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二人の帰り道  作者: ナル
24/26

徒労に終わる帰り道

 頑張れば報われる。努力をすれば結果が出る。


 言葉にすれば素晴らしく、多くの人から共感される言葉だろうが、その言葉の通りになるほど世の中は甘くはない。どれだけ頑張っても結果など出ず、死ぬほど努力をしても報われない。厳しいことを言うようではあるが、そうなってしまう人の方がはるかに多いのが現実なのである。


 頑張り、努力をし、さらに一握りの運をつかみ取ったものだけが成功を勝ち取る。それが自然の摂理であり、私たちが生きている世界というものなのだ。


「だから仕方ないのです。今日もなんの成果も得られなかったのは自然の摂理であり、この世の真理なのですから」


「どんだけ壮大な話を持ってくるんだお前は!?」


「本郷先輩、お姉ちゃんの妄言にいちいち付き合うだけ無駄です。体力と精神力の無駄遣いです」


「妹……、お前も苦労してるんだな」


「世の理を理解できない二人は大人しく私について来ればいいんです!あんまり聞き訳がないと、さーちゃんの代わりにほっぺを引っ張りますからね!あ、本郷先輩は腕をつねります!!」


「いや、やめろよ!地味にいてーだろうが!って、言ってる傍から!?やめろ!だから痛いって言ってるだろうが!!」


 腕を思い切りつねる私に、痛がる本郷先輩。その後ろで呆れ顔で見ている妹の月陽。


 今日私たちは三人で一緒に帰路に着いている。徒労という、疲れ以外に何も残らない結果を抱えながら。


 ◇


 さーちゃんの謎の引き凝りを探ろうと意気込んだのはいいのだが、どこからどう手をつけたらいいのか分からなかった私たちは、とりあえず聞き込みを行うことにした。

 

 捜査の基本は足を使うこと。


 どこかの高名な探偵がそんなことを言っていた気もしなくはなかったので、それに習って私達も足を使って地道な捜査をすることにしたのだ。


 最初は私と本郷先輩で調べ始めたのだが、いかんせん人手が足りない。というわけで急遽、家で惰眠を貪っていた月陽にも姉の権限で強制召集をかけて、休日である今日、捜査を決行したというわけだ。


「と言っても、こんな狭い片田舎じゃ話を聞ける奴なんて限られてたけどな」


「くまさんは黙ってください。報酬のはちみつが露と消えることになりますよ」


 くまさんの戯言は流すにしても、実際言っていることは事実。私たちの住む田舎町では、調べられることなど限りがある。

 さーちゃんが学校に来なくなってからすでに一週間。休日である今日を迎える前に、すでにさーちゃんと交友のある人からは何か心当たりはないかと聞いている。結果は何も知らないという答えが全てであり、捜査は開始直後に暗礁に乗り上げたというわけだ。


 しかしそれも当然なのかもしれない。思い返してみれば、さーちゃんに何かが起こった可能性があるのはあのダブルデートの直後。しかもその夜に私に電話をしてきている時は普通だったことを考えると、その後に何かが起こった可能性が非常に高い。


「だからって佐伯先輩の周りの家の人が何か知ってる可能性は低いと思うんだけど」


「だから月陽は素人さんなんです。こういう時はまず、まわりから潰していくのが捜査の基本なんですよ」


 だからまず、私たちはさーちゃんのご近所さんに話を聞きに来たのだ。月陽はああ言うが、実際近所の人の話というのは馬鹿に出来ないのだ。

 都会であればいざ知らず、田舎というのはどうしても近所の人によるコミュニティーが自然とできてしまう。しかしその集まりはこと情報という面において、時にえげつないほどに凶悪になる。

 基本的には仲のいいご近所さんだが、ひとたび話題となる情報があればそれは瞬く間に拡散していく。しかも近所という限定された集団だからこそ話題の発見も早く、また広がり切るのも早いのだ。


 加えて田舎というのは娯楽が少ない。ゆえにみんな何かしら話題に飢えている。そんな中でさーちゃんの不登校などというネタが提供されれば、何かしらの話題になるのは確定と言って間違いない。


「どれも盛られすぎてて話になんなかったけどな」


「こういう時に尾ひれどころか背びれやあまつさえ、腕なんかまでつけちゃうのが噂話の悪いところです」


「もはや話の原型もなくなってた気がするけど」


 予想は当たり、さーちゃんの住む新興住宅街では、さーちゃんがこの一週間学校に行ってないという件はしっかり噂になっていた。

 学校でのいじめ、両親による虐待、はたまた借金の方にヤクザに売られかけているなど、根拠が何処にあるのかてんで謎な話になってはいたのだか、その中にひとつ気になる話があった。


『確かこの前の週末だったと思うんだけどね、夜に紗綾ちゃんの部屋から叫び声みたいなのが聞こえた気がするのよね』


さーちゃんの隣に住んでいるおばさんの証言。このおばさんの寝室はどうやらさーちゃんの部屋と隣接した位置にあるらしく、たまたま聞こえたそうなのだ。

 最初は聞き間違いかと思ったらしいのだが、その後もすすり泣くような声が聞こえたため、記憶に残っていたらしい。


「まさか何かに巻き込まれたとかじゃ……」


 月陽が心配そうな顔をしてこちらを見るが、私に答えを出すすべはない。

 仮にさーちゃんが何かに巻き込まれたとしたら、流石に誰かに相談をすると思う。何かしらの不自然な点もあると思うのだが、近所の人の話では特段最近変わったことは無かったそうだ。


「どっちにしろ、何かあったとするならその時の可能性が高いってわけか」


「そういうことです。そこに行き着いたくまさんには、ご褒美にこのさっき拾った木の枝をあげましょう」


「いるかそんなもん!!おい、妹!この姉いい加減なんとかしてくれ!」


「私になんとか出来るならこんな性格になってませんよ」


 肩を落とす月陽と何かを悟ったように同じく肩を落とす本郷先輩。非常に失礼なことを言われている気がするが、今は無駄なことに頭のリソースを割いている場合ではないのだ。


 さーちゃんの異変はあの電話のあと、夜の間に起こった可能性が高い。本人が取り合わずに話してくれないのであれば、その他の人、つまり自宅にいたであろう家族に聞けばいいと言うことにもちろんなった。

 なったのだが、事はそう簡単には進まない。


「まさかさーちゃんのご両親が超多忙な仕事人間だったとは予想外でした」


 これまたご近所さんからの情報なのだが、どうやらさーちゃんのご両親は非常に仕事が忙しい人らしい。

 そもそも都会に住んでいたはずのさーちゃんがこの田舎に来たのは、両親の仕事が原因と聞いたことがある。何もないが土地はあるこの田舎町を開発しようと、大企業が目を付けたらしいのだが、どうやらさーちゃんのご両親はその関係でここに引っ越して来たらしいのだ。


「しかし近所の噂話って恐ろしいよな。こんな個人情報まで筒抜けになっちまうんだからよ。俺も精々気をつけることにするぜ」


「そうですね。本郷先輩は特に気をつけないと、猟友会の方々が黙ってませんもんね」


「だから熊ネタをいつまで引っ張るんだよ!?てか、今の妹の方かよ!お前ら揃ってほんとに悪魔だ!!」


 ついに月陽がくまさんをいじり始めたので、私はそんな二人を無視して一人帰路につく事とした。


 いくつか情報を知ることはできた。いくつか推論をたてることもできた。だが、事は何も進んではいない。


 まさしく徒労。


 親友のためにどうにかしたいのに、自分には何も出来ず、肝心の親友からも頼ってはもらえないという悔しさ。


 そして何よりも私の心を苛んでいたのは、私がさーちゃんのことを何も知らないという事実だった。そう、さーちゃんのご両親のことも、家族構成すらも知らなかったという、親友と言いながらも相手のことを知ろうとしなかった自身への嫌悪に他ならなかったのだ。


 ◇


 本郷先輩と別れ、月陽と共に家に帰っているが、私達の間に会話はない。

 先輩がいるときは、沈んだ心を悟られないように振る舞う余裕はあったのだが、月陽しかいないのであればそれを気にする意味はない。

 流石に私の妹だ。どう隠そうとしたところで、私の考えていることくらいバレてしまうだろう。それが分かるくらいには、信頼し合った姉妹なのだから。


「ねえ、お姉ちゃん」


「なんです?今の私はあまり月陽に構える心のゆとりはありませんよ?最低でも1000円からでないと動きません」


「……秀介さんは?」


 私のこの状況で言える精一杯の冗談をスルーして、いきなり核心をつくあたり、月陽は私の妹なのでしょう。


「何か用事があるらしいです」


「用事って……急ぎなの?」


「内容までは聞いてませんから」


 今日の聞き込みは私と月陽と本郷先輩で行った。そこに私が一番頼りにしている人はおらず、当然今の帰り道にもいるはずはない。


 当然私は今回のことを調べるに当たり、いの一番に秀介さんに相談をしたのは言うまでもない。冷静で頭のキレる秀介さんがいれば、調査が上手くいく確率は格段に跳ね上がるのは目に見えているからだ。

 加えて受験を控え、こちらからあまり誘うことも躊躇ってしまうこの頃なので、色々と私にとって好都合だったのだ。


 しかし秀介さんから帰ってきたのは、私にとっては予想外の返答だった。


『悪いが俺も用事がある。佐伯の件は日和がなんとかしてくれ』


 まさかの門前払い。正直なところ、私は秀介さんなら自然に手伝ってくれるものだと思っていた。さーちゃんのことはもちろん秀介さんだって知っているし、何より私の親友でもあるのだから。


「私が甘え過ぎてたってことですかね……」


 私に関することなら秀介さんは断らない。自信は甘えとなり過信へ変わる。いつの間にか私は秀介さんに頼りすぎるあまり、少し傲慢になっていたようだった。


 さーちゃんに関することと秀介さんのこと。この2つがダブルパンチとなって、私の精神をサンドバッグにしていた。

 流石にこれは堪える。人よりも少しばかり心臓が強靭な私ではあるが、それでも家族を除く自分の最も信頼している人たち二人にこのような態度をとられてしまっては、いつもの元気が家出してしまってもおかしくはないのだから。


「お姉ちゃん……」


「このままではメンタルの不調で二軍降格待ったなしです……」


「どうしていちいちボケを挟まないと会話できないのよ!!」


 月陽が何やら怒っていますが、これは私のアイデンティティのようなものなので仕方がありません。というよりも、こんな風に冗談でも言っていなくてはやってられないのです。


「秀介さんにもう一度相談してみようよ!これまでの状況をまとめて簡潔にさ!!そうすれば秀介さんも忙しいかもしれないけど少しだけなら……」


 きっと私を元気付けようとしてくれているのでしょう。まったく、我が妹ながらできた子です。正直、ちょっとだけうるっと来たのは内緒です。お礼に後日何かお菓子でも作ってあげようと思ったことも内緒です。

 心ではそう思い月陽に感謝しつつ、私は月陽を睨むことでそれ以上言葉を続けさせはしなかった。


「秀介さんが忙しいと言っているんです。加えて私に任せたとも言いました。秀介さんが自分で手伝うと言ってこない限り、こちらから邪魔をするわけにはいきません」


「でもっ!!」


「でももかかしもおかかもないんです!この話題で秀介さんの名前を出すことは禁止です!」


「お姉ちゃんっ!!」


「わかりましたか!?」


 次第に大きくなる私たちの声だが、ここが田舎町であることが幸いした。田舎ゆえに今私たちがいる帰り道に他の人は誰もいない。こんな田んぼが広がり、近くにはもはや私たちの住む家くらいしかないような場所には他の人など来る理由がないのだから。


 月陽は納得がいかないのだろう。訴えかけるような目を私に向けるが、私はこれ以上はとりあう気はないのでその視線を切って家に向かうことにする。


「ばか……」


 背後から投げかけられる言葉に私は耳を塞いだ。


 日が暮れる帰路に伸びる二つの影。言いあいながらも、それでもその影が一定の距離以上に離れていかないのはきっと、姉妹という信頼関係から来るものだったのだろう。


 ◇


『今日は何も進まなかったけどよ、明日も頑張って調べようぜ!!』


 徒労に終わった今日一日。

 不毛な言い争いや、精神的なダメージにより布団の中で珍しく泣きそうになっていた私を慰めてくれたのは、くまさん、いや、本郷先輩からの一通のメッセージだった。


「……くまさんから、しろくまさんへの格上げを考えてあげましょう」


 凹んでいる場合ではない。


 メッセージの送り主が本郷先輩であることは少しばかり癪な気もするが、それでも少しだけ救われたのも事実。少しだけ、ほんの少しだけ本郷先輩へ感謝をしながら私は目を閉じた。

 これなら明日からもまた頑張れる。全部を早く解決して、またみんなで一緒に笑える空間を作りましょう。それこそが私が望んでいることなんですから。


 弱い自分にばいばいをしておやすみなさい。目から涙がちょっとこぼれた気がするけれど、布団が吸収してくれるのだからノーカウント。


 さぁ、早く寝て全部忘れて、明日もまた頑張りましょう!!

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