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二人の帰り道  作者: ナル
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聖夜の帰り道

 空から舞い落ちる白い雪が足元に落ちていき、無機質なアスファルトがうっすら積もった雪を反射しいつもと違った表情を見せる。

まだ誰も歩いていない道を二人分の足跡を付けて歩くのが妙に心地よくて、このままどこまでも歩いていきたいなんてことを思ってしまう。


 後ろを振り返ってみれば、私たちの歩いてきた後がずっと続いていて、まるでこの世界に自分達だけしかいないような錯覚に襲われるが、二人きりならそれはそれでいいのかもしれない。


 だって、大好きな人とずっと二人きりでいられるのだから。


「現実から逃避するはいいが、今この現実に立ち向かう方がいくらか建設的だと思うけどな」


「人は時にどこか遠くへ逃げたくなるものなんです」


「否定はしないが今するべきことじゃないぞ」


 せっかく私がロマンチックな言葉で、少しでもこの状況を打開しようとしているというのにこの人はまったく。

やまない雪が私たちの頭に少しづつ降り積もっていき、それはさながら雪山で遭難しかかっている登山者の様相を呈していて……


「なんだ、ちゃんと現状を把握してるじゃないか」


「私としたことが、少しばかり寒さにやられていたようです」


「心配しなくてもまだそこまでの変化はないから安心しろ」


 街路樹の植え込みにいち早く積もった雪をかき集めて投げつけてみたが、どうやらそれも想定の範囲内だったようで軽々とかわされてしまった。

 しかも今の攻撃のせいで冷えていた手がさらに冷たくなって、さらには感覚が怪しくなってくるというおまけつきだ。


「ほんと、なんでこうなっちゃうんでしょう……」


「日頃の行いかもな」


「今の日和さんには言い返す元気もありませんよ……」


 肩を落としても過ぎた時間は帰ってこないうえに、気持ちは際限なく堕ちていきすでに下限値いっぱいいっぱい。

せっかくの楽しい一日が崩れていくような錯覚。


 もし神様という存在がいるのなら、今すぐ私の前に現れてください。

思いっきりそのほっぺたを引っ張ってあげますので。




 午前中から電車に乗り込み近くの繁華街に繰り出し、ランチを食べ、映画を見て、ウインドウショッピングを楽しみ、夜は予約をしていた雰囲気のいいレストランでディナー。

クリスマスにカップルがするデートの一連の流れを私の完璧なプランニングのもと、しっかりと楽しみながらも時間を守りつつという、素晴らしい一日を送った。


 そしてレストランから出たところでサプライズのプレゼントを渡し、なんとなくいい雰囲気になってきたところでの雪。

ホワイトクリスマスという最高の演出で今日という日を締めくくる。


「なのに電車が止まるとか、一体日本の鉄道は何を考えて運行しているんでしょうか」


「脱線事故で人生が終わるよりかはましだろ?」


「私の気持ちとしては、今日一日という線路から脱線した気分です」


 少しちらつく程度だと思ってた雪は、その後も止むどころか勢いを増して降り続き、私たちが帰りの電車に乗ろうとした頃には、交通網を麻痺させるまでの猛威を振るようになっていた。

 駅は私たちと同じように電車に乗ろうとしていた人たちで溢れかえり、代わりの交通手段であるタクシーには長蛇の列。

住んでいる場所が田舎である私たちの住む地域まで運航しているバスなどもあるはずがなく、聖夜の最後の贈り物はなんとも素敵な帰宅難民の烙印となってしまったわけである。


「あの雪雲にミサイルでも撃ち込んだら晴れるんですかね」


「もはやいつもの遠まわしな表現がなくなっちまってるな」


「時には前衛的な表現も芸術家には必要なんですよ」


 最初は電車の運行再開を駅で待っていた私達だったが、今日の再開がほとんど絶望的であるという情報を聞いたのがつい15分くらい前。

病む追えずにタクシー待ちをしようと思い、その人気遊園地のアトラクション並の列と、消化具合の悪さを見て並ぶことを諦めたのが5分前。


 行く当てもなく聖夜の町を彷徨う私たちは、まるで駆け落ちをしたばかりのカップルのようで、それはそれでロマンチックなのかもしれない。


「思ってもないことを口にしてもむなしくなるからやめろ」


「幻想に縋ることが時に道を切り開くこともあるんです」


「今この場での幻想が繋がる先は凍死なんだろうな」


 降り続く雪は、すでに私たちの歩く道にまで積もり始めていて、きっと明日の朝になるころにはそれなりの深さまで積もることになるのだろう。

今いる場所から私たちの家まではそれなりの距離があるので、さすがにここから歩いて帰るのは現実的ではない。

 だからと言ってこのまま外で一夜を明かすのは、おそらく体のために相当よろしくはないはずだ。


 ただでさえ急激に冷え込んできた気温のせいで、さっきから体の震えがとまらない。

こんな姿を秀介さんに見られでもしたら、余計な気を使わせてしまうことは明白で、ただでさえこんな状況に陥っているのだから、これ以上は秀介さんに余計な気苦労をかけるわけにはいかないのだ。


 そんな秀介さんと言えば、先ほどからスマホとなにやらにらめっこをしているようで、こちらをちらりとも見やしないのだから、私にとっては不幸中の幸いと言ったところなのだが、それはそれでなんとも不満を覚えるのだから私も大概わがままだと思う。


「少し寒くなってきましたね」


「これから気温は下がる一方だろうな」


「どうしますか?」


「それを今考えてる」


 無言の状態に耐えかねて話題を提供したというのにこの男ときたら、こちらを見ることもなくそれですか。

なんですかまったく、彼女が寒さに震えて凍えてるんですよ。

少しは構ってくれてもいいじゃないですか。


 とかなんとか思いながらも、結局何も言うことが出来ないのは私が今の状況を招いてしまったから。


 あの日、秀介さんからクリスマスの予定を空けておくように言われた私は文字通り舞い上がってしまい、それはもうその後の何日かはテンションが上がりまくりだった。

 さーちゃんに少し落ち着けと言われても、秀介さんにでこぴんされても収まらなかった私は、次の日から早速今日という日を少しでも素晴らしいものにするために、デートプランを練りに練って、寝不足になるほどだった。


 そして当日である今日を迎えたのだが、天気予報では夜から雪が降る可能性があるとの注意喚起。

もともと車中心のこの地域では、たやすく雪で電車などはその動きを止めてしまうため、この段階で計画を練り直し、早めの帰宅を心掛けるべきだったのだ。


 そして結果はこの通り。

どうしても一日を満喫したいという欲望に耐え切れず、自分の計画を推し進めたがゆえの結末。

 最悪これが自分一人であるならまだいいが、この事態に秀介さんを巻き込んでしまったのが本山日和、人生最大の不覚。

穴があったら入りたいというのはまさに、こんな心境のときのために作られた言葉なんだろう。


「寒くないか?」


 言葉と同時に背中からすっぽり大きなものに包まれる。

大きなものというか、この場には私と秀介さんしかいないのだから、よく考えなくても秀介さんに後ろから抱きしめられてるなんてことはすぐにわかるのだけれども、まさかの事態に私の脳内CPUが処理エラーを起こしているのをなんとか察してはもらえないだろうか。


「や、え、ちょ?!」


「寒さのせいで言語機能がお陀仏になったか」


「そ、そういうわけではないのですが、この状況はどういうことなのかと言いますか、嬉しすぎてどうにかなりそうと言うか、心臓がエイトビートを刻み始めたと言いますか……」


「とりあえず日和は日和みたいで安心した」


 何に安心してくれているのかは知りませんが、私の今の状態はやばいですよ!?

いやもうほんとに、心臓の音が耳元で聞こえるくらいに大きくて、尚且つ秀介さんの声まで耳元で聞こえるものだから、全身から汗が噴き出しているような感じです。

あ、でもはからずとも寒さはしのげましたかね。


「寒かったり暑かったり忙しい奴だな」


「誰のせいですか、誰の!!」


「俺のせいじゃないことは明らかだろう」


 抱きしめられる腕に少しだけ力がこもっていて、それがまた少し苦しくて、だけどとっても嬉しくて。

もう何が何だかわからない。

これはもう夢なんじゃないかと疑いたくなるほどに、とても甘美な瞬間。


「今日はありがとな」


「はい?」


「お前が何を考えてるかくらいだいたいわかる。だから一応伝えとくけど、俺は今日一日楽しかった。だからあえて早く帰ろうと言わなかった。せっかくの一日を日和と少しでも長く過ごしたかったからな」


「な、ななな、なな」


「なが多すぎる」


「なんて恥ずかしいことを耳元で言ってくれるんですか!?」


 思わず叫んでしまった言葉はそんなもので、本当なら飛び上がりたいくらい嬉しいのに、それを素直に伝えることが出来ないのは私の性格ゆえなのか。


 でもすごく嬉しい。


 だって秀介さんがそんなことを言ってくれるなんて思わなかったから。

私が今日のためにしてきたことが、無駄なんかじゃなくて、ちゃんと喜んでもらえたってことがわかったから。


「俺も俺でいろいろ考えたんだけどな。日和のプランよりもいいものにはならなかったと思うよ」


「秀介さんは私を喜び死にさせたいんですか?」


「ネーミングセンスの欠片も感じられないぞ」


 だって、そんなことを言ってくれるなんて思ってもみなかった。

さっきプレゼント交換も済ませましたけど、その言葉の方が、私にとっては何よりのクリスマスプレゼント。

これも聖夜の力なんでしょうかね。


「喜んでくれてるとこ悪いんだが、ひとつ提案がある」


 抱きしめられた背中から伝わる秀介さんの鼓動が、さっきよりも早くなっているのはきっと気のせいじゃない。

その証拠に、いつもよりも声が上ずっているように聞こえるから。


「近くに宿泊施設があるらしい。いくら聖夜だからって、雪の中で凍死はごめんだ。というわけでそこで一泊するのはどうだ」


 先ほどまでスマホで何かを調べていたのはつまりはそう言うこと。

年頃の男女がクリスマスの夜に一夜を共にする。


 それが何を意味しているのかくらい、私だって子どもじゃないのだから分かっているし、何よりそれを望んでいたのも事実。


「期待してもいいんですかね?」


「その返しは予想してなかったけど、まあしてもいいんじゃないか」


「それなら問答は無用です。迅速にそこに向かうことにしましょう」


 抱きしめていた秀介さんの腕を振りほどき、その手を掴んで走り出す。

さっきまで寒さに震えていた体は、今はその真逆のと言っていいほどに熱いけど、それは全然嫌じゃない。


「引っ張るのはいいけど、場所わかるのかよ」


「そう言うならたまには秀介さんが引っ張っていってください」


 きっと今夜は素敵な夜になる。

これから先もきっと、一生忘れることなんてできない夜に。


 私の言葉の通りに、いつの間にか逆転した立場に引っ張られる私。


 少しだけ怖いけど、それでもこの手についていけば大丈夫だって信じているから。

だから、新しい一歩を踏み出す帰り道。

今日という日はまだ終わらない。


END


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