喋る犬
手持ちのお金だけで食いつなげるはずもなく、すぐに資金は底をついてしまった。
なんとか色んな国を転々としながら、日銭を稼いで、生きている毎日。
苦労は絶えないが、何もしてないよりかは生きている実感はあった。
村で普段から手伝いをしていたこともあって、体は無駄に丈夫なようだから特に倒れるようなこともなく、だけど確実に疲れは溜まっているような気がする。
「お前も働いて俺を助けてくれませんかね、シオンさんよ」
「アルスさんのいわば教師をしてるのですよ?食事代だけで済んでるんだからむしろ安いぐらいだと思ってください。まあ、それでなくても普通の人には私は見えないので働くことは無理なのですけども。あと、人がやるような仕事をこんな体の小さい妖精にこなせると思いますか?」
正論なんだけども。なら、もっと俺が楽になるようにしてくれよ。配分がおかしすぎるだろう。
教師というのは、魔法のことだ。本当に出すという動作しかできない無能もいいところの魔法使いだったので、使い方の矜持を受けている。
そもそも魔法が使えれば魔法使いと呼んでいいものらしいけど、なんの施しもなく使えるようになるのは非常に稀なことであるらしく、両親のどちらかがそうであったか、もしくは幼いころに誰かから教わったか、だとか聞かれたが、だとしたら俺は絶縁されてないし、この状況を作り出したやつに問いただしに行かなければならない。
心当たりが全くないので、せめてもの何かの役に立つようにと訓練してるわけだが。
「2年もやったんだし、昔よりはよくなってるよ。うん」
そう。村を追い出されて、この妖精と出会ってから2年の月日が経過した。
素性の知れない……明かせない自分としてはなるべく日陰者として生きるしかなかった。
そうやって、人目に触れないところでシオンに教授しながら魔法の訓練をしていた。
「ひとつひとつを極めるのもいいけどさ、それぞれに特性があるわけだろ?なら2ついっぺんに使えばさらに選択の枠が広がると思うんだけど」
「なら、やってみるといいですよ。ひとつを極めてもないアルスさんに出来るであれば、ですけど」
小馬鹿にしたように言われたので少し癪に触ったが、教えを請うてる身。そもそもの実力は使ってる自分よりシオンの方がわかってるのかも知れない。
「まあ、ひとつ教えておくとしたら、どの2つを組み合わせて、どんなことをするのかということを念頭に置いた上でやれば成功率は上がるかもしれません」
「なるほどな……うっし」
まずは自分が得意とする火の魔法。出来るようになったことと言えば、これを指先から飛ばすことと、持続時間の長さだけど。どちらも実用的ではないような気もする。
ただ、野宿の際に焚き火をおこすためには便利である。……それだけだが。
しかし、火力が上がってるわけでもない。ならば、その火力不足を補うために空気……風を作る。
「真空状態にならないといいね〜」
そもそも発火剤とか使ってるわけではないのだけど、その状態になったらどうなるんだろうか。それよりなんでやろうとしてること見透かされてんだ。腹が立つ。
しかし、そこから器用に使う魔法を変えられるわけでもないので、その通りのことをしようとした。
……が、風を起こす前に火が消えてしまった。
「……火が弱すぎて、ちょろっと風が吹くだけで消えちゃった?」
「……火自体が消えたんだよ」
「ま、2つをいっぺんに出すのは難しいということを分かってもらったところで、ご飯にしよう!」
「はいはい……」
妖精の年齢が人間と比例するのかわからないけど、実はシオンの方が年上だったりする。ただ、2年たった今も出会った頃とあまり姿形は変わらないからだからなんだという話でもある。
「それにしてもアルスさん料理上達しましたね」
「そりゃ毎日作ってればな。自分で調味料が生成できればそれほど役に立つもんもないが」
「塩程度なら作れるんじゃないですか?」
「どうやって」
「自分の血を使って」
恐ろしいこと考えてるなこいつは。塩が満足に使える分まで抽出してたら間違いなく血が足りなくなって死ぬだろ。
そもそもそんなことできないが。
「……一応具体的なやり方を聞こうか」
「水の魔法が使えますからね。頑張れば、海のようなしょっぱい水も出すことができると思うのですよ。その水をこして、塩を作ればいいんじゃないですかね」
「……聞いた俺がバカだったな。普通に海に行って、俺が火を使って蒸発させたほうがよっぽど早いわ」
「まわりに海がなくてどうしようって時の話じゃないんですか?」
「ないならないで使わなきゃいいだろ。使わなくて死ぬわけでもあるまいし」
「それもそうですね」
なんの味付けのない料理ほど寂しいものもないので、いくつかは調達して使ってるが、飢えを満たすという意味合いでは別に必要なものでもない。
しかし、この妖精、体のサイズは人間の約8分の1スケールのくせに食べる量は普通の人間と変わらないときたもんだ。その小さな体のどこにそれを入れる器官があるのだと聞きたい。
まあ、以前に聞いたのだが、基本的な移動が空を飛んでの移動だから、普通に歩くよりエネルギー消費が激しいらしい。人間と同じく食べる量には差異があるらしいけど、たぶんこいつは大食いなほうだろう。こんなにバカスカ食いやがって。体小さいからそんなに必要ないだろうとタカをくくってた俺がバカだった。二人の分の材料が必要になるとは。
「あ、犬さんです」
唐突になんだと思ったら、たしかに犬が俺たちの近くまで寄って来ていた。
普通、見ず知らずの奴には警戒して近づかないと思うのだが、人馴れしてるのだろうか。
首輪をしてるし、どっかから脱走したのか?
ならどこかに帰してやらないと。
「飯をくれ」
「シオン。お前にやるのはもうないぞ」
「私じゃないですよ。そこまで厚かましくないです」
十二分に厚かましい奴だと思うけど、それはこの際黙っておこう。
ともすると、今喋ったのは……
「人間。今食べているものを私にもくれ」
「犬が喋った⁉︎」
「妖精がいるんですよ。犬さんが人の言葉を喋る事もあるでしょう」
未だかつて喋る犬を見た事ないんですけど。
しかもこの犬、やたら偉そうなんですけど。物乞いの姿勢ではない。
「……まあ、口が聞けるとかそういうのは今はいいか。そんなに残ってないが、それでもよければいいぞ」
皿を差し出すと、すぐにがっつき始めた。
しかし、迷子になったとしては怯えてる様子もないし、捨てられたにしては毛並みが整っている。
首輪に名前でも書いてあるだろうか。
「ごちそうになった。お代はないので誠意だけ置いておく」
「待て待て。誠意を見せるならお前がなんなのかだけでも言ってけ。飯食わせてやったんだから。そうだ、まず名前からだな。俺はアルスっていうもんだ。そこの人間もどきはシオン」
「人間もどきってなんですか⁉︎ちゃんと妖精って紹介してください!」
そもそも犬に見えてるのかどうか知らんけど。
「私は……ルピナス、と人間に名付けられた」
「じゃあ自己紹介も済んだところでわざわざ飯をたかりにまで来てどうしたんだ?こんな辺鄙なところに」
あまり人も寄り付かないようなところを毎回陣取って生活してるので、こうして迷子でくること自体が稀なのだ。
ともすると、こいつも何か逃げてきたのではなかろうか。そんな予感がする。
「自分で言うのもなんだが、私はいいところに住まわせてもらっていた。が、事情があって追い出されてしまったのだ。いかんせん、そのおかげで私も見た目を知られている。あまり、おおっぴらに歩けないのだ。しかし、されどお腹は減る一方で、食事の匂いを感じてここにたどり着いた」
「……帰れるのか?そこに」
「難しいだろうな。復権するのならまだしも、それまでには私も生き絶えることだろう」
「じゃあ、この国にはいられないのか」
「そう言えるな」
「没落貴族ならぬ没落犬ですね」
「お前は黙ってろ。……ルピナス。お前はそこにいる小さい人間が見えるか?」
「いい加減妖精って言ってくださいー!」
後ろでピーピー騒いでるが、どう紹介しようが分かればいいのだ分かれば。
ルピナスの方はと言うと、首を縦に振った。
犬とかの方がそう言うものを探知しやすいと言うのは聞いたことがある。
「まあ、今日のところは俺たちの寝床で寝とけよ。外で放置だと流石に冷えるだろ」
「そうさせもらおう」
疲れていたのか、俺たちが使ってるテントの中に入っていくとルピナスはすぐに寝付いたようだった。
そういや、なんで喋れるのかとか聞いてなかった。
まあ、いいや。明日聞こう。




