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二人の帰り道  作者: ナル
22/26

少し異色な帰り道

 人生は山あり谷あり、落とし穴があったり、頂上があったり、時には高くそびえる壁に行くてを阻まれることもある。人によってその壁の出現頻度は変わるのだろうが、多くの人はそれを自力で乗り越えていくことが出来る。


 理由は簡単だ。人生意外と乗り越えられない壁というのは存在しないからだ。


 仮に乗り越えることが厳しい壁があったとしたら、少し遠回りをして進んだっていい。真逆の方向に進んだっていい。長い人生に寄り道はつきもので、行く先だって千差万別なのだから。


 だけど時にはその壁が、どうしても乗り越えなければならないこともあるかもしれない。それを超えていかなければ、自分の未来が開けないこともあるかもしれない。

 しかしその壁ははるかに高く、自分一人の力ではどうしようもならずその場に立ち止まってしまうこともきっとある。


 そんなときは誰かの力を借りればいい。


 どんな人にもきっと一人はいるはずだ。あなたのことを理解し助けてくれる人が。家族であったり、友達であったり。時には学校の先生や先輩、後輩がその役を担うこともあるだろう。


 もし今、自分にはそんな人はいないと思ったのなら、少しだけ思い返してみて欲しい。それまでの人生で、本当にあなたに手を差し伸べてくれた人は一人もいなかったのか。自分が見えてなかっただけではないかということを。


 一人ではどうにもならないなら誰かと一緒に。


 綺麗言と言われるのは百も承知の上で、何かにつまずいている人がいたら、私はそう声をかけてあげたい。これは私の嘘偽らざる本音だから。


「だというのに私の好意をつっぱねるとか、あのほっぺまんは何を考えているんでしょうか!!」


「今の一言で全部台無しだからな!ほんとにいいこと言ってたのによ!!」


「あ、さーちゃんは女の子なので”まん”じゃなくて”うーまん”ですね!!ちなみに名前の由来はさーちゃんのほっぺが非常に柔らかくて障り心地がいいところから来てます!」


「それは是非触ってみた……、いや、違うだろ!?今そんな話してなかったよな!?てかやめろ!俺をそんな変態みたいな目で見るな!!」


 隣で何やらうるさい人は置いておいて、だいぶ日が長くなったせいか、太陽が輝きまだ明るい帰り道をゆっくりと歩いていく。

 一緒に歩いているのがくまさん改め、本郷先輩というのが気に入らないが、流石に今日は仕方がない。


 どういうわけか学校に出てこなくなった上、連絡すらつかなくなってしまった親友であるさーちゃんの家に行ってみたら、何故かその家の前にくまさんがいた。


 思わず蜂蜜を投げつけようかとも思ったのだが、残念ながら持ち合わせがなかったので変わりの物をと探していたら、どうやら相手が本郷先輩らしいということに気がついたというわけだ。


「今度からは熊よけの鈴と蜂蜜を持ち歩くようにしておきます」


「俺はくまじゃねえよ!!」


「突っ込みが最低です。0点です。謝ってください」


「謝るのはお前だよ!お前が俺に謝れよ!!」


 やれやれです。うるさいばっかりで役に立たないくまさんですね。一体さーちゃんはこのくまさんの何処がいいんですかね?


 頭を捻ってみるがこれと言っていい答えは出てこない。仕方がない、人の好みは千差万別、さーちゃんが例え一風変わった好みを持っていたとしても、私はちゃんと親友でいよう。

 そう固く心に誓ったのだった。


「ほんと本山と毎日一緒にいる千種には尊敬しかねぇよ……」


「そうですよ。ちゃんと秀介さんに尊敬の念を持って毎日を過ごしてくださいね?」


「皮肉だからな!?」


 秀介さんともさーちゃんとも違う空気感の中、私と本郷先輩は一緒に帰っている。


 何も知らない人が見ればきっと、明るく楽しい雰囲気に見えることだろう。実際、字面だけ見ればその見方は間違ってはいない。


 だか実際のところはそれとは真逆。


 私達の心情は、西の空で未だに明るく私達を照らす太陽とは正反対の、曇天の曇り空となっていたのだから。


 ◇


 『帰って』


 私達に突きつけられた言葉は到底受け入れられるものではなかった。


 本郷先輩とさーちゃんの家の前であった私達は、その後すぐに呼び鈴を鳴らしたのだ。

 どうにも本郷先輩がぐずぐずしてなかなか押そうとしないので、待ちきれずに私が押したというわけだ。


 わざわざ会いに来たのにこんなところで時間を潰すなんて、まさしく無駄でしかない。私は少しでも早くさーちゃんに会って事情を聞きたいのだ。


「お前、躊躇とかないのかよ……」


「そんな無駄なものは昨日のゴミの日に出しときました」


 ちょうど昨日は燃えるゴミの日でしたからね。部屋の中の散らかって物をいろいろと捨てたので、きっとその中に入ってんでしょう。


「出ないな」


「出ませんね」


 呼び鈴を鳴らして少し待ってみたが、中から応答はない。留守なのかもしれないが、果たして学校を何日も休んでいる人がそうそう外出するだろうか。


「しゃーねーな。出直すか」


「んー、とりあえずホントに留守かわからないので連打してみましょうか」


 居留守だったら困りますからね。


 言うが早いか、私はさっき一度押した呼び鈴を連打する。気分は高橋名人。18連射もなんのその、今の私なら20連射はいけるに違いない!


「バカお前!誰かいたらどうすんだよ!?」


「知りません!私を無視した報いを受ければいいんですよ!」


 連射を辞めない私をなんとか止めようとするくまさん、もとい本郷先輩。数秒間の争いはあったが、最終的には本郷先輩に後ろから持ち上げられる形で呼び鈴から遠ざけられてしまった。


「セクハラで牢にぶち込みますよ!!」


「真顔で怖いこと言うなよ!?てかこの場合仕方ないだろう!?」


「私に触れていいのは秀介さんだけと相場が決まってるんです!いいから早くその手を離してください!」


 呼び鈴を鳴らし続けるのも迷惑だとは思うが、家の前でギャーギャー騒がれるのも大概なものだろう。

 暴れる私をなんとか宥めようと奮闘する本郷先輩。家の前で繰り広げられる不毛な争いについに我慢が出来なくなったのか、インターホンのスピーカーから通話をするとき特有の電子音が聞こえてきた。


「ほら見てください!私の天の岩戸作戦、大成功ですよ!」


「嘘付け!ただ勢いに任せて暴れただけだろうが!!」


 結果として家の中に引き篭もっているさーちゃんを引っ張り出すことに成功したのだから、過程はどうでもいいのだ。

 そんな私の理論に本郷先輩はあまり納得していないようで、複雑な表情を浮かべているが、優先すべきはスピーカーの向こうにいるはずの人物なので、それ以上何かを言ったりはしない。


『……』


「さーちゃん私です!あなたの心の友、日和さんですよー!無駄な抵抗はやめて早く出てきてくださーい!今ならおまけでくまさんがついてきますよー!」


「俺はおまけ扱いかよ!て、違う!俺だ!本郷だ!急に来て悪いとは思ったんだけど、少し話でもと思ってだな、あー……」


「もじもじとあなたは女子ですか!照れ屋な後輩属性でも持ってるんですか!!くまはくまらしく野性味溢れるガッツを見せてくださいよ!」


「だからくまじゃねぇって言ってんだろー!!」


 結局またギャーギャーと騒ぎ始める私と本郷先輩。スピーカーの向こう側はもはや置いてきぼりだし、そろそろ周囲の家から何事かと覗かれる頃合いだ。

 というか、もし今応対しかけている人がさーちゃんじゃなかったらどうするつもりだろか私達は。うん、その時はこの場から速やかに撤退しよう。本郷先輩を囮にして。


 しかし、その心配は杞憂に終わる。


 スピーカーの向こうから聞こえてきた声は、私達の望んでいた人の声だったからだ。


『ひよっち……、本郷先輩……』


「あ!さーちゃん、元気ですか!?早く出てきてほっぺをつねらせてくださいよー!」


「お前は一度その口閉じてろよ!!」


 どうにも私と本郷先輩の相性はよくないらしい。どちらかが口を開けば、二言進んだ先で必ず小競り合いへと発展する。

 こうなるとこれから先、本郷先輩とは二人にならないほうがいいでしょう。せめて秀介さんがいるときがいいでしょうね。でないと私まで頭のおかしい人と思われてはたまらないですから。


 そんな言われている本人が聞けば間違いなく噛みつくであろうことを思いながら、私はそれ以上は何も言わずにさーちゃんの返答を待つことにした。

 これだけ玄関前で騒いで、その上で反応をしてくれたはずなのに、未だに私たちの前に出てくる素振りはない。それは、今回のことがそれだけさーちゃんにとって重大なことが起きたことを示している。


『……』


 だから私はさーちゃんの次に発する言葉を、一言一句聞き漏らすまいと耳をスピーカーに耳を傍だてた。


『……って』


「なんです?」


『帰って』


「パードゥン?」


『二人とも帰って!!私に構わないで!!』


 その言葉を残し、スピーカーからはもうなんの言葉も帰ってはこなかった。後に残された私たちは、何も言えず、しばらくの間その場に立ち尽くすことしかできなかったのだった。


 ◇


 大きな影と小さな影。


 でこぼこで異色な二人が並んで家路についている。そこにはさっきまでの覇気はなく、空元気に暴言の応酬をすることもすでに無くなってしまっていた。


 黙って歩く帰り道は、いつにもましてどんよりと空気が重い。まさかこんな結果になるとは思ってなかった私としては、正直この先の方針が見えず、若干ではあるが途方に暮れていたりもするのだ。


「やっぱり本郷先輩が騒ぎすぎたのが原因だと思うんですよ」


「待て待て。どっちかと言えば本山のほうが迷惑だっただろう?呼び鈴連打とか、今時小学生でもやらんぞ」


「少年の心を忘れてしまった子ども程悲しい存在はありません」


「名言のように言ってもお前のしたことは消えねぇよ」


 まったく、この森のくまさんは私があー言えばこう言ってばっかりでうるさくて敵いません。どんぐりでもあげるから森に大人しく帰って欲しいものです。私どんぐり持ってないんでその辺の石ころで代用しますけどね。


「冗談は置いといてどうするよ」


 手ごろな石を探した始めた私に、本郷先輩が真面目なトーンでそう話しかけてくる。


「そうですね……」


 それに対して私は、石を探すことを探すことは辞めずに思案した。

 あそこまで頑なに私たちを拒んださーちゃんに対し、どのような対応をするのが正解か。間違いなく何かよくないことが起こっているが、今の私たちにその何かを知ることは出来ない。本人に聞くのが手っ取り早いのだが、あの様子では素直に話してくれる事はないだろう。


「本郷先輩がその無駄に大きな体でさーちゃんの家の扉をぶち壊して家に侵入。さーちゃんを発見次第、私が馬乗りになって何があったのか答えるまでひっぱたくって言うのはどうでしょう?」


「犯罪じゃねぇかよ!!どうしてお前の発想はそう物騒な物しか出ないんだよ!!何かもっとハートフルな解決法はないのかよ!!」


「時間を無駄にしない主義なんですよ私」


 またうるさくなった森のくまさんは放っておいて、私は再び思案した。

 確かにその方法であれば、効率よく理由を聞き出すことは出来るだろうが、流石に今後の友人関係に差しさわりが出るだろうからそれは最終手段に置いておく。


 とするならどうするか。


「別の角度から何があったのかを調べるしかないですかね?」


「だろうな。佐伯の親御さんとか友達とか、その辺りに片っ端から聞いてみるしかねぇよな!」


 地道な聞き込み。あまりとりたい手段ではないが、今のところ他に手段もないのだから仕方がないだろう。

 早速、明日から実行に移すことにして、早いとここの問題を解決させてしまい所だ。いつも隣にいるはずの人がいないというのはやっぱり何か物足りないものがあるし、それに。


「あのほっぺに触れないというのはいささか辛いものがありますから」


「本山はどんな時でも本山だよな」


 呆れたように人の頭をその大きな手でぽんぽんしてきた森のくまさんには、ちょうど見つけた手ごろな石をプレゼントしておいた。腹部に向かってストレートで。


 悶絶しているくまさんを置いて、私は一人家路につく。


 何があの子をあそこまで追い詰めているかは知らないが、必ずその理由を見つけて解決して見せる。これはさーちゃんが何か隠している過去があると知りながら、その時がくるまでは聞かないでおこうと思っていたことがようやく来ただけの事。

 ちゃんと覚悟はしていたのだから動揺はない。ただ少し、ほんの少しだけあの『帰って』という物言いには寂しさを感じたが、それはこの問題が全部片付いたらあの柔らかいほっぺを虐め倒せば済むのだから些細なことでしかないのだ。


「待っててくださいよ。私を蔑ろにしたことを後悔させてあげますから」


 夕陽に向かいそう宣言した私を、本郷先輩が少し引いた目で見つめていた。


 まったくもって失礼なことだ。

前回久しぶりの投稿にも関わらず、たくさんの人に読んでもらえてとても感謝しています。今後はできうる限り投稿を切らさないようにがんばりますので、これからも読んでくださると嬉しいです。


もしよければ『評価』『ブックマーク』をしてくださると泣いて喜びます。是非ともよろしくお願いします!!

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