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二人の帰り道  作者: ナル
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男同士の帰り道

 将来の進路を決めるというのはそう簡単なものではなく、自身の今後を決めるという重要な案件なのだから妥協をすることはそう簡単には許されない。

これまでの人生よりも普通に考えればこの後に続く時間の方がはるかに長いのだ。冷静に考えれば高3というこの時期に、自分の進路以上に悩む案件などないに等しい。


「なぁ、千種。俺は一体どうすればいい?」


「知るかよ。いつも通りとりあえず行動してみればいいだろ?後のことはその結果で考えるのがお前のポリシーだったはずだろうが」


「人のポリシーを勝手に捏造するなよ!前から思ってたけど、お前、言動がどんどんちっさいのに似てきてるからな!!」


 カップルは似てくると言うが、千種と本山の場合も類には漏れないようだ。息を吐くかのように毒を吐く。しかも割と本気で悩んでいる親友に向かってだ。

 これがあのちっさいのと似てないと言ったら、一体誰に似ているというのだろうか。


「本郷、今の台詞、一言一句違わずに日和に伝えておく」


「千種さんすみませんでした。まじで勘弁してくださいジュース奢りますから」


 この日、俺は始めて親友に土下座した。

 本山に怒られるのは、いろんな意味でしんどいのだ。本当にしんどいのだ。主に精神的な意味で。




 俺、本郷剛士は悩んでいる。


 小さい時からあまり悩みとは無縁に生きて来た。とりあえず行動すれば結果が伴うという、だいぶアバウトな生き方で上手く言っていたせいで、それ以外の方法をとったことなどない。

 例え失敗したとしてもそれはそれで仕方ないという無駄に前向きな性格も相まって、無鉄砲に育ってしまった自覚はあるのだ。自覚はあるが治らない。千種に指摘されてしまうのも無理ないことだろう。


 そんな俺に、つい最近新たな友人が出来た。


 佐伯紗綾。


 千種の彼女である本山の親友。それまで女付き合いと言えば本山くらいしかいなかった俺にとって、正直佐伯はどう接したらいいのかまったくわからなかった。


 少し茶色みかかったウェーブのかかった髪に、柔らかな目元。女を意識させる体つきをして、触れれば壊れてしまいそうなほど華奢。本山も華奢な部類に入るのは間違いないが、それでもその性格のせいかあまりそう感じることはなかった。


 しかし佐伯は違う。


 俺なんかとはきっと全く違う世界に住んでいたのだろう。小学生から始めた柔道のせいか、いつも汗にまみれ、図体ばかり大きくなってしまった俺とは違い、柔らかな笑みを浮かべ本山と戯れるさまはさならが小動物と言ったところか。

 『くまさんみたいですね』などと本山に言われる俺とは、どこまでもつり合いの取れない相手だった。


 そんな佐伯と初めてしっかりと話す機会を得たのは、クラスメイトでもある新瑞橋が女と見れば見境なく絡んでいく性格で佐伯にも絡んでいたから。

 その様子を遠目で見つけた時は、あぁ、またいつものかと諫めるだけのつもりだったのだが、佐伯の表情を見てその考えは一変した。


 泣いていたのだ。


 今までも新瑞橋が女を泣かせているのを見たことはあるが、どうしてか佐伯の泣き顔を見た俺は走り出していたのだ。


 その後なんやかんや、主に本山のおせっかいだが、あって俺と佐伯は連絡を取り合えるくらいの仲まで進むことが出来たのがつい先日の事。

 本山主催のダブルデートなるイベントに駆り出された結果、そういう結果になったのだから、まぁ、感謝くらいはしておいてもいいのかもしれない。


『今日は私の我儘に付き合ってくれて本当にありがとうございました。ひよっちだとあんまり絶叫系には一緒に乗ってくれないのですごく楽しかったです。もしよければ、また一緒に行ってくれると嬉しいです』


 ダブルデートを終え家に帰った俺に届いた佐伯からのメッセージ。その内容に思わずガッツポーズが出てしまい、親に変な目で見られたことは記憶に新しい。


 恋愛感情なのかと言われてもよくわからないというのが本音だ。これまで色恋沙汰なんてまったく縁がなかった俺だ。今の自分の感情が本当にそういったものなのかという確信が持てない。

 いつも見ていた千種と本山の二人はどうにも世間一般のカップルからはずれているので、正直参考になんてなりゃしないのだ。見ていると胸焼けするくらいに甘ったるい空気を出している時があるのは間違いないけどな。


 どう接していいかもわからないし、相手がどういうつもりなのかもわからない。だけど今の感情が嫌なわけではない。


 だから俺は楽しみだったんだ。この先、佐伯と過ごすことになる時間が。千種と本山と一緒に4人で過ごす時間が。また2人で過ごすあの時間が。


『さーちゃんは今日はお休みです』


 しかしその時間はやってこなかった。


 ダブルデートの次の日。放課後に千種と共に訪れた本山と佐伯の教室で聞かされた言葉。

 最初は体調が悪くなったのかと思った。昨日あれだけ元気だったからそんなことこれっぽちも考えなかったが、もしかしたら家に帰ってあのメッセージを送ったころには体調が悪くなっていたのかもしれないと。


 だけどそれがどうも違うらしいということも同時に理解する。


 本山の様子がどうにもおかしいのだ。いつものように俺に暴言を吐くでもなく、軽口をたたくでもなく、ただ千種の手を取り何も言わずに教室を後にするだけ。

 その様子に、流石にいつも空気が読めないと言われる俺もおかしいと気づくことくらいは出来た。本当なら千種と共に何も言わずに帰路に着こうとする本山を呼び止めて、佐伯はどうしたのか聞くべきだったのだろう。

 しかし、本山の今は何も聞くなという様子を感じ取ってしまった俺は、結局そのまま二人を見送ることしかできなかったのだ。




 あれから一週間、俺は佐伯のことを頻繁に考えていた。訂正だ、佐伯のことばかり考えていたと言っていいだろう。

 送り返したメッセージに返信はない。こちらから軽く送ってみても、既読すらつくことはない。


 何度か佐伯の教室にも足を運んでみたのだが、あの日から一度も学校に来ていないらしく、顔を見ることも出来なかった。


「なぁ、千種。俺は一体どうすればいい?」


 こうして会話は冒頭へと戻る。


 気になりはするが、本人と連絡はとれず本山から事情を聴きだすことも出来ない。気になる存在が出来たというのにこちらこらは全くコンタクトが取れないという生殺し状態。加えて自分のこの感情を正しく理解できていない現状では、俺の少ない思考回路はすでにショート寸前に陥ってしまっている。


「だから好きに動けっていってるだろうが。どうせお前、俺が何言ったところでその通り動いたことないだろ?」


「いや、それはそうなんだけどさ……」


「ただでさえ日和のことで面倒なんだ。この上お前に構う暇はないぞ」


「本山もなんかあったのか?」


「お前と一緒だよ」


 俺と一緒。


 つまり本山も俺と同じ、佐伯のことで悩んでいるということなのか?佐伯と親友のはずの本山も頭を悩ませるほどのこと。つまり今回の案件は、それほどまでに重大なことだということではないのだろうか。


「もう一度言うぞ。本郷は本郷の思う通りに動け。お前に考えるのはまったく合わない。いつも通り行動して、悩むならそれからにしろ。それなら俺も少しは協力してやる」


 千種の言葉に立ち止まる俺。千種はと言えば、俺に一枚の紙を渡すとそのまま歩みを止めることなく歩き去っていく。

 今日一緒に下校しているのは、一人で帰っている千種に相談をしようと俺がくっついてきたのだからそこに問題はない。問題があるとすれば千種の言葉をもらった俺が、この後どう動くかだろう。


「そういやそうだったな」


 思えばいつもそうだったではないか。


 俺が悩むといつも千種に相談した。そして毎回答えが出る前に行動して失敗し、千種が助けてくれる。毎度同じあいつに尻拭いを頼むという不本意な流れだが、確かにそこに俺達の信頼関係があったような気がする。


 手の中には千種がくれたメモ用紙。そこに書かれているのは誰かの家の住所。


 -パンッ!!


 両手で自分の頬を叩き喝を入れる。どれだけ悩んでても多分、俺のガサツな頭では答えは出ることはないだろう。それなら千種の言う通り、いつも通り行動をするべきだ。何も考えず、ただ自分の思うままに。


 一度そう思えば後は早かった。俺はメモ用紙に書かれた住所に向かって、ひた走り始めたのだった。


 ◇


 メモ用紙に書かれた住所は、ここ数年で開発が進んだ地区。いわゆる新興住宅街といったところだ。


 閑静な住宅街という言葉がぴったり当てはまるような、この田舎町に似つかわしくない白を基調とした家が立ち並ぶ一角。

 詳しくは知らないが、この田舎町から車で少し言った場所で大規模な開発プロジェクトなるものが計画されているらしく、それに先行しこの町に引っ越してくる人が少しずつ増えていっているらしい。この住宅地はその先駆け。


 そしてこの住宅地にある一軒の家が俺の目的地の一つでもある。


「勢いに任せて来ちまったけど、なんて言って会いに行けばいいんだ?」


 千種からもらった紙に書いてある住所の家の前まで来たはいいが、呼び鈴に手を伸ばしたところでふと思い直す。

 表札には『佐伯』の文字が印字されており、ここに会いに来た人物が住んでいることは間違いない。


 だが一体何を話す?


 俺と佐伯の関係と聞かれたら、先輩と後輩、よくて友人と言ったところだろう。しかもただ一回遊びに行っただけの関係。何か込み入った事情を抱えていると思われる人のテリトリーに踏み込むほど、俺達の関係は深いわけではないのだ。


「帰るか?」


 弱気な考えが頭をよぎるが、それは悪手だろう。


 わざわざここまで来てそれはない。理由はどうあれ、俺は佐伯のことが気になっていて、その相手がどうやら問題を抱えているらしい。それを毎日考えてこの大事な時期に勉強も手につかない程になってしまっている。

 もっとも、もとからそんなに勉強が手についていたかと問われれば答えに窮してしまうが、とにかく気になるったら気になるのだ。


 だったらもう突撃以外の選択肢はない。千種にも言われたじゃないか。『お前は考えないくらいがちょうどいい』って。


 非常に気になる表現ではあるが、それは今は置いておこう。実際、千種の言い分に反論などできないし、まさにその通りな自覚もあるのだから。


「いつまでもうだうだしてるのは性に合わねぇ!行くか!!」


 覚悟を決め、一度手を伸ばして引っ込めた呼び鈴に再度手を伸ばしたその時だった。


「なにやらさーちゃんの家の前に不審者がいます!これは事案です!由々しき事態です!即刻警察、いえ、自衛隊の派遣を要請しなくてなりません!!」


 見なくてもわかる。そんな台詞を吐く奴は一人しかいない。


「お前、空気読めよな……」


「何を言うんです!私、空気を読むことに関してはちょっとすごいんですよ!!今日の酸素濃度が小数点第2位までわかるくらいには敏感なんですから!!」


 せっかく決めた覚悟は瞬く間に萎え、呼び鈴に伸ばした手は再度引っ込んでしまう。言葉と全く逆の空気の読まなさを発揮する人物の方に、本当に不本意ではあるがゆるゆると視線を向ける。


「なんですか?そんなUMAでも見るような視線を私に向けないでください!ムーの編集の人に言いつけますよ!!」


 そこにいたのは同じ高校の制服を着た黒髪の小さい少女。俺が会いに来た佐伯の親友であり、俺の親友である千種の彼女である本山が、なぜか俺にジト目を向けて立っていたのだった。

今日からまた投稿を再開していこうと思います。長く更新を停止してしまいすみませんでした。もしお暇でしたらお読みいただけると幸いです。

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