何かが起こる帰り道
放課後に校門の前で。
基本的に私たちが一緒に帰る時に待ち合わせるのは、校門の前というのがお決まりのパターンとなっている。
ごくごくたまに校舎内だったりとか、相手のクラスにまで迎えに行くことがないわけではないが、それは全体の割合にするとごく少数といったところだろう。
門の前で大好きな彼が来るのを寄りかかりながら待っている。
少女漫画顔負けのそんな光景は、まさしく青春の一ページとして私たちの心の中にいつまでも残り続けることだろう。
そして将来二人が結婚した後にでも、あの時はこんなだったねなんて言いながら思い出話に花を咲かせる。
まさしく理想の彼女と言っても差し支えないんじゃないでしょうか。
「欲望が渦巻きすぎてて、私からできるコメントは何もないよね」
「誰もさーちゃんのコメントは求めていないので大丈夫です」
「そう言われるとは思ったけど、言わないとひよっちどこまでも妄想し続けるじゃない」
私の隣でどういうわけか一緒に立っているさーちゃんが、人の妄想に対して文句をつけてくるのでそう返したのだが、ここ最近それにさらに文句を返してくるから困りものだ。
成長を見せるのは喜ばしいことではあるが、できればもう少し他のことに対して成長を見せて欲しいという物だ。
例えば私のことを敬い崇めるとか。
「もしそうなるなら世も末だね」
「そうですか。今日も引っ張って欲しいほっぺはこれですか」
相変わらず嫉妬するくらい柔らかいほっぺを引っ張りながら秀介さんを待つ。
今更ながら説明を加えておくと、今日は二人での帰宅ではなく、さーちゃんも含めて3人で帰ることになっている。
何か特別なことがあるというわけではなくて、単純に時折こういった感じで三人で帰ることがあるだけ。
帰る方向は一緒なのだから、途中まで一緒に帰ればいいんじゃないか。
我が彼氏の仏のような素晴らしいお言葉によって、そのようなことになっているのだが、私にとっては正直不都合以外の何物でもない。
せっかく好きな人と一緒にいることができる時間だというのに、そこに第3者の介入があって喜ぶ人がいるだろうか、いやいない。
「というわけで空気を読んでくれませんか?」
「やだよ。私今日、千種先輩に数学の問題教えてもらいたいもん」
「甘ったれてないで教科書とにらめっこでもしててください。秀介さんはそんなことをしているほど暇じゃありません」
「ちゃんと今日のお昼にアポはとってあるから、ひよっちの意見は通りません」
先手必勝とでもいいたげに勝ち誇った顔をしてくるので、もう一度そのほっぺを引っ張って置いた。
しかも今度は結構強めに。
なんとも間抜けで悲痛な声が聞こえたけども、自業自得なので特に構いやしない。
校門を通り抜ける他の学生の視線が少しだけ冷たい気もしたが、それはこの冬の寒さのせいということで気にしないことにした。
いやー、今日も北風が冷たいです。
なんやかんやとそれからも数回さーちゃんのほっぺを引っ張りながら、校門前で待つこと十分弱。
「何やら向こうの方が騒がしいですね」
「それよりも、私のほっぺが……」
「因果応報ってやつですね」
恨みがましい視線が隣から突き刺さる気がするが、いつもの事なのでそのまま受け流して、何やら複数の声が聞こえる方へと向き直る。
今私たちがいる校門から見て校内の方向、ちょうど昇降口からこちらへ向かって歩いてくる一塊の集団が目に入る。
よく見て見れば、どうやら先頭を歩く一人の人物を取り囲むようにして、後ろやその周囲を10人弱の人が取り囲んでいるような状態。
取り囲むと言っても、何も集団で何かしようというわけではなく、どちらかといえば護衛をしていると言った方がニュアンス的には近い印象だ。
「あれ、新瑞橋先輩だよね」
「誰ですか、その有名な橋になり損ねたような人は」
「ひよっちが千種先輩にしか興味がないのは知ってるけど、ここまで来るとわざとなんじゃないかと思えてくるよ」
恐らくではあるが、今さーちゃんが言ったなんとか橋なる人こそ、あの集団を率いて歩く中心人物なのだろう。
綺麗な顔立ちに少しゆるく癖のついた髪、だらしなく見えない程度に着崩した制服と何かのスポーツでもしているのかがっちりとした体。
それでいて高身長のせいか、筋肉のつきすぎというよりは相応に見える体系。
「新瑞橋祐樹、サッカー部のエースでキャプテン、町を歩けばスカウトに声をかけられるほどのイケメンで、今までいろんな雑誌にスカウトもされたことがあるみたい。サッカー部を強豪と言われるまでに押し上げた人物でもあって、そのせいか校内にはファンが多数。今まわりにまとわりついているのもそのファンみたいだね」
「なるほど。さーちゃんのことはこれから歩くwikipediaと呼んであげましょう」
「嬉しい気がしたけどやっぱりやめて」
言われてみれば先頭を歩くその男の人を除くと、他の人はほとんどが女子という有様だ。
親衛隊とか、ファンクラブとか、そこまで大仰なことになっているわけではなさそうだけれども、きっとそれに近しいものはあるに違いない。
漫画やアニメの中だけの設定だと思っていたものがいざ目の前にあらわれると、人はこんなにも引いた目でそれを見ることが出来るんですね。
後学のためにもいい経験となりました。
「ちなみに千種先輩とおなじクラスらしいよ」
「そこだけは私の記憶の片隅に置いておいてもいいかもしれません」
「私もひよっちに対して結構引くことあるからね」
集団はまるで強力な吸引力でももっているかのようで、1メートル進むごとに人だかりがだんだんと増えていく。
どうやらその先輩の人気はそれなりのものらしく、最初に見た時には10人弱だったはずの女生徒が、私たちのそばまで来るときにはすでに20人ほどに膨れ上がっている。
邪魔なことこの上ない。
「聞こえるよ?」
「聞こえるか聞こえないかぎりぎりのラインを狙ってますので大丈夫です」
そう思っていたのだが、どうやら私のつぶやきはしっかりと相手の耳に届いてしまっていたようで、先頭を歩いていた男の人が不意に私たち二人に視線を向けた。
上から下へまるで値踏みでもするかのようなその視線は、気持ち悪いとしか形容できなかったとここで明記しておく。
「えっと、すまない。僕としてもこうなるのは不本意なんだけども、いつの間にかいつもこうなってしまって」
軽薄な笑みを浮かべて頭を少し下げながら近づいてくる男は、私達二人にそう告げる。
それに伴って一緒に後ろの集団が付いてくるということがわからないのだろうかこの男は。
「不快な気分にさせてしまったお詫びと言ってはなんだけど、よかったらどこかでお茶でもしないか?」
後ろの集団から奇声があがる。
会って1分と経たないうちにナンパとは、なるほどイケメンゆえの行いなのだろうが、私にしてみればそれは自分が軽薄であるとアピールしているようにしか見えてはこない。
「さーちゃん、お誘いのようなので行ってきたらどうです?どうにも私には二人がお似合いに見えますので」
「今この状況でのこのことついていくのは、ピラニアの群れに放り込まれるより辛いってわかってるよね」
「哀れ羊さんは骨だけになってしまいましたとさ」
「生贄の末路としては最悪だね」
私たちの会話を聞いた男が何を思っているかも知らないし、それを推察する気もない。
理由は簡単で、おそらくこの男は自分と同じタイプの人間だから。
口ではなんだかんだと言いつつも、その言葉には全て裏の意味が隠されていてどう転ぶかを計算している。
今の短い会話だってそうだ。
まずは謝罪から入ることで周囲に対する自分の評価を高め、次いでお詫びと称して私たちの評価も高めようとする。
仮にこちらが断ったとしても、一度詫びをいれようとした事実は残る上に、周囲のファンからしてみれば私たちはせっかくの誘いを断った奴として認識される。
どう転んでもこの男の損な展開にはならない。
底意地悪く、自分の人気を最大限に利用するクズ。
これが私がこの新瑞橋祐樹という男に対して抱いた印象。
そして多分その推察は間違いではないと確信をもって言える。
「これは断られていると思っていいのかな」
「申し訳ありませんが他に待ち人がいますので。不適切な言葉が耳に入ってしまったのであればこちらも謝ります。双方に落ち度があるとしてこの場は収めませんか?」
そうと決まればこの男とこれ以上絡む理由は何もない。
これは私の性格ゆえなのだが、基本的に私は嫌いな物、興味がないものに対しての関心が極端に薄くなる傾向にある。
その分好きになればその反動なのか、すさまじいことになるであるが今はそれは置いておく。
関心がないものは目の前からいなくなって欲しい。
そう思うがゆえの完全に事務的な今の対応。
さーちゃんも私のその性格をわかっているがゆえに何も言うことはない。
「そう冷たくしなくてもいいと思うんだけど。僕としてはせっかくの機会だから交友を深めたいと思っているんだけどな」
「何度も言いますが私たちは他の人を待っています。あなたのお誘いは申し訳ありませんが辞退させていただきます」
「つれないな」
身の毛がよだつ、背筋がぞわっとする、およそ気持ち悪さを形容する言葉以外で今の私の気持ちを表すことは出来ないのではないか。
少しだけ首を傾け流し目でこちらに視線を飛ばす仕草は、後ろのファンの子たちにはたまらないのかもしれないが、私にとってはただただ虫唾が走るだけ。
しかも断れば断るだけその後ろから飛んでくる視線もきつくなるのだからたまったものではない。
これも全て計算してやってるんだろうからこの男、私の知りうる中でもトップレベルでたちが悪い。
「ひよっち、これあんまりよくないんじゃ」
「その口を閉じないとほっぺが取れるまで引っ張りますよ」
言われなくても今の状況が悪いことは百も承知。
だからこそこうして頭をフル回転させて現状打破の一手を探っているというのに、一向にその手立てが見つからないのだから頭にくる。
「よく僕がいくカフェなんだけれど、そこはタルトが絶品でね。ぜひ君たちに食べてもらいたいな」
このド田舎にそんな洒落た店があるなんて初めて聞いた。
おそらく近隣の町にある店なのだろうが、わざわざ放課後にそこまで繰り出す気なんて毛頭ない。
そんなところに行かなくても、近くのお店で100円のシュークリームとコーヒー牛乳でもあれば私は満足だ。
というよりもこいつとどこかへ行くこと自体がナンセンスだ。
「ですから行かないとお断りを……」
「まぁそう言わずに」
私の言葉を遮るように掴まれる右手。
そのまま引っ張られる体。
「あっ……」
つんのめるように前に躍り出そうになったところで触れる、大好きな匂い。
「新瑞橋、お前死にたいのか?」
暗くなった視界と背中に回される腕の感触。
私が今どういった状態で、一体何をされているのかということを理解するのに少しの時間を要する。
「しゅうすけ、さん……?」
「もう一度聞くぞ新瑞橋。お前、今すぐこの場で死にたいのか?」
どうやら私は、突如としてこの場に割って入ってくれた秀介さんの胸の中にいるらしい。
腕を引っ張られて前のめりになったところを支えてくれたのだろうが、それよりも私の思考を占拠しているのは、秀介さんが怒っているということだ。
「そう怒るなよ千種、ちょっとした冗談だろ?」
「人の質問に答えろ」
「いや、だからさ」
さっきまで私に対して見せていた気障な雰囲気はどこへやら。
今はただ秀介さんの怒気に当てられテンパっている、哀れな子羊さんにしか見えません。
秀介さんはあまり怒らない。
余りというより、幼少期から割と大部分の時間を一緒に過ごしてきた私ですら、秀介さんが怒る姿を見たのは数えるほど。
普段怒らない人が怒ると怖いと言うが、秀介さんはまさにその典型例じゃないだろうか。
「警告だ。次同じ行為をしたら、わかってるな」
後ろの取り巻きもその迫力に何も言えずに立ちすくむのみ。
別に秀介さんは特別有名だとか、人気があるとかそういうわけではないのだが、どういうわけか無言の圧力とやらを持っているらしい。
以前そういった話を聞いたことがあるのだが、残念ながら私に対してはそのような圧力が向けられた経験はここまでないため、それがどのようなものなのかはわからないが、一度は体験したいものだ。
何も私はそっちの気があるわけではないが、大好きな人のことは何でも知っておきたい。
いわゆる独占欲というやつですかね。
後、余談ではあるが、秀介さんはべらぼうに強かったりもする。
お家の都合で小さい頃から空手をやっていせいか、それを披露する場はほとんどないが、喧嘩などで負けたところを見たところがない。
もちろん殴るとかではなくて制圧すると言った感じなのだが、何度その姿に見惚れたことか。
強い彼氏なんてまさに理想的ですね。
「わかった俺が悪かった。だからそう睨むなって」
「ならその取り巻き連れてとっとと行けよ」
「はいはい、了解。それじゃお二人さん。またいずれ」
秀介さんの胸に抱かれながら見た去り際の姿は、圧力に少し怯みながらもそれでもまだどこかに余裕を残した計算高い人間のそれ。
やはりどこまで行っても、私はあの人とは相いれなさそうです。
「それで秀介さん、往来の真ん中でいつまで私を胸の中に収めているつもりなんですか。さーちゃんがさっきから紅い顔して固まってますよ?」
視界の端では両手を顔の前に持っていき、何も見ないようにしながらも指の隙間からしっかりと見ている友人の姿。
何も私とてこの状態が嫌なわけでもなく、しかもさっきの出来事に対してものすごく感謝をしているのだが、それでも事態が収束して落ち着きを取り戻してしまえば羞恥心が出てくるという物。
さすがに人前でのスキンシップは恥ずかしかったりもする。
「うわー、少女漫画でみた光景だ―」
「さーちゃん、あなたのほっぺとお別れはすみましたか?」
無言で秀介さんの腕から解放されると同時に、見ているだけじゃ飽き足らずそんなことを言い始める子にはやはり制裁が必要なようです。
「日和」
そう思い、今にも逃げ出そうとしているさーちゃんを掴まえようとした私の背中にかけられる秀介さんの呼ぶ声。
そのトーンはいつになく真面目で、こんなトーンで呼ばれたことなどもしかしたら初めてかもしれない。
今日はいろいろ珍しいことが多すぎますね。
「新瑞橋には気を付けろ」
そう言うと、私の手を取り歩き出してしまう。
なんというか、今まで渦中にいたせいで、それなりにまだ周囲からの注目度が高い中でのこういった行為は照れくさいのだが、秀介さんの様子が常時とは全く違うので大人しく従うことにする。
「秀介さん、先ほどはありがとうございました」
「別にいい、それよりも」
一度そこで途切れる言葉。
止まる足と、振り返り私を見る目とぶつかる。
「あんまり心配かけるな」
そういって再び私の手を引きながら歩いているのですが、耳の辺りが赤く見えるのはあれですかね、今日が一段と寒いからですかね。
後ろから待ってーと、お決まりの文句でおいかけてくるさーちゃんのことなんてとてもじゃないけど視界になんて入ってこなくて、まるで心臓が耳元にあるくらい大きな音をたてている。
人のことを言えないくらいに顔が熱くなっていて、きっと今の私たちは二人して同じような表情をしていることだろう。
まだ寒い日のある放課後の出来事。
この邂逅が、後の出来事のきっかけとなることは、今この時は誰も知らない。
END




