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二人の帰り道  作者: ナル
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紅い帰り道

 うだるような残暑もようやく落ち着きをみせ、朝と昼の寒暖差が段々と出てきた今日この頃。

季節は瞬く間に過ぎていくというのに、私たちの関係は一向に進展を見せようとはしないから困ったものだ。


「少し喉が渇きませんか?」


「後もう少し歩けば自販機があるからそこまで我慢しろ」


「そうではなくて、どこかによってお茶でもしましょうって言ってるんですよ」


「何度も言うが、この田んぼ道のどこにそんなこじゃれた場所があるって言うんだよ」


 ついこの間まで金色に輝く稲穂がこうべを垂れていた光景も、今や全てが収穫されてしまったようで根元のみが残るありさまとなってしまっている。

もっとも今年は豊作と聞いているので、そろそろ脱穀され精米の終わった今年の新米が食卓に並ぶ頃ではないだろうか。


 その光り輝く新米といったらもう、目で見てよし、食べてもよしと文句の付けどころのない美味しさときている。

そういえば漬物はまだあっただろうか。

あれがなくてはせっかくのお米が台無しになってしまう。


「何を考えてるのかだいたい想像はつくけど、よだれが出てるから早く拭け」


「……レディに恥をかかせるなんて紳士のすることじゃないですよ」


「まずお前はレディの定義からもう一度勉強してくるんだな」


 つい近々の食卓を想像して危ない妄想をしてしまったが、今はせっかくの放課後デートの時間。

油断をして失態を見せてしまったが、こんなことをしている時ではない。

できたら私としてはもう少し甘い会話を楽しみたいのではあるが、とてもじゃないがそんな雰囲気ではないのが悲しいところだ。

 まったくこういうときは彼氏の方からそういう感じに仕向けてくれるものではなかろうか。

彼女がこんなにも心待ちにしているというのに失礼してしまう。


 そんな雰囲気の一端を作ったのは自分であることはこの際だから棚上げしておこう。

こういうのは認めたほうが負けなんだ。


「秀介さん、少し寄り道しませんか」


「どこへ?」


「足の向くままただ気ままに?」


「なんで疑問形なんだよ……」


 というよりも私としては二人の時間が持てるのであればどこだって構わない。

二人でゆっくりとお話をして、甘い時間を過ごして、あわよくばキスなんかが出来たりすればそれでいいのだ。


 もとはといえば私の横で呆れ顔をしているこの男が悪い。

私というこんなんにも献身的な彼女がいながら、未だに手を繋ぐにとどまっている関係というのはいかがなものなのか。

確かにまだ私たちは高校生で、健全なお付き合いが推奨される年齢ではあるかもしれないが、それでもこのほとばしる若さは次のステップを欲しているし、それは秀介さんだって同じだと思うのだが。


 それともまさかあれなのか、私の彼氏はこの年ですでに枯れてしまっているというのか。


「せめてそういう独り言は自分の頭の中でしろよ」


「乙女の独り言を聞くだなんていけないと思いますよ」


「今ののどこが独り言だ」


 さらに呆れた顔を深くする秀介さんだが、その耳が赤くなっているところを私は見逃したりはしない。

加えて握っている手に力が入っているところを見れば、照れているのは一目瞭然。

なんだ、ちゃんと秀介さんも男の人だったんですね。


「行くぞ……」


「はれ、どこへ行くんですか?」


「お前がどこでもいいって言ったんだろ」


「えっと、確かに言いましたけど、いかがわしいところはまだちょっと早いかと思うんですが」


「少しその口を閉じ解け」


 少しやりすぎましたかね。

でもまあ、しっかりと手は繋いだままで私を引っ張って歩いてくれているので大丈夫でしょう。

それにこうでもしないと秀介さんはなかなか自分から動いてくれないし。


 しかし緊張した。

幸いなことに照れている秀介さんは前を向いているからいいけれど、もし振り向かれたらきっとゆでだこのように赤くなっている私の顔が見られてしまうところだった。


 私だってそれなりに緊張するんですからね。




 道すがら自販機でジュースを買い、さらに少し歩いたところで気づいた。


「紅い、ですね……」


 いつもの帰り道から少し外れた脇道。

そこに道があることは知っていたけども、なんとなく一人で通るには薄気味悪かったし、なによりそこを通る理由がなかったため来るのは今日が初めて。

 目の前に広がるのはまだ少し赤みが足りないが、だんだんと色づき始めている紅葉の葉。


「こんなところがあるなんて知りませんでした」


「あんまり人が通るところじゃないからな」


 秀介さんによれば、もともとはこの道が主として使われていたらしいが、さっきまで私たちが歩いていた道が出来てからは誰も使わなくってしまったとのことらしい。

 言われてみれば、そこかしこから雑草は生えているし、そもそも道自体が舗装すらされていない。


「でもなんでここに紅葉なんでしょうか?」


 この周辺は田園が広がっているせいもあり、あまり高い木は立っていない。

私たちが今いる場所は、田んぼが広がる地帯の端に広がる森の中。

人の手が加わっていない未開発の場所。


「さあな。だけど周りの木がそうじゃないところを見ると、大方誰かが随分前に埋めたんだろうけど、理由はわからないな」


 まだ緑が残る木々に囲まれた中に立つ紅い色はただただ異色。

だけど不思議とそれに違和感を感じることはなくて、自然にその光景に目が吸い寄せられていく。


「綺麗ですね」


「誰にも言うなよ。俺以外知らないはずの場所だから」


「その秘密の場所を私に教えてくれたということは、それなりに信用していると考えていいのでしょうか?」


「信用してなきゃ好きになんかなるはずないだろ」


 本当にこの人は時々ものすごくずるいから困る。

普段は悪態ばかりついてくるくせに、たまに今みたいにストレートに気持ちを伝えてくるからたちが悪い。

そのせいで私の心臓はいつも突然のビートチェンジに苦心していることをわかっているのだろうか。

心臓発作でもおこしたらどうしてくれる。


「紅葉と日和、どっちの方が紅いだろうな」


「極めて遺憾です。慰謝料を要求します」


「口の減らないやつだよ」


 その言葉のすぐ後に、急接近した秀介さんの顔。

さっきまで広がっていたはずの紅は、今や秀介さんで見えなくなり、唇に触れるやわらかい感触を感じたから、とりあえず目を閉じることにした。


「慰謝料はこれでいいか」


「そうですね。今日の所はこれで勘弁してあげます」


 時間にすれば数秒の出来事だったはずだけど、それでもこれまでの私の人生史上、少なくともトップ3には入るであろう出来事。

まだその感触が残る唇に指で触れてみれば、それを思い出してしまってただでさえ熱かった顔がさらに熱くなるのを感じてしまう。


「日和の方が紅そうだ」


「人のことは言えないと思いますよ」


 人目につかない気の影で、二人と葉っぱが赤く染まる。

季節は夏から秋へと移り変わったはずなのに、燃えるように熱いのはなぜだろう。


 そんな私を見た秀介さんがもう一度近づいてくるのを感じたから、鼓動が早すぎて爆発しそうになるのを感じたけど、今度は唇が触れる前に目を閉じた。


 また一歩関係が前進した、そんな日の出来事。


END

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