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二人の帰り道  作者: ナル
20/26

ダブルデートの帰り道

 今日という一日をさんざんに遊び倒したのであれば、その帰り道というものは疲れが多少なりとも表情へとでるのが普通だと思う。


 実際、隣を歩く秀介さんはいつもよりも表情が硬い気がするし、前を歩く本郷先輩は背が丸まっているように見える。

かくいう私も長時間歩いたこともあり、足が棒のようになってしまって歩くたびに足に軽い痛みが走っている。


「今日はとっても楽しかったです!!」


 さーちゃんと本郷先輩をくっつけるべく私が企画したダブルデートは、本日この晴天の日に、わざわざ私たちの住む場所からそれなりに離れた遊園地で行われた。


 この企画を最初さーちゃんに伝えた時は、それはもううろたえて、勢い余って座っていた椅子からすべり落ちてしまったりもしたのだが、その顔が少しにやけていたからよしとしておいた。


「ぜひまたご一緒しませんか本郷先輩!」


「え、ああ、そうだな?」


 集合は朝8時にということで駅前に集まったのはよかったのだが、そこから目的地までの道のりが最悪だった。

さーちゃんが上手いこと話すことが出来ないのはある程度予測していたのだが、そこをフォローするべき本郷先輩までもが石像のごとくかちこちに固まってしまうとは。


 秀介さんいわく、


『あいつは日和以外の女子とろくに話したことなんかないからな』


 などという聞きたくなかった情報を聞いた時には思わず天を仰いでしまった。


 仕方がないのでそこからのおよそ1時間と少々の行程を、私がなんとか話題をつなぎ、私が二人に交互に話を振り、私が場の空気を盛り上げるというまるで仲人のようなことをしなければならなくなってしまったのだ。


 その時の秀介さんはといえば、一人でぽりぽりと柿ピーを食べていたので思いっきり脛を蹴っておいた。

もちろんそれだけで済ますはずもなく、今夜は寝かせてあげるつもりはなかったりもする。


「先輩先輩!よかったら連絡先交換しましょう!ぜひ先輩ともっとお話ししたいです!」


「俺なんかでよければいいけど、いいのか?」


「もちろんです!さ、早く教えてください!」


 その状況が一転したのは遊園地に着いてからすぐの事だった。


 どちらかというとのんびりと過ごしたい私と秀介さんなのだが、どうやらさーちゃんはその真逆で、絶叫系などのアトラクションに積極的に乗りたいとのこと。

まさかあのぽわぽわした天然系のさーちゃんがそんなことを言い出すとは思わなかったので正直面くらったのだが、そこで先ほどまでの汚名返上とばかりに手を挙げたのが本郷先輩だった。


『じゃあ、千種とちっさいのは二人でのんびり回ればいいさ。俺は佐伯とジェットコースターなんかに乗ってくるから』


 身近な人のことというのは、意外と知っているようで知らないものなんだな。


 私がこういう風に思っても致し方ないんじゃないでしょうか。

さっきまでろくすっぽ話すことも出来ず私が振った話に対して相槌くらいしか打てなかった人が、次の瞬間にその話せなかった相手と二人きりになるといっているんですよ?


 これに驚かないのだとしたら、その人はおそらく目の前に札束が落ちていても驚かないどころか、それを使って鼻をかんでしまうような人なのでしょう。

残念ながらお友達になれそうにはありませんね。


 ともかくそんな青天の霹靂のような事態があり、結局その後はダブルデートというよりは、二組に別れて遊園地を満喫するというもはや最初の趣旨がどこかに行ってしまったものとなってしまったのだ。


 もちろん私は秀介さんと遊園地でデートすることが出来、さーちゃんと本郷先輩は自分たちの乗りたいものに乗れて一日を有意義に過ごすことが出来たのだからそれはそれでいい。

むしろ結果オーライと言わんばかりの結果になっているのだから、目論見は達成できたと言ってもいいのではないだろうか。


 その証拠に、夕方合流したときの二人ときたら手こそ繋いでいなかったものの、知らない人が見ればお前ら絶対につきっているだろうというような雰囲気を醸し出していた。

なんというか二人の周りにきらびやかなオーラが出ているというか、なんか桃色空間が広がっているというか、そんな感じだ。


 それは遊園地を出てからも収まる気配はまるでなく、先ほどから私たちの前を歩く二人はあんな会話をしているというわけだ。

というよりもどちらかと言えばさーちゃんのテンションに本郷先輩が引きずられていると言った方が正しいかもしれないが。


 とにもかくにもさーちゃんと本郷先輩をくっつけようという今日の目的は達成。

後はこのまま無事に帰宅するのみとなっているのだが。


「そこまで分析ができていないながら、なんで不満そうな顔してるんだよ」


「やっぱりわかります?こうなんというかもやもやするというか、どこか納得いかないというか」


「大方、自分が気をまわして二人をくっつけたかったのに、勝手に話が進んでいったのが面白くないんだろう。子どもかお前は」


「秀介さん、朝のことは見逃そうかと思ってましたけど、やはり今晩は覚悟をしてください」


「その台詞、普通は男が女に言う物だけどな」


 秀介さんの処断は置いておいて、まあ、結論はそういうことなのだろう。

きっとさーちゃんのことだからしり込みしてしまってろくに会話をすることも出来ず、本郷先輩もなんだかんだ気が利かないで空回り。

そこで颯爽と私が登場し、二人の間を取り持つなんてことを考えていた。


 実際、今日まで結構いろんなプランを練ったりもしていたのだが、それも全ていらない準備だったようだ。


「娘が彼氏を連れて来た父親の心境ってこんな感じなんですかね」


「話が飛躍どころかすでに同じ時間平面にあるとは思えないな」


「私は非常に繊細なんです。心の機微をとらえるのが得意なんです」


 もっとも、今回のダブルデート自体が大きなおせっかいと言われればそれまでだし、そんなことは企画したその日に自覚している。

なかなか他人に好意を示すことのないさーちゃんが本郷先輩にそれを少しでも示した。

だから私は余計なお世話を承知で二人をくっつけようとした。


「ちゃんとわかってますよーだ……」


「ならいつまでもそんな顔してるな。せっかく二人がああして盛り上がってるんだ。規格者が水を差すようなことをするんじゃない」


 そう言われて秀介さんに頭を小突かれる。

そしてそのまま一二度髪を撫で、背中を押された。


「行ってこい。そろそろ二人とは別れる地点だ。最後は企画者が締めなきゃ締まる物も締まらない」


「今日の秀介さんはやたらと上からですね」


 それもこれも私が今こんなだから。

気付いていても、こういう時、なかなか自分でそれを認めて改善するということは意外と難しいものだ。


 だけど私には秀介さんがいて、しっかりと軌道を修正してくれる。


「ラブラブしているところすみませんが、そろそろお別れの時間です。というより二人とも私達の存在忘れてませんか?」


「あ、ひよっちいたんだ」


「なるほど。さーちゃんは明日の朝日が拝みたくない、つまりはそういうことですね」


 私が何もしなくともさーちゃんは自分でちゃんと全てを決めることが出来るし、誰かと仲良くだったなることが出来る。

始めて出会った頃の、あのおどおどして誰とも打ち解けられずにいたさーちゃんはもういないのだ。


「ちっさいの、佐伯をあんまりいじめるなよ」


「ダウトです!その呼び方は辞めるように言ったはずです!!」


「ちょっとひよっち、本郷先輩を噛みちぎっちゃだめー!」


 少しばかりそれが寂しい気もするけれど、それはそれでいい。

これでまた、私とさーちゃんの関係はまた一歩違うところに向かっていけるはずだから。


「精神年齢が軒並み一緒だな」


「千種先輩!そんな達観した目で見てないで、早く助けてください!」


「誰がちっさいんですかー!!」


「……」


「ほ、本郷せんぱーい!!」


 出来ることならこれから先、みんなが違う道に進んでも、会える回数が減ってしまっても、住む場所が違っていても、こんな関係が続けばいい。


 心からそう思った。




 まだ数えるほどしかこなしたことのない情事とはいえ、数度それを行えば、なんとなくそれが終わった後に互いがとる行動は決まってくる。

まだ少し汗ばんだ体にシーツを巻き付け、まどろみのなかに堕ちそうになる意識を保ち秀介さんがベッドに戻ってくるのを待つ。


 さっきまで二人でいたベッドにはまだ少し熱気が残っているが、一人になるとなんとなくそれが急速に冷えていくような感覚を覚えるのはなぜだろう。


 ベッドのわきに脱ぎ捨てられた秀介さんのシャツを手に取り、なんとなくそれを胸に抱き寄せる。


情事の後、秀介さんはいつも二人分の飲み物を取りに一度部屋を出ていく。

それが私たちのルーティーンのようになっていて、そのせいで今私は部屋の中に一人になっている。


 少し待てば戻ってくるのは分かっているのだから不安に思うことなどないのだけど、それでもこういうときなのだからかもしれないが、少しだけ人肌恋しくなってしまう。


「……?」


 秀介さんの気配を待ちながら扉に目を向ける途中、ベッド横のサイドテーブルに置かれた自分のスマホが淡い光を放っているのが目に入る。

少し気怠い体をゆっくりと起こし、それを手に取ると着信を告げる文字が画面に踊っていた。


「さーちゃん?」


 表示されているのは数時間前まで一緒にいた、今日を一番楽しんでいた親友。

それと同時に扉が開き、待っていた人が扉から影を覗かせる。


「どうかしたか?」


「さーちゃんから電話みたいでして」


「出てやれよ。さっきまでならいざ知らず、今なら出れるだろ?というかまるで見てたんじゃないかって言うくらいのタイミングの良さだな」


「秀介さん、発言が最低です」


 まったく、いつもは冷静な発言しかしないくせに、ことこういうときだけそういったことを言うのは何なのだろうか。

確かにタイミングがいいのは事実なんですけどね。


「もしもし?」


 時間的にはまだ深夜という時間ではないが、電話をするには少し遅い。

こんな時間に電話がかかってくるなどは初めてということもあり、なんとなく身構えてしまう。


『ひよっち?ごめんね遅い時間に。今少しだけ大丈夫?』


「どうかしました?日中のテンションの高さが今頃恥ずかしくなってきたとかですか?」


『そんなんじゃないよ!……少しはそれもあるけど』


 ベッドに座りながらそう電話をする私の視界の隅で、秀介さんが今しがた持ってきた飲み物に口をつけている。

上半身に何も着ていないその姿に、少しだけどきりとしてしまう。

早く服を着て欲しいと思ったが、そう言えば秀介さんのシャツは私が持っていたんだった。


『あのね、ひよっちにちゃんと今日のお礼を言いたくて』


「お礼ですか?それは今日のダブルデートを企画したことにです?」


『それもだけど……、なんだろ、もっとこう、えっと……』


 デートの企画以外に何があるのかと首をかしげるが、生憎とそれ以外にさーちゃんにお礼を言われることなど何も思いつかない。

電話口でもごもごとしているそんなさーちゃんに疑問符しか出てこないが、こんな時間に電話してきたくらいだ、それなりにさーちゃんのなかでは大事なことなのだろう。


「もしかして今日はほっぺたを引っ張らなかったことに対するお礼ですか?それでしたら明日にでもいつもの倍引っ張ってあげますが」


『おかしいよね?この流れでそんなこと言うわけないよね?』


 無論そんなことは分かっているし、今のはあくまで話しやすい空気を作ろうという私なりの気遣いなのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。


 なんだかどこかから、当たり前だろう、という呆れの色の濃い視線が飛んできているような気もするが、そんなものは黙殺しておく。

というか今は女子トークの真っ最中なのだから、少しは気を利かせて部屋から出ていくとか何かをしてくれればいいのに、秀介さんときたら全く気が利きません。


 ここが秀介さんの部屋で、今私が座っているのは秀介さんのベッド上であるという事実はあるけれど、其の辺りはこの際放っておいてもいいでしょう。


『あー、もう!』


 視線でそんなことを伝えている私の耳元から、突如聞こえるやや大きめの声。


「あの、イタ電でしたら辞めてもらえますか?この報復はきっちりさせてもらいますから」


『違うのー!ひよっちにいろいろ伝えたいことがあったのに、いざ話すとなるとうまく言葉にならなくていらいらしちゃったの!』


 自分で電話をかけてきて、上手いこと伝えられなくてキレるとは。

これだから現代の若者は怖いんです。

すぐキレる若者などと言われてしまっても仕方ないですよ。


「一体それはどの立場からの意見なんだろうな」


 またもや余計な言葉が聞こえてきますが、もうそんなものは無視です。

構ってなんてあげません。


『今日はうまく伝えられなさそうだから明日直接話すね!遅くにごめんね!じゃあまた明日!!』


「あ、ちょっ、さーちゃん!?」


 一方的にまくしたてて一方的に電話を切る。

本当に今日のさーちゃんはどうしてしまったというのだろう。

無機質な機械音を発している手元のスマホを見て、今日何度目かわからないが再び首をかしげてしまった。


「おかしいところがあるとは思ってしましたが、今日は一際おかしなさーちゃんでした」


「知ってるか?おかしな奴が言うおかしいは普通って言うんだぞ?」


「いいでしょう。そこまで言うのであればやはり今日という今日はしっかり決着をつけねばなりません。さぁ、2回戦です!今夜は寝かせませんよ!」


 明日は学校で、きっと欠伸を噛み殺しながらの授業になるのだろうけども、とりあえずその辺は忘れておこう。


 やれやれ、という表情をしながらもしっかりと私を押し倒してくる秀介さん。


 今日はとっても楽しかった。

最後の最後で少しだけ気になることは出来てしまったが、それも明日になれば本人が直接話してくれるというのだから待っておけばいい。


 どんな話なのかは知らないけれど、最後にはきっといつも通りにさーちゃんのほっぺたを引っ張って笑って終わるはずだから。


 首元に落ちる秀介さんの甘いキスを感じ、私はそっと目を閉じる。


 本当に楽しい一日でした。




 翌日、さーちゃんは学校に来ることはなかった。

その次の日も、そのまた次の日も。


To be continued


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