてくれるのがお前の仕事じゃないのか。それを放棄するな。働かずして飯を食うな」
「ぐ……分かりましたよ」
自分で飯を作れないし、自分の体が小さいのでよしんば作れても俺がいつも作ってる量でようやく足りてるので、俺が作る方がこいつにとっては都合がいいのだ。俺と出会う前はどうやって食をつないでいたのだか気になる。
それはおいておこう。
問題はなぜ、犬と喋れるのか。もしくはなぜ犬の言葉を俺が理解できるのか。
「簡単ですよ。アルスさんの魔法の力が成長したってことです」
「ほう」
「まあ、魔法自体使える人は少ないわけですけど、魔法を使える人は普通の人より理解力とか認識能力が少しばかり強くなるんですね。なので、妖精である私をアルスさんは認識できますし、犬さんの言葉も理解できるようになったわけです」
「……他の犬の言葉も理解できるのか?」
「私はできますけど、アルスさんはどうでしょうね?ルピナスさんが私たちに近い存在だとしたらその分、力が弱くても理解できるという説も私は提唱しますよ」
「まあ、この際他の犬の言葉が理解できるかどうかというのはどうでもいいか。今、ルピナスの言葉が理解出来てるというのがこの場では重要だ」
暗にというか直に俺より自分の方が上だとおっしゃる妖精様はいかがなものでしょうか。
もう少し謙虚さを持っていただきたい。持ったところでこいつが厚かましいのも、偉そうなのも変えられない事実なんだけども。
「それで、アルスさんはどうしたいんですか?お別れの挨拶だけさせてさよならするんですか?」
「別に俺は放置したところでなんら支障ないんだけど……」
でも、そうしたらよほど心優しい人に拾われれば別だけど、懸賞金でもかかってるんじゃないだろうか。
目立たずにお別れの挨拶をして、そのまま放置してったらどこかで捕まってる気がする。
こいつ自身は頭良さそうだけど、多勢に無勢じゃどうしようもないだろう。
「……まあ、ルピナスがどうしたいかだろ。しかし、まだ追い出されてから日も経ってないんじゃないか?」
「つい昨日だ」
「ひとまずは人目に触れないところに行こうってところだったんだな……たどり着いたのが俺のところでよかったな」
「まったくだ。しかし、一般市民はまだその事実を知らない。昼にもなれば別だろうが」
「なら、決行はもう午前中しかないか」
「具体的には何をするんです?」
「俺がまず行くしかないだろ。で、その1番世話をしてくれた人っていうのを尋ねるしかないな」
「私たちにどう連絡取るんですか」
「お前たちがここに留まってるか、一緒に近くまでついてくるか、どっちが安全だと思う?」
「……最終的にアルスさんが処罰される未来がどちらにも見えます」
なんてこと言うんだよ。最善を考えてくれって言ってるのに、最悪の結末を想定してどうするんだ。
しかし、シオンの言うこともあながち間違いじゃないから、否定しきれない。
詳しくは聞いてないが、おそらくルピナスを逃したのは子供だろう。どのぐらいの年代かはわからないが、ルピナスは賢そうな犬だし、怖がりでもしてない限りは逃がそうという選択肢を取らないと思う。
そうなると、結構お偉いさんみたいだし、子供を連れさらう形になるんだよな。確かにそういう意味でも処罰されかねない。
あとは、俺がルピナスを連れ去ろうとしてたという形を取られる場合だ。
シオンの言い方だと俺とシオン以外はルピナスの言葉を理解できないだろう。
ともすれば、俺はただの財産泥棒である。こじつけだけど。
「あれ?俺がこいつを迎え入れた時点で詰んでたの?」
「今更気づきましたか。だから私にいつまでも勝てないんですよ」
「やかましいわ。お前も俺が八つ裂きにならないための案を出せや」
「痛いです〜。自分がバカだからって実力行使に出るのは良くないです〜」
「じゃあこうするしかないか」
バレないように飼い主を拉致→ルピナスに会わせる→ルピナスの言葉を伝える→別れる→ルピナスをこの国の外に出す
「犯罪に犯罪を重ねていきますか……」
「現状ルピナスは捨て犬になってたところを拾っただけだから犯罪じゃなくね?」
「こっちがそう思ってても、相手方はそうは思ってはくれないですよ。この首輪が証拠です」
「……ルピナス。それ外していい?」
「……これを外したら、私だと認識できるものがなくなるだろう。お主はたわけか」
犬にまでバカにされたよ。こんなことなら理解できないままでよかったよ。常日頃から犬や猫にもバカにされてるのではないかとさえ思えてくる。
「まあ、ここで顔を付き合わせて会議してても進まないのは分かり切ってることなので、とりあえずは行動しましょう。というわけでアルスさん行ってきてください。私とルピナスはここで待ってます」
「……なんか腑に落ちないがお前ら喧嘩するなよ?」
「私たちは高尚な会話をしてるのですよ」
「……すまんが、ルピナス」
「なんだ?」
「せめて家の特徴ぐらい教えてくれ。俺は旅人だからどこそこの誰が1番偉いとかは知らん」
「……丘の上にある屋敷がそうだ。……どう入るかは自分で考えてくれ」
ひとりお使いみたいな形で出されることになってしまった。
俺、一応魔法で役に立とうって思って旅に出たのにな。あ、魔法の力が強くなってきたからこうして助けることができるのか。
……本当に助けられるかどうかはともかくとして。
不安要素しかないが、一応この国のお偉いさんらしい人が住んでる屋敷に単騎で突入することになってしまった。