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二人の帰り道  作者: ナル
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詣でる行き道

 せわしくなく過ぎていった師走も終わり、炬燵の中でそばを食べながらという、どこにでもありそうな光景の中、年を越したのがつい先ほどの事。


 テレビの中継でされたカウントダウンの声を尻目に、私と言えばこの後の予定のせいで頭がいっぱいで、もはや隣で何かを言っている妹の声なんかまるで耳に入ってなどいなかった。


「お姉ちゃんのばーか」


「そういうことを言う口はこの口ですか?」


「にゃんで、そういうとこだけきいてるにょよー」


 文頭をにゃんで始めるなんて、どこまで可愛さの追及に余念がないんでしょうかねこの妹は。

だけどそれは悪手だと姉は思います。

そんな言葉で釣れるような男なんて、それこそ秀介さんには勝てる見込みはこれっぽっちもないんですから。


「惚気はいいから私のほっぺの痛みに対する慰謝料を要求する」


「私が姉というだけで、この先の慰謝料もすべて帳消しにするだけの価値があるんじゃないですかね」


 姉妹で炬燵でおしゃべりなんて、字面だけみればほのぼの仲良しな様相だけども、実際のところはそんな要素はまるっきりなくて、それこそ年中無休のバトルクライシスの舞台と言ってもいいくらいだ。


 いかテレビの見やすい場所をキープし、そして相手の動くときに合わせて用事を頼むか。

自分のいいポジショニングを確立するために、炬燵の中で繰り広げる壮絶な足の場所取り合戦。


「月陽はもう少し姉を敬う必要があると思いますよ?」


「まずは敬われるポイントをひとつでも作ってからそういうことを言ってよね」


 こんなに敬うところばかりの姉というのも珍しいと思うのですが、どうやら我が妹にはまだ大人な視点は難しかったようです。


 そんな姉妹のやり取りを続けている間も、時計の針は休むことなく歩み続けていたようで、気が付けば年を越してからそれなりの時間が経過しようとしていたことに気づく。


「それでは麗しの姉は秀介さんと初詣に行ってきますので、後はよろしくお願いします」


「この惨状を私一人で片付けろと?」


「月陽は出来る子です。それを私はよく知っています」


「その出まかせしか出ない口は今年も健在だよね」


 失敬な事を言う妹は放っておいて、早いとこ出かける用意をしないといけない。

秀介さんが迎えに来るまでに残された時間は後20分。

防寒優先で着込んでいる半纏の下は部屋着のスウェットというこの状態では、いかに心が広い秀介さんとはいえ、流石に幻滅を禁じ得ないだろう。


 それになにより乙女としてこんな格好で彼氏の前に出るわけにはいかない。


「というわけでこの前買っていたコートを貸してくれませんか?」


「お姉ちゃんと私の身長差を考えると、多分裾が地面を擦るだろうから断固拒否する」


「やはりこの世の造物主とは一度決着をつけねばならないようです」


 私の身長はどういうわけか、中学に入学してからというものすぐに止まってしまい、そこから伸びることもなく150に届かないくらいを停滞している。

一方の妹はと言えば、私に分け与えられたはずの身長をも食い荒らし、中2にして160の大台を突破してなおも上昇中だ。


「そのままジャックと豆の木にでもなればいいんですよ」


「聞こえてるんだけど」


「聞こえるように言ってるんで何も問題ありません」


 互いに文句を垂れる一方で、私は着替え、そして月陽は炬燵周りの片付けという阿吽の呼吸。

これなら待ち合わせの時間に間に合いそうでよかったと胸を撫でおろす。


「大平原の広がる胸周り……」


「表に出なさい。今こそ決着の時です」


 ほんとに天はどうしてことスタイルに関して、私を優遇してくれなかったのか。

袖を通すブラウスのタグに、一番下のサイズを示すアルファベットの文字を見てため息をつく。


 今日の初詣の願いはモデル体型へのランクアップを願おうと思ったけども、恐らく敵わない願いだということがわかっているから、もう一度ため息をついておくことにした。




 玄関の扉を開くと室内との温度差に思わず体が震えてしまう。

年を越えしたからといって、真冬の寒さが和らぐなんてこともなく、むしろ朝に向かって今も絶賛下降線を描いていることだろう。


 吐く息が白く色づき、口内に広がる空気の冷たさに眠気を感じていた目も一気に覚醒する。

 少しは寒さも役に立つ時があるようですね。


「年が変わっても言ってることは相変わらずだよな」


「数字がひとつ増えて、カレンダーが新しくなってくらいで私が変わると思うんですか?」


「だよな、聞いた俺が間違ってた」


 新年の挨拶なんてあってないが如し。

今年の最初に交わす言葉も、結局はいつも通りの軽口の応酬。


 だけどそれでいいしそれがいい。

こっちの方が私達らしいし、何よりそう言いながらもどちらからともなく隣に立って、何も言うことなく手を繋いでいるのだから。


「じゃがバターありますかね?」


「俺は焼きそばが食べたい」


「仕方ありませんね。どうにも協調性という言葉を覚えてくれない秀介さんにあわせて私が折れましょう。二つ買って折半することにします」


「言い方に不満は残るが概ね了解した」


 色気も何もない会話だけれども、つないだ手は暖かくて、なにより好きな人の隣に今年もこうして立っていられる。

この事実がただ嬉しくて、握る手に少しだけ力を込めてみれば同じように握り返してくれるから。


 だからあなたが大好きです。



 家から十数分歩いた先にある神社は、いつもはその立地の悪さもあり閑散としているはずだが、流石に正月という今日に限ってはその限りではない。

小さな神社に続く道すがら、そう広くはない道を埋め尽くす、とまではいかないものの、私達と同じように初詣に来た人たちが行きかっている。


 もちろん出店も軒を連ねていて、私の待望であるじゃがバターも、秀介さんの御所望の焼きそばも当然ながらその匂いで誘惑をかけてくるではないか。


「さて、それで食すとしますか」


「その前に参拝だ。これからきっと人も増えるだろうし、先に済ませとくぞ」


「じゃがバターを食べながらの参拝を希望します」


「ゴミが邪魔になるから却下だ」


 なんとも正しい主張により私の意見を棄却する秀介さんですが、今日ここに来た目的の半分くらいの目的がじゃがバターである私も、そうたやすくは意見を曲げる気はありません。


「そうまで言うのであれば、私を納得させてください」


 今の私の頭の中は、じゃがバター一色です。

見てください、あの金色に輝く蒸しあがったほくほくのお芋さんを。

そしてその中心に置かれた、少しずつ溶けていくバター。

お芋とバターの香りが溶け合ってふんわりと漂う芳醇な匂い。

これに打ち勝てるだけの理由を私の前に提示することが出来るというのであれば、ここで買わずに先に参拝といこうじゃないですか。


「今買って両手がふさがったら、しばらく手は繋げないからな」


「それでは参拝に向かいましょうか。一年の計は元旦にあり。少しの遅れが幸福を逸する原因となりかねません」


 じゃがバターの誘惑は相当の物ですが、この状況において秀介さんと手を繋ぐ機会の方が当然ですが大事。

どちらかを選べと言われるのであれば、そんなものはもはや選択の余地すらないのだ。


「顔赤いぞ」


「お互い様なのでここは痛み分けとしましょう」


 繋いだ手の平はこの寒さの中だというのにやけに熱くて、どういうわけか汗までかいているような気がするけども、それでも繋ぐ力がさらに強まっている気がするのだからたまらない。

 

 二人して赤い顔で神社を目指して歩いていく。

こういうのって、なんだか青春している気がしますよね。



 神社の本殿には人が溢れ、一歩を進むことすら容易に行かない状況のこの場所で、私たちは身を寄せるようにして進んでいく。

というよりも、もはや後ろからほとんど抱きすくめられるような格好で人ごみに紛れる私達。


「きつくないか?」


「そうですね。この人込みが苦しいのは間違いないですが、それよりも何よりも秀介さんに包まれているという事実がやばいです」


「確かにそれは俺も否定しない」


「ですよね。正直私としては今すぐ二人きりで甘い時間を過ごしたいところなのですが」


「帰ったらな」


 そんなことを頭上で囁かれるものだから、熱くなっていた体がさらに熱くなる。

二人でこの雑踏から抜け出して、誰もいないところで愛を囁き合う。

そんな時間を過ごしたいのに、今の私たちは前に進むことも後ろに戻ることもできない空間でいつ進むかもわからない列に並ぶ時間を過ごしている。


「秀介さんとキスしたいです」


「いくらなんでもストレートすぎるだろ」


「こんな状態ですでに30分ですよ!?ここまで我慢できた私をむしろ褒めてください」


「いや、お前な」


 自分でももはや何を言っているかわからないが、こんなに秀介さんの匂いに包まれて我慢しろというのが無理な話。

 本殿で今年の抱負を願うつもりはあったが、それよりも目の前にぶらさげられた魅力的なご褒美の方に目がいってしまって何が悪いというのか。

否、悪くなんてない。


「秀介さん、本殿でのお参りはまた今度にしましょう」


「いいのか?」


「私いい場所を知ってます」


 列を抜けるのも厳しいものではあったが、それでもこのまま前へ進むよりかは幾分ましというもの。

人だかりの間を半ば体を押し込むように潜り抜け、奮闘に奮闘を重ねてようやくそこから脱出。

そして人の流れから離れるように道を進んだ先に見える、小さくて、それこそこんなものがここにあったのかと思うような社が目に入る。


「ここは?」


「わかりません。ただ前にたまたま見つけたんですよ。ここも立派に鳥居があるんですからお参りにするには十分なはずです」


 私の背丈ほどの小さな社と、大人の男の人が通れるほどの高さの鳥居。

先ほどまでいた神社からそう離れていないはずの場所なのに、喧騒はどこにもなく静寂に包まれた不思議な空間。

周囲には街灯も申し訳程度にしかなく、暗がりにひっそり佇むそれはちょっとした心霊スポットに見えないこともないくらいだ。


「失敗だったかもしれません。何かが出る前に帰りましょう」


「そう言ってる方が祟られるんじゃないか?」


「もし何かが憑りついたりなんかしたら、全部まとめて熨斗をつけて秀介さんにプレゼントです。代金もいらないですし、返品もききませんのでちゃんと受け取ってください」


 自分でここに誘っておいてなんだが、一度芽生えた恐怖心はそう簡単に取り除けるものではない。

暗いし、寒いし、何か出そうだし、秀介さんはかっこいいし。

あ、最後はプラス要素になってしまいましたが、少しでも私の気持ちが和らいだのでよしとしましょう。


「いいからお参りするぞ」


「ああ、もうわかりました!日和さんも男です!ここはばしっと決めてやろうじゃありませんか!」


「お前いつから男になったんだよ」


 何やらうるさい秀介さんは放っておいて、その背中を押しながら社へと進む。

怖いのは怖いですが、お願いしたいこともあるので手早くぱぱっと終わらせましょう。

 一度心にそう決めれば行動は素早く。

その言葉の1分後には、私と秀介さんはすでにその場所を後にするというスピードお参りを成し遂げたのだった。




 右手にはじゃがバター、左手には焼きそば、そしてそれを交互に口元に運んでくれる秀介さん。


「ひな鳥にえさをあげる親の心境を体感できるとは思わなかった」


「いい経験じゃないですか。その経験を今後に生かすためにももう少し私にじゃがバターをください」


 約束通り行きに通り過ぎた出店で目当ての品を買い、道すがらみつけたベンチで二人で仲良くそれを食べる。

カップルのお祭りデートを見事に描写したその光景は、まさに私の理想その物。

今が一月で、私達がしたのが初詣であるという事実はこの際だからちょっと脇によけておこう。


 お参り自体はスピード決着を見せる結果となったのだが、お願いことはちゃんとしてきた。

ここに来るまでにもいろいろと考えていたし、実際のところ今でもあれでよかったのかと思っている。


“秀介さんともう一歩距離が縮まりますように”


 ずっと一緒にとか、幸せにとか、そう言う願いの方がよかったのかもしれないけど、なんとなくこれが私達らしい気がしたから。

ゆっくりだけど、それでも一歩ずつ着実に。


 去年進んだ距離よりも、今年はもう一歩あなたのそばへ。


「日和は何を願ったんだ?」


 私の口へと放り込んでいたじゃがバターを、自分の口へも運びながら私にそう問い掛ける。


「間接キスですね」


「直接を何回もしてるのに、今更間接も何もないだろ」


「わかってませんね。女の子はそういうシチュエーションが好きなんですよ」


 もっとも私は秀介さんとであれば、直接でも間接でも両方でもなんでも構わないんですけどね。

 

少し体を伸ばしてそっと口づける。

周りに人がいないわけでもないので、視線が少しだけ気になったけど、周りは周りで自分たちのことに夢中だろうから多分大丈夫。

それに仮に見られたとしても、秀介さんは私の物だと周囲にアピールできるのだからそれはそれでいい気もする。


「多分願ったのは同じことじゃないですかね?」


「だとすればあまり面白くないな」


「嬉しいなら嬉しいって素直に言った方が日和さんの好感度はあがりますよ?」


 無言で口に放り込まれる焼きそばに、それ以上は何も言えなくなってしまったけど、素直じゃないのは私も同じ。

だけど気持ちはちゃんとお互いに同じだということはなんとなく分かる。


「こふぉしもよりょしくうぉねがい、しますね」


「口の中が全部なくなってからしゃべれ」


 飛んでくるでこぴんもいつもと同じ光景。

こんな毎日が、今年もずっと続きますように。


 追加で込めたお願いが叶うかどうかわかるのは、もう少し先のお話。


 今年もよろしくお願いします。


END


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