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二人の帰り道  作者: ナル
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決意新たな帰り道

 女三人寄れば姦しいという言葉があるが、では男が三人寄るとどうなるのだろうか。


 一応『たばかる』という暑苦しいだとか、むさ苦しいと言った意味の言葉が存在はするが、今のこの状況を表すには少々適切ではない気がする。


「千種、この前の話考えてくれたかな?」


「この前も言ったはずだ。考慮にも値しないってな」


「そう悪い条件じゃないと思うけどね。君は可愛い女の子を何人もかこい、僕は本命の女の子を得ることができる。まさにwinwinだと思うんだけどな」


「ほんとにそう思うのなら、お前の頭が所詮その程度ってことなんだろ」


 さて、この状況を俺はどうしたらいいのだろうか。休日も明けた月曜の昼休み。昨日の本山姉妹との調査のことも含め、千種に色々と相談しようと思ったのだが、弁当を持って向かった千種のもとにはすでに先客がいた。


「頼むよ千種。俺に日和ちゃんを譲ってくれ」


 男といるよりも女といる方がはるかに多いと評判の、実際その評判通りなのだが、新瑞橋が千種に無理難題を放り込んでいる所だった。


 聞くところによれば、どういう経緯かは知らないが、新瑞橋は本山のことをいたく気にいったらしく自分のものにしようと画策しているらしいのだ。


 実際この男は以前に彼氏持ちの子を見事に釣り上げた前科を持っている。口たくみに誘惑し、女の子の方から彼氏へ別れを告げさせ破局へと誘った。

 その後少しの期間その女の子と付き合ったらしいが、すぐに飽きて別れたとはもっぱらの評判だ。


 それでも新瑞橋が直接非難されることがないのはそのやり口のせいだろう。

 確かに誘惑はしたが、それはあくまで友達の範囲を超えるものではなかったらしい。加えて無理矢理別れさせたわけでもなく、女の子が自発的に別れたのだから誰も文句など言えるはずもない。

 しかも新瑞橋は校内でも有数のイケメンであり、部活での評判も上々となれば、それについて表立って非難すれば非難した側が悪とみなされる可能性もある。


 だから誰も何も言えなかったのだ。


「新瑞橋、これ以上言うなら覚悟しろよ」


 だから周囲は今回も心配していたのだが、新瑞橋の標的が本山であり、その彼氏は千種だと言うことになると話は変わる。


 千種秀介には手を出すな。


 これがこの学校、いや、この田舎町での決まり文句となっている。

 普段は冷静沈着、頭もよく運動神経抜群、だが表立って目立つことはないようにしているせいで目立つことはないが、以前同じように本山に手を出そうとしたバカが見るも無残な結末を辿ったことは記憶に新しい。


 詳しい経緯は省くが、とにかくそれ以降千種には気を付けろと言うのが周知の事実となったのだ。

 それはつまり、千種が誰の目から見ても大切にしている本山に手を出すなと言うことと同義。だからこそこの新瑞橋の強行に、教室中の誰もが内心で怯えていた。


 どうか千種の逆鱗にふれませんようにと。


 そんなわけで、俺は二人の話を近くで見ながら話しかけるタイミングを探っていたのだが、助け舟は思わぬところから現れる。


「千種に話があるなら早く話しかければいいじゃない?千種も新瑞橋なんて鬱陶しい以外の何ものでもないんだから、むしろ喜ぶでしょ」


 まさに鬱陶しがられている本人に聞こえるボリュームでそんなことを言える人物を俺は一人しか知らない。いや、本山がいたから二人だな。


「一応俺も気を使ってるんだよ」


「でかい図体のくせに気を使うなんて殊勝なことは似合わないって!」


 高畑 雫。俺の幼馴染であり腐れ縁の友人だ。ショートカットの髪に日に焼けた少し黒い肌、笑った笑顔は悪戯っ子のように無邪気で実年齢よりも少し幼くも見える。

 陸上短距離のエースであり、大学もそっち方面に行くらしい。あまり女子受けしない俺に物怖じしない数少ない女子でもある。


「千種!剛士が用があるってさ!」


 俺の気遣いを完全に無視して、千種に声をかける雫。それをされると今千種と話してる新瑞橋から俺が睨まれるわけなんだが。


「話は終わったからいいぞ。ここだとうるさい奴がいるから外に行くか」


「いやまだ話は終わってないって……!」


 弁当を持って席を立つ千種を引き留めようとする新瑞橋だが、千種の人睨みで流石に大人しく引き下がったようだ。

 未練がましくこちらを睨んでいるが、よくよく考えればあいつに嫌われたところでどうでもいい。


 新瑞橋のことは放っておくことにして、俺は千種を伴って教室を後にしたのだった。


 ◇


 授業中は人がいない中庭も、昼休みともなれば何人かの生徒がいる。友達と昼飯を食べる者や、すでに食べ終えたのか話に花を咲かせる者、中には一人で午後の授業に備えて英気を養うなど、人によって過ごし方は様々だ。


 その一角に陣取り、俺たちもまた昼飯を食べながら話をしようと思っていた。思っていたのだが、千種と二人だと思っていた場所に呼ばれてもない人物が着いてきていた。


「雫、どうしてお前まで着いてくる」 


「私がいると都合が悪いわけ?」


「悪いというか面倒だからどっかいけ」


「なるほど、つまり剛士は私に喧嘩を売ってるわけね。OK、いいいわ、その喧嘩買おうじゃない」


 さっきの教室に引き続き、なぜか雫も俺たちに着いて中庭に来ていたのだ。

 別に俺とて雫がいることが悪いとは言わないが、千種に話したい内容的にこいつがいると面倒なのだ。


 佐伯のことは雫には当然何も話していないので、もし一緒にいるとなるといちから事情を説明しなきゃならない。長いようで短い昼休みにそれをしていたら、肝心の内容を話す前に昼休みが終わってしまうことは明白だ。

 現状への打開策を見つけたい俺にとって、そんな時間の無駄なことはしたくないというのが本音だった。


「高畑、一緒にいるのは構わないが、話の邪魔はするなよ」


「なにさ、千種も私をのけものにしようっていうの?」


「子どもじゃないんだから分かったことを聞くなよ。いちから説明してたら時間が足りないって言ってるんだ。詳しいことは後で本郷から聞け」


 千種の言葉に黙る雫。


 流石は千種と言ったところか。多分俺が同じことを言ってもこうはならないだろう。自分の気になったことは、とことん追求しないと気がすまないのが雫の良い所でもあり悪いところでもある。

 物怖じしない性格も相まって、相手が男だろうがストレートに切り込むところはいいのだが、こういう時には面倒なことこの上ないのだ。


 しかしそれを千種は軽くいなした。千種が雫を持ってしても一目置いているというのがよくわかる。出来たらそれを俺に対してもして欲しいのだが、無駄なことは考えてもしょうがないだろう。


「本郷、時間もないんだ。早いとこ要件を言えよ。佐伯に関することだろう?」


「お、おう!それがだな……」


 この一週間のこと。そして昨日の本山姉妹との調査のことを、俺は掻い摘んで千種に伝えていった。

 途中で何度か雫が詳しいことを聞きたそうにしていたが、その都度千種が睨みをきかせていたようで、まだ昼休みをだいぶ残した段階で俺の説明は終わる。


「そんなところだ。この一週間色々と調べたんだが、原因が全く分からなくてな。千種に何かアドバイスでももらえないかと思ったってわけだ」


 黙って話を聞いていた千種に、次の反応が読めない俺は内心冷や汗だらだらだったりする。


 本山から直接聞いたわけではないが、今回の件に千種が積極的に絡んでいないのは明白だ。それは昨日来ていなかった事もそうだし、何より本山がこの一週間、千種の話をあまりしなかったことからもよくわかる。


 どんな事情があるのかは分からないが、そこに俺が立ち入るのは何となくはばかられて理由は聞いていない。

 それでも今日、俺が千種に相談を持ちかけたのは、単純に俺が佐伯の今の状況を何とかしたいと思ったからだ。千種にも何かあるのかもしれないが、俺は俺の気持ちを優先した。ただそれだけに過ぎない。


「本郷は結局どうしたいんだ?」


「どうって、どういうことだよ?」


 質問に質問で返す。千種の聞いている意味がいまいち分からなかったからだ。


「お前は佐伯をどうしたいんだって聞いてるんだよ。問題を、しかも相当な問題を抱えた佐伯を、お前はどうしてやりたいんだ?」


 言葉を付け加えてもらってようやく千種の問の意味がわかる。いや、分かったのは上辺だけで、今の問いの本当の意味などは分かりはしない。分からないが、俺はその質問の答えを考えた。


 俺は佐伯をどうしてやりたい?


 受験生で、本当なら自分のために時間を使わなきゃいけないはずなのに、それを削ってまで佐伯を何とかしてやりたいと思っているのはどうしてだ?


『本郷先輩!今日すごく楽しかったです!ありがとうございました!』


 思い出すのはあの日、千種達と行った遊園地の帰り際の佐伯の表情。

 確かにあの時、佐伯は心からの笑顔を浮かべていて、こんな俺なんかと一緒に遊園地をまわって楽しかったと言ってくれていた。


 その笑顔を見て、俺もすごく嬉しかったのを今でもしっかり覚えている。


 佐伯のことが好きだとか、付き合いたいとかそういうのは俺にはまだよくわからないけど、それでも確実にひとつだけはっきりとわかることがある。


「俺はあいつをもう一度笑顔にしてやりたい」


 あの日から直接顔を合わせてはいない。いないが、昨日、佐伯の家に行った時に一言だけ聞いた言葉で、今の佐伯が笑っていないことだけはわかったんだ。


『帰って』


 感情のこもっていない冷たい声はあいつには似合わない。だから俺が、あいつの笑顔を取り戻してやりたい。


 それが俺が佐伯にしてやりたいことだ。付き合いが短いだとかそんなものは関係ない。俺は俺がそうしたいからこうして動いているのだから。


「ちゃんと分かってんじゃねぇか」


 俺の言葉を聞いた千種は、この日はじめて少しだけ笑った。どっちかというと苦笑の方が近いかもしれないが、ようやく少し表情を崩してくれたようだった。


「俺から言えるのはこの前も言ったとおりだ。お前はお前のしたいように、やりたいように動けばいいんだよ。そうすりゃ結果は後から勝手についてくるさ」


「そんなに上手くいくか?」


「どうせこのままじゃ何も状況は変わらないんだから、本郷のやりたいようにした方が後悔もないだろ?」


 確かにそうかもしれないな。


 特に具体的なアドバイスをされた訳じゃない。言われたことは千種の言うとおり、この前と何一つ変わっていないのに、それでも迷いが晴れていくのは何でなんだろう。


「ありがとうよ」


「礼なら目に見える形で頼む」


「今度ラーメン奢る。うまい店見つけたんだ」


「覚えとくからな」


 やることは決まった。俺は残った弁当を一気にかきこむと、もう一度だけ千種に礼を行って立ち上がった。


「今日の放課後、もう一度行ってくる」


 見上げた空は俺の心と同じくらい、晴れやかだった。




 ふっきれた用な表情をした剛士が中庭を去るのを、私はただ眺めていることしか出来なかった。

 多分、自分にとって非常に不都合なことが起こりかけているのはわかっているのに、それに対してどう行動を起こしたらいいのか分からなかったのだ。


「高畑も、自分に後悔のないように動けよ」


 その言葉を残して千種もまた中庭から去っていく。


 どうしてか、今の言葉が千種が千種自身にも言っているような気がしたのは、きっと私の気のせいなのだろう。


 ◇


 昨日も通った道を、今日もまた歩いている。昨日と違い今日は俺一人だけだが、それはもう些細な事でしかない。


 向かう先には目的地である新興住宅地。そこにある一軒の家。


 佐伯が何に悩んでて、どうして誰にも言わないのかは俺には分からない。多分馬鹿な俺が珍しく頭を使ったところで、真実にたどり着く事はできないだろう。


 佐伯の家にたどり着いた俺は、二階の角部屋を見上げる。昼間なのにカーテンの引かれたその部屋は、誰にも会わないと決めた中の住人の心情を表したようだ。


 なら俺は俺にできる事をすればいい。決して頭のいい方法じゃないかもしれないが、きっとなるようになる。これまでだってずっとそうやって来たんだから。


 思い切り息を吸い込み、全てを拒絶した部屋に向けて思いっきり叫ぶ。


「佐伯ーーー!!遊びに来たぞーーーー!!出てこいよーーーー!!」


 吉と出るか凶と出るかは、後は神様の言うとおりだ。

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