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二人の帰り道  作者: ナル
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少し幕間な帰り道

 できれば毎日大好きな彼と下校を共にすることが理想ではあるが、何事もそううまく事が運ぶということはまずなくて、それはつまり時に秀介さんと一緒に下校ができないということを意味することなのであるのだが、それに私が納得をしているかと問われれば答えはノーだ。


「隣に秀介さんのいない帰り道なんて、焼きそばに紅ショウガが入っていないくらいに無意味です……」


「紅ショウガが嫌いな人もいるんだし、それはどうかと思うけど。というか一応私と一緒に帰ってるんだからそう言われると少し傷つくよ?」


「確かにそうですね。それじゃあ、海苔の入っていないのりたまくらいにしておきましょうか。私のりたまの緑のやつが好きなんで、海苔が入ってなくても我慢できますので」


「うん、もう何でもいいかな」


 というわけでいつも秀介さんと歩く帰り道なのだが、今日は残念なことに隣を歩くのは別の人。

秀介さんは今日は委員会の仕事があるらしく、遅くなるから先に帰れと以前から言われていた。

もちろん健気な彼女ある私は、終わるのを待っていると進言したのだが、いいから帰れと突き放されてしまったという次第である。


「まさか浮気でしてるんでしょうか」


「それについて散々裏をとって間違いなく委員会だってわかったでしょ。それに千種先輩に限ってそれはないと思うけど」


「いえいえいえ、さーちゃんは知らないでしょうが、あれで秀介さん結構ムッツリですので、どんないやらしいことを考えているかわかったものではないのですよ」


「先輩、よくひよっちと一緒に毎日過ごせるよね」


 失敬なとも思ったが、他人から、もといさーちゃんからの評価は特に気にする必要もないので脇に置いておくことにする。

 肩まで伸びた少し茶色みがかった髪を揺らしながら、私の隣でため息を吐いているがいつものことなので構わない。

というよりも、お互いに言っていることが本心ではないということがわかるくらいの付き合ではあるので、これも一種のコミュニケーションなのだ。


 さーちゃんとの出会いは実はそう昔なわけではなくて、実は中学も終わりに差し掛かって来たあたりだったりする。

 

 佐伯咲綾、両親の都合で都心からこんな片田舎へ引っ越してくるという、何かのお話の登場人物にありそうな設定なのだが、現実にそれが起こると本人としてはさぞかしきつかったことだろう。


 生活環境も人付き合いも何もかもが違うこの環境に急に放り投げられ、すでに出来上がってしまっているコミュニティに馴染むことが出来ず、一人で過ごしていた日々。

 誰とも話すことが出来ずにふさぎ込んでいつも俯いていた印象だが、そんな子がある時を境に私と一緒に行動をするようになったのだから、人生という物はかくも面白い。


「それが私の人生の最大の間違いだったのかもしれないけどね」


「いつだって成功と失敗は紙一重なんですよ」


 出会いの物語についてはまあ今はいいだろう。

そんなに面白いものでもないし、特に秀逸な落ちがあるというわけでもない。

 ただ私にはさーちゃんという友人がいて、その友人と今日は一緒に帰っている。

そして愛しの秀介さんはいない。

今大事なのは最後の一点それだけだ。


「やっぱり私は省かれてるんだね」


「何事も省エネな時代ですからね」


「同じ字を使ってるからって、意味合いまで一緒ってわけじゃないんだよ?」


 半ばコントのような会話もいつも通り。

私のこのテンポについてきてくれるのは、秀介さんを除けばさーちゃんだけなので、心の中では結構感謝していたりする。

地球が逆回転したとしてもそんなことを本人に言うつもりはないけれど。




 いつも片方の手は秀介さんと繋がっているので、今日はそうじゃないことが違和感でしょうがない。

一瞬だけさーちゃんの手でもいいかと思ったけれど、私には百合属性はないということを思い出し、間一髪で掴みかけた手を引っ込めることに成功した。

本当に危ないところだったと思う。


「まるで人の手を汚物みたいに言わないで欲しいんだけど」


「そうは言ってません。ただ私の手は秀介さん専用だということを思い出したまでです」


「ひよっちはぶれないね」


「しっかりと大地に根をおろしていますので」


 毎日が寒いことの季節だけれども、まだ雪が積もっていないあたりましというものだ。

例年この時期になると降り始める雪は、辺りをたちどころに白の世界へと変貌させ、そして本格的な冬の訪れを私たちに告げる。

 雪そのものが嫌いなわけじゃないけれど、歩きにくいことこの上ないので出来ればあまり積もらないで欲しいのが本音だったりもする。


「そういえばひよっちはクリスマスの予定はあるの?」


「くりすます、ですか?」


「なんでそんなイントネーションが違うのかな……」


「生憎クリスチャンではないもので」


「わざと言ってるよね?」


 そういえば、そろそろそんな時期が訪れるころだったことを思い出す。

最近、秀介さんとの関係が徐々に深まっていることに気を取られて忘れていたが、クリスマスと言えば恋人たちのためのイベントと言っても過言ではないではないか。


「何も約束してないの?」


「これからする予定なんですよ」


「それはつまり現時点ではないってことだよね?」


「減らない口はこれですか」


 少しばかり癇に障ったのでさーちゃんのほっぺたを引っ張ってみることにした。

思いのほか柔らかくて、そしてお餅のように伸びるそれに、思わず嫉妬を覚えたのはなぜだろう。


「つめひゃいし、いひゃいよ……」


「生憎日本語しかわからないんですよ。最近英語も頑張ってはいるんですけどね」


 どうにも高校に入学してからあまり振るわない英語のテストの点数を思い出してみるが、それでも最近では割とましになったと自負はしている。

ちょっと前までは赤点付近でうろうろしていた点数が、直近のテストでは平均点には届かないもののその付近まではいったのだから褒めてもらいたい。

 これも全部、私に勉強を教えてくれた秀介さんのおかげであることは間違いない。

本当に有能な彼氏過ぎて頭が上がらないというものです。


「冷たかった……」


「悪は滅する運命にあるんです」


「人を悪呼ばわりするほうが悪だと思うんだけどな」


 とりあえずもう一度さーちゃんのほっぺたを引っ張っておくことにしよう。

冷たい風のせいで冷えた手が、他人の体温を吸収し、じんわりとしたぬくもりに包まれる。

そんな心地よさを感じることが出来るのも、あの時勇気を出して話しかけたからかな、なんてことを思ったけれど、それも伝えるつもりもやっぱりなかったりする。


 だって、いかに心許せる友達だからと言って、全部を包み隠さず伝えるのは恥ずかしいから。




 いつもは二人で歩く道も、今日この時に限っては一人きり。

さーちゃんは帰る方向が一緒とはいえ、秀介さんと違って家がお隣というわけでもないのだから最後まで一緒に帰るわけもなく、つい数分前に分岐点で別れている。


「クリスマスですか」


 実際自分が忘れていたとはいえ、秀介さんから何も言ってこないというのはどういうことなのだろうか。

仮にも付き合い始めて最初のクリスマスなのだから、何かしらのアクションがあってもいいのではないかと思うが、そこまで考えてやめた。


 あの人はよくも悪くそういう人で、基本的に自分から何かのアクションを起こすということは滅多になくて、いつも口に出すことの10倍は物を考えているような人。

そんな人がことイベントに対して、何かのアクションを起こすとは到底思えない。


 そう考え直すとあの春の日に告白をされたことが、まるで嘘みたいに思えてきてしまうが、気持ちはしっかりいつももらっているから大丈夫。


「仕方がありません。奥手な秀介さんのために、明日にでも日和さんから誘ってみましょうかね」


 だからいつも通りこちらから動こう。

本当のことを言えば、毎回こちらから何かをするというのは少し物足りなかったりするけれど、大事なところはちゃんとしてくれる人だということはわかっているから。

最後にはしっかりと決めてくれるということを知っているから。


 そう決めてしまえば心は軽く、すでに頭の中は来る日に備えた計画に切り替わっていく。


精一杯の気持ちを込めて、楽しい日にしてやろうじゃありませんか。

そうですね、仕方がないので大事なことを思い出させてくれたさーちゃんにも、何かプレゼントを考えましょうか。

日和サンタは気前がいいと評判ですからね。


 今日の帰り道は少し物足りないけれど、たまにはそんな日もいい。

だって、それが次に会える時に何倍にもなって帰ってくるのだから。


 少し小走りになって見えてきた自宅に向かって走り出した私が、鞄の中で光るスマホのメッセージに気づくまであと少し。


“クリスマス予定開けとけよ”


END


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