おせっかいな帰り道
さーちゃんにどうやら気になる人が出来たようだ。
このことは私の中でも最近特にホットなニュースであり、なんとしてもその経過を追わなければならない、なんならその熱に着火剤を投入することもやぶさかではないほどの命題だったりもする。
「というわけで本郷先輩、明日さーちゃんと一緒に帰ってください」
「いやさ、俺も大概突っ走る方だけど、ここまで極端なことをしないと思うんだがどう思う?」
「心配しなくてもお前は常時こんな感じだよ」
私のお願いを秀介さんに振るのはどうかと思いますが、いちいちそれに突っ込んでは話しが進まないので、ここは私の富士山よりも大きな器で流してあげることにします。
「私がさーちゃんを校門まで連れてきますので、本郷先輩はお家までエスコートしてあげてください。これでさーちゃんも一発KO間違いなしです!!」
「KOしたらダメなんじゃないか……?」
「諦めろ本郷、こうなった日和は梃子でも考えをかえやしないぞ」
なにやら秀介さんまで失礼なことを言い出した気がしますが、それこそ許します。
なぜって?
それは相手が秀介さんだからに決まっています。
春麗らかな4月の放課後。
今日の帰り道は初めてというわけではないが、それなりに珍しい3人という組み合わせだ。
本来ならさーちゃんと帰る予定だったのだが、残念ながらさーちゃんは委員会活動で残らなければいけないということになってしまった。
というよりも、放課後になるまでそのことを忘れていたのがさーちゃんらしいと言えばそれまでなのだが、ともかく一人で帰らないといけなくなった私に、まるでこの状況を見越したかのように連絡をくれたのが、私の愛しの秀介さんというわけだ。
「おまけがついてきたのは想定外でしたけど、まぁこの際だからいいでしょう」
「あのな本山、そういうのは思っても口に出さないのが大人ってもんだ」
「何度も言うがお前も似たようなもんだぞ、本郷」
私の発言に本郷先輩が突っ込み、それに対し秀介さんがさらに突っ込む。
そんなことを繰り返しながらゆっくりと歩く帰り道。
「お話の続きですが」
「まだ続くのかよそれ……」
なにやらげんなりしたような本郷先輩ですが、私だってひけないときはあるんです。
なにせ親友の幸せがかかっているんですから!!
事の発端は先日の変態によるさーちゃん襲撃事件に遡る。
どういうわけか校内でも有数の人気を誇るらしい新瑞橋先輩が、私に用があるというのを口実にさーちゃんをその毒牙にかけようとしたという、まさしくおぞましいという言葉がふさわしい事件だ。
幸いなことにたまたま近くにいた本郷先輩のおかげで事なきを得たのだが、あやうく私の親友の純潔が散るところだったかもしれなかった。
そのことについては本郷先輩にとても感謝をしているし、お礼もちゃんと言った。
しかしその先輩に対し、なんとさーちゃんがときめきを覚えてしまったのだから面白い。
少女趣味の残るさーちゃんは、自分を助けてくれた先輩のことを美化し、こともあろうに好意を抱いてしまったのだ。
おっとり天然で、可愛い容姿に大きい胸というさーちゃんに対し、性格はまあいいが、頭が悪く間抜けでなんとなく野生さがにじみ出ている本郷先輩。
「まさに美女と野獣ですね」
「俺、そろそろ怒ってもいいよな?」
「その時は俺がお前に怒らないといけなくなるからやめとけ」
甚だ不本意ではあるが、それでも親友が選んだ人だし、一応秀介さんの友人なのだからそこは許容するとして、次はどうやって二人を親密な関係にしていくかが問題だ。
もっともさーちゃん本人はこれについて消極的な節がある。
確かに好きとかの恋愛感情にまで感情は至っていないのかもしれないけど、それでも本郷先輩のことを気にかけているのは明白だ。
話題の端にでも本郷先輩の話題が上れば落ち着きを失くし、私がそのことに突っ込めばすぐに顔を赤くする。
たまたま校内で接近するような場面が一度あったのだが、その時に至ってはあからさまに挙動不審になっていたくらいだ。
詳しく聞いたことはないが、さーちゃんがこの学校に来る前に何かとても心に傷が残るでき事があったということは、なんとなく知っている。
そのせいもあって、今回自分のピンチに対し駆けつけてくれた本郷先輩に対し特別な感情を抱いたのかもしれない。
いわゆる過去へのトラウマとつり橋効果の合わせ技。
もしかしたら私が二人をくっつけようとしていることは、おせっかいなのは間違いないが、それ以上に誤りなのかもしれない。
それでも私が二人を、いや、さーちゃんを応援したいと思っている。
別にさーちゃんが本郷先輩と付き合うとか、そこまでを望んでいるわけじゃないけれど、あの子はもっと他人と関わるべきだと思う。
さーちゃんに初めて話しかけた時に感じたこと。
この子は人と接することを恐れている。
後に過去に何かがあったらしいということは察したけども、それはあくまで過去の事。
ここではさーちゃんがその過去に縛り付けられる必要なんて何もないのだから。
だから私はさーちゃんにもっとたくさんの人とお話をしてほしい。
そしてもっとたくさんの笑顔を見せて欲しい。
私はさーちゃんの親友なのだから。
「できたら前の学校で何があったのかも話して欲しいんですけどね」
「何か言ったか、ちっさいの」
「空耳ですよ。それから次その呼び方したら、翌日から学校にこれないと思ってください」
人のことを失礼な形容詞で読んでくる本郷先輩には、このくらいの脅しが必要という物です。
何か青い顔で秀介さんに話しかけていますが、知ったことではありません。
さーちゃんの過去に何があったのか。
今はまだ私はそれを知らない。
だけどいつかきっと、それを私は聞きたいと思っている。
親友として、さーちゃんから話したいと思えるような存在になって。
三人から二人へ。
人数は減ったが、それは決して嫌なことなんかじゃなくて、むしろ私的には好都合。
右の手には秀介さんの手があって、特に何かを話すこともないが一緒に歩くいていることがただ楽しかったりもする。
「お膳立てはしたんですから後は二人次第ですね」
「あれがお膳立て?」
「立派なお膳立てじゃないですか。しっかりとダブルデートの予定を立ててあげたんですから。次の週末が今から楽しみで仕方ないです」
「その計画は俺も含まれているんだよな」
「何か問題です?」
「いや、何も」
少し不満そうな秀介さんの顔だが、その表情は決して本当に嫌がっているわけじゃないことを私は知っている。
だてに小さい頃から一緒にいるわけじゃないし、何よりずっと秀介さんのことを見てきたわけじゃない。
だから逆に、きっと秀介さんも私のことをよくわかっているだろう。
今回のこのダブルデート企画が、私が単に二人をくっつけたいというおせっかいだけではないということも、さーちゃんのことを本当に大切に思っている事も。
本郷先輩にちゃんと感謝していることもわかっているはず。
気持ちを伝えられるまではそれを知ることはなかったが、私と同じように秀介さんも私のことを見ていてくれたのだから。
言葉にはしなくてもお互いの心の中はある程度わかっている。
だからこれ以上に今の話題について深くまで追求することはない。
端から見ればどこかぶっきらぼうで、それ以上にもしかしたら意味も分からないかもしれない。
だからといってこのスタンスを変える必要など毛頭ない。
だって私たちが、私達だけがわかっていればそれで十分だから。
それに二人だけがわかっている方が、なんだか通じ合っているみたいで素敵ですしね。
「なぁ、日和」
「なんです?」
互いの家までは距離にして後数百メートル。
二人で過ごす楽しい時間ももうすぐ終わり。
もっと一緒にいたければ、別に後で部屋にお邪魔すればいいのかもしれないけど、だけどこの帰り道特有の空気とは違う。
だから私は二人で歩くこの帰り道が好きなんだ。
「その人の過去に何があったとしても、それを知りたいと思うか?」
にもかかわらずなこの秀介さんの問いにはすこしばかり虚を突かれた。
確かに先ほどまでさーちゃんの過去について考えていたし、私の考えていることはある程度わかるとも思ったのは間違いない。
「その問いの真意について聞いてもいいです?」
だけどそれをこのタイミングで聞かれるとは思わなかった。
二人になった今でなければ聞けないということはわかるが、だからと言って今。
いや、本当に驚いたのはそのせいではない。
せっかく二人きりになった恋人同士の時間にそんなことを聞かなくても、と思ったのは事実だが、それよりも何よりも、そんなにストレートに聞かれるとは思わなかったのだ。
「言葉のままだよ。人には誰しも過去がある。その過去が周りにとってだけでなく、本人にとってもいい物じゃなかったとしても知りたいか?」
先ほどの質問に言葉は増えたが、その真意はますます靄の中。
素直にとらえるのであれば、秀介さんがさーちゃんの過去についてなんらかの情報を持っているということなのかもしれないが、それだとしたらいろいろと解せない気もする。
「過去は過去だと思います」
真意もわからなければどんな答えが正解なのかもわからない。
それならば私が思うことを伝えることにする。
「その人の昔に何があったかは知りませんが、私が知っているのはその人の今です。もちろん悪いことをしたのであれば別ですが、それでも今その人が正しい道にいるのであればそれでいいんじゃないかと思います」
例えさーちゃんが私に会う前に何があったとしても、私たちの友情が消えるわけではない。
「月並みな答えだけですけどこれでいいですか?」
よくあるチープな回答だったかもしれないが、私はそう思っているのだから仕方がない。
どうしても内容をさーちゃんに重ねてしまうが、それもまた仕方がないのではないだろうか。
「やっぱり日和は日和だな」
しかしどうやらその答えに質問者である秀介さんは満足したようで、繋がれていた手に少しだけ力がこもった気がした。
「それって褒めてます?」
「もちろん褒めてるだろ?俺としてはこれ以上にないくらいに褒めたつもりだぞ」
「なんででしょう。むしろ馬鹿にされたような、それ以上にけなされた気がします」
「考えすぎだ」
結局その問いがなんだったのか、さーちゃんに関することだったのかどうかはわからないまま。
だけど秀介さんだからきっと、そのうちちゃんと話してくれろだろう。
そう信じているからつないだ手を飛び越えて、秀介さんの腕に飛びついた。
とりあえず自分で言った通りに私は今を楽しく過ごす。
まずはさーちゃんと本郷先輩とのダブルデートだ。
飛びついた腕は暖かく、今日という日もまた終わっていく。
だけどこの時の私は知らなかった。
この問いの本当の真意が、まさか私自身の過去についての問いだということを。
それを知ることになるのは、遠くない未来。
しかしまだ先の話。
To be continued




