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二人の帰り道  作者: ナル
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姉弟での帰り道

 普段大学から帰るときは一人のせいで、あまり立ち寄ることのないオシャレなカフェ。ほんとは入ってみたいのだけど、田舎育ちの私としてはどうにも気遅れしてしまってこれまで入ることが出来なかったのだ。

 決してぼっちというわけではない。この千種柚葉、決してぼっちではないのだ。ちゃんと友達の一人や二人はいます。あんまり多くはないけどちゃんといます!


「やっぱり一人より二人ってことだと私は思うの」


「人を先頭にして注文含めて何一つ喋らなかった奴の台詞とは思えないな」


「姉弟は助け合うべきだと私は思うの。絆って大事よね?」


 ジト目でこちらを見ている弟は放っておいて、私は目の前のパンケーキに舌鼓を打つ。

 いつもこのお店の前を通るたびに、看板に描かれた店長のおすすめというこの商品を食べたいと思っていたのだ。決してぼっちだからお店に入れなかったわけではない。単純に友達とは帰り道が違うだけなのだ。


 そんな私の目の前に、憧れ続けた商品がある。これはもう、弟の目が非常に何かを言いたそうな目をしていたとしても、屈するわけにはいかないのだ。なぜなら私はこのパンケーキを食べたいのだから!!


「お、お、お……」


「壊れたラジオかよ」


「美味しいのよ!このパンケーキは私が憧れ続けただけのことはあるわ!!外はカリッと、だけど中はしっとりモチモチ!上に乗ってるクリームも甘ったる過ぎず、だけどしっかり甘さは主張する!まさに完璧!これこそ私が求めていた物の正しい姿なのよ!!」


 そう力説する私に我が弟はもはや何も言ってはくれなかった。昔からそうだが、この子は呆れのレベルが一定のラインを超えると、途端に何も話さなくなってしまうのだ。


 全く持って困った子だ。せっかくならこのパンケーキの美味しさを一緒に分かち合いたいというのに。


 でも、と考える。まあいいか。こんなに美味しいものを、不貞腐れた顔でコーヒーを飲んでいる弟に分けなくていいのだから、それはそれで良しとしよう。


「美味しい〜!!」


「……」


 しばらくの間、カフェの中には上機嫌な姉と、それの光景に呆れ返り黙ってコーヒーを飲む弟の姿があったとかなかったとか。


 あー、幸せだなー!


 ◇


「だから定期を貸してくれればいいって言ったんだよ俺は」


「あら、定期もタダじゃないのよ?対価を求めるのは当然じゃない?」


「一緒に付いてきたうえに余計な道草まで食ってるんだから、それでトントンだろ」


「そのおまけが役に立ったんだから、連れてきてよかったでしょ?」


「結果論だろ」


「過程より結果、それはいつも秀介が言ってる事じゃない?」


 カフェを出て駅までの道を秀介と二人歩く。こうして弟と二人きりで歩くなんていつぶりだろうか。

 昔から大人びていたところはあったが、それでも以前はもっと私を頼ってくれていたように思う。

 

 しかしいつからか秀介は一人で何でもこなすようになっていった。誰も頼らず、いつも自分の力で目的を達成する。そうなってしまったのは、あの出来事があってからのことだ。


「それに日和ちゃんと紗綾ちゃんのことだもの。お姉ちゃんも手伝いたいじゃない?」


 紗綾ちゃんが学校に来なくなったことは日和ちゃんから聞いていた。

 珍しく一人で家に帰っている日和ちゃんを見つけたのだか、その後ろ姿がどことなく沈んでいるように見えたから、話を聞いてみたのだ。


『さーちゃんが何故か学校に来なくなったんです。いろいろと調べてはいるんですが理由がわからなくて』


 いつも明るい子が元気をなくすと余計に雰囲気は暗くなる。その言葉を体現するかのごとく、日和ちゃんの周りには陰鬱な空気が漂っていた。


 多分、学校ではこの子はこんな様子を周りに見せていないだろう。

 昔からそうなのだ。他人には絶対に弱いところを見せずに、どんなに辛くとも虚勢を張ってしまう。心を開いた親しい人、秀介や私、月陽ちゃんなどは例外だったが、それ以外の人に本音をぶちまけたことなどないはずだ。


 そんな子がここまで落ち込んでいるということは、今回のことがそれだけ日和ちゃんにダメージを与えているということだろう。


「原因を調べるなら日和ちゃんも誘えばいいのに」


「それだと意味がないんだよ」


 なんとか私も協力出来ないかと考えていたところに、弟である秀介から定期券を貸してくれとの依頼がきた。


 私は大学に通うために、実家のある片田舎から都心まで電車で長時間をかけて通っているため定期券を持っている。今回秀介はこれを貸してほしいと言ってきたのだ。


 秀介が都心に行くことなどほとんどない。仮に行くとしても日和ちゃんと一緒だからきちんと切符を買っていくはずだ。この弟が日和ちゃんを差し置いて、一人だけ電車賃を浮かそうとするはずがないのだから。


 だとすればその理由は何か。


 基本的に秀介の行動理念は日和ちゃんに依存することが多い。他の人から見れば、日和ちゃんが秀介に依存してるように見えるかもしれないが、実のところ秀介もだいぶ日和ちゃんに依存している。

 いいか悪いかは置いておくが、この二人はそんな関係で昔から成り立っているのだ。私がそれに口を出す必要はない。


 そんなわけで、秀介がそんなことを言い出した理由は恐らく日和ちゃん絡み。日和ちゃんの周りで最近起こった事といえば、紗綾ちゃんのこと。そしてその紗綾ちゃんがここに引っ越して来る前にいた場所は、私の大学の側。


『私も一緒に連れて行ってくれるならいいわよ?』


 日和ちゃんのために紗綾ちゃんのことを調べに都心に行こうとしていることが予想できたので、これ幸いと私もそれに便乗したというわけだ。


 それによって結局秀介は自分で電車賃を払うことになったのだが、カフェの代金は私が持ったのだからトントンということにしてもらおう。私が大半食べたのだけども。


「それで、どうするつもりなの?」


「さぁ」


「さぁって。日和ちゃんに教えてあげたらいいじゃない?」


「さっきも言ったけど、それじゃあ意味がないんだ」


 少し先を歩く秀介の背中は昔に比べてすごく大きくなった。昔は私の後ろをいっつも着いてきて可愛かったのだが、今やその面影はゼロだ。


 今だって何か考えがあるくせに、私にはなんにも教えてくれないのだから。今の日和ちゃんが喉から手が出るくらいに欲しい、紗綾ちゃんの過去の情報。それを手に入れても尚、日和ちゃんに教えてあげないその理由でさえも。


「理由を教えてよ」


「今回のことは佐伯のトラウマ、一番の根っこにあるところの心の傷の問題だ。それを本当の意味で解決しようと思うなら、俺から答えを聞いたらだめなんだよ」


「どうして?日和ちゃんなら答えを頼りに紗綾ちゃんのことを助けてあげられると思うけど」


「表面上はな。だけどそれじゃあ、佐伯の本質は変わらない」


 そう言い切る秀介に私はそれ以上は何も言わなかった。私にはわからないが、多分この子がこう言うということはそういう事なのだろう。

 口に出すよりもその10倍、もしかしたらもっと膨大なことを考えている秀介のことだ。きっと、秀介には今回の騒動のおおよそが見えているのだろう。その解決策もきっと。


「日和ちゃんが自分でなんとかしなきゃ駄目ってことね」


「そういうことだ」


 全くもって面倒な弟だと思う。

 問題の全てを把握しておきながら、答えは自分の懐にいれて伏せる。だけど、周囲には解決のために奔走させるというのだから、いい性格をしていると言われても反論の余地はないだろう。


 そんなことを言わせるようなヘマをするような子ではないのだが。


「そういうわけだから姉さんも今日のことは他言無用だからな」


「わかってるわよ。秀介が日和ちゃんのためにわざわざ都心にまで、紗綾ちゃんの過去を探りに来たことは内緒にしておくわ」


「……ほんとに言うなよ?」


「あら、疑うのかしら?」


「普段の行いを見てると、どうしてもな」


 ジト目で私を見る秀介。

 しかし私はその視線をかわして、先を歩く秀介を追い抜いて今度は私が前を歩く。


 別に私だって、好き好んで弟と日和ちゃんの恋路にちょっかいをかけているわけではない。

 もちろん、普段のクールな雰囲気が崩れる弟を見るのが楽しくて、ついついいいところで覗きなんかをしてみたりする事もあるが、基本的には二人の幸せを願っているのだ。


 あんなことがあった二人には、誰よりも幸せになって欲しいと心からそう思っている。


 だから秀介のすることにはよっぽどのことがない限り協力するし、頼んでこなくても手助けをするつもりでいる。

 だからこそ、都心の大学に通いながらも、一人暮らしをせずに実家にとどまり続けているのだから。


「秀介」


「なんだ?」


「あなたは……」


 このままでいいの?


 そう聞こうとしたが、私にはやっぱりそれ以上聞くことは出来なかった。

 あの日、全ての事実に蓋をすることを選択したのは間違いなく私達()()なのだから。


「なんでもないわ。とにかく早く解決するといいわね」


「日和次第だろうな。後は少しだけ本郷もか」


 先を歩いていた私に追いつくと、そのまま今度は肩を並べて歩く秀介。これから先、この子とこうして歩くことは後何回くらいあるだろうか。


 きっとそう多くはないだろう。


 弟の隣には日和ちゃんがいて、それがこの先も続く以上、弟の一番は日和ちゃんなのだから。


「秀介」


「一体なんだよ?」


 だから私は願うのだ。二人の将来がどうか穏やかである様にと。もし何か起こるのなら、今度こそ私も側にいられるようにと。


「なんでもないわ」


「意味がわからん」


 私はその時まで道化でいるのだ。二人をおちょくって、少しはた迷惑な姉として。

 きっと秀介はそんな私の心情など察しているのだろうけども、それが私に出来ることだと思うから。


「さ、早く帰って日和ちゃんとお土産を食べましょう!きっと、紗綾ちゃんが大変なときに私を放っておいて、お姉さんとデートとか何考えてるんですかー!って言ってくれるに違いないでしょうね」


「割と本気でそう言いそうだから、余計なことを言うのはやめてくれ」


 肩を少しだけ落とす秀介の言葉は無視。だって私は道化だから。


 さて、今回の騒動はどう転ぶのかしらね。


 私はただ見守るとすることとしよう。

秀介、東京へ行く。


もしよければブックマークなどして行ってくれると嬉しいです。

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