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二人の帰り道  作者: ナル
17/26

影を落とす帰り道

 春休みが終わり新たな学年を迎える4月。

束の間の休みに別れを告げ、暖かくなってきた陽気とともに私たちは新学年へと進級した。


 とはいっても生徒数の多くない田舎の学校ということもあり、クラス替えをしたところで大抵は見知った顔しかいないわけで、あまり何かが変わったという感じはない。

それでも今までと違う教室と、2年生というその音だけで、なんとなくでも新鮮さを感じてしまうから不思議なものだ。


「それで、痛かった……?」


「それがですね、あまり覚えていないんですよ」


「なんで!?そこが一番大事なところなんだよひよっち!!」


「私だって必死だったんです!あの状況でそんなとこに気なんか配ってられませんよ!!」


 そんな新学期最初の始業式を終えた私とさーちゃんは、これも1年生のときと変わらずに二人でいつもの通学路を帰宅している。


 そこでの話題と言えばもちろんこの春休みに起こった出来事になるわけだが、そんな中で私が話すことと言えば当然ひとつしかない。


 この春休み、私と秀介さんはついに一線を越えた。


 付き合い始めておよそ一年がたったこの春休み、一緒に訪れた遊園地。

その夜に宿泊したホテルで私たちは結ばれた。


 あまり人に言いふらすような話題ではないことはもちろんわかっているが、それでもこの喜びと幸せを誰かに聞いて欲しい。

できるなら一緒に分かち合いたいと私が思ってしまっても、それはしかたがないことなんじゃないだろうか。


 だって小さい頃から好きだった人と恋人になることができて、その人とようやく深い関係になることができたのだ。

これで舞い上がらないというのであれば、一体いつ舞い上がれというのか。

この次に考えられることがあるとするならば、それはもう秀介さんにプロポーズされたときくらいしかない気がする。

もっとも、もしされたとしたら嬉しすぎて卒倒するほうが先な気もするけれど。


「あぁ、でもひよっち。ついに大人の階段を昇ったんだね」


「そうです。私はもう今までの日和ではありません!2年生となった今、私はスーパー日和として生きていくんです!!」


「なんだか生鮮食品とかが安く売ってそう」


「いいでしょう。せっかく新学期になったんです。さーちゃんのほっぺもさぞかし引っ張られることを待ち望んでいたしょうから、その望み叶えてあげます」


 後ずさる隙すらも与えることはしない。

新学期になってはじめて引っ張ったさーちゃんのほっぺは、相変わらずの弾力と柔らかさで気持ちいい反面、やっぱりなんとなく悔しかった。


 悔しかったのでいつもより多く引っ張っておいたことは言うまでもない。

さーちゃんも目に涙を浮かべて喜んでくれたんですから、私は今日もいいことをしたはずです。




 太陽が出ている時間がだいぶ伸びてきたとはいえ、それでも下校時間が遅くなればまだ家に帰り着くまでにあたりは暗くなってきてしまう。

それでも私たちの話は尽きることはなく、いつも別れるはずの分岐点に差し掛かってからも話が止まることはなかった。


 近くにあった手ごろな石に腰掛けて、段々と薄暗くなるのを感じながらも私たちの話は終わらない。


「それで、さーちゃんのほうはどうなんですか?あの後本郷先輩とはお話したんですか?」


「あのねひよっち。確かにあの時助けてはもらったけど、だからってそんな甘い話題に全部が繋がるとは限らないんだよ?あくまで私は本郷先輩にお礼がしたいだけで……」


「あ、本郷先輩」


「え、えぇ!?ちょっとま、待って!!まだ心の準備が?!」


「嘘です」


「嘘……?」


「はい、そんなに顔を赤らめたり、ちょっと残念そうな顔をしているところ申し訳ないですけど、本郷先輩はどこにもいませんよ?」


 こんなわかりやすい見え見えの嘘に対して、私の思惑通りの可愛らしい反応を見せてくれるあたり、どう考えてもこれはもう黒だろう。


 さーちゃんから聞いた話によれば、私の知らないところであの迷惑ストーカーである新瑞橋先輩が、こともあろうにさーちゃんにちょっかいをかけていた。

しかもそれが私ですら気を使ったさーちゃんの様子がおかしかった日にだ。


 最初その話を聞いた時には、どうしてあの日、無理にでも一緒に帰らなかったのかと後悔したのだが、それもその後の言葉ですべて無に帰したのは記憶に新しい。


『でもその時に本郷先輩が助けてくれたんだよ。なんだかヒーローみたいですごく格好良かった……』


 そう語るさーちゃんの様子を一言で表すならまさしく、“恋する女の子”。

視線は空を見上げ、その時の様子を思い出しながら頬を少し赤らめる。


 うん、心配して損した。


 とまぁそんなわけで、その時のお礼をしたいと春休みに入る前に言っていたさーちゃんであるが、どうやらそれを実行には移せなかったようだ。


「うぅぅぅぅぅ~~~~~……」


「何やら恨めしそうな顔をしていますが、いないものはいないんです。それよりもお礼をする方法を考えたらどうです?」


「なんで騙された私が悪いみたいになってるのかな……?」


「そうですね。その無駄におっきなおっぱいでも触らせてあげたらどうですか?絶対に喜んでくれると思いますけど?」


「おっ、お、おっぱ……」


「きっと本郷先輩もいちころですね」


「無理に決まってるでしょーーーー!!」


 陽のほとんど沈みかけた帰り道に、顔を沈む夕日に負けないくらいに赤くしたさーちゃんの絶叫がこだました。


 うーん、我ながらいいアイデアだと思ったんですけどね。

というかその胸、私にも少し分けて欲しいです。




 その後も1時間ほど話は続き、気が付けばあたりは真っ暗。

街灯も少ないこの道ではさすがにそろそろ帰らなくてはならない時間となっている。


「まだまだ話は尽きませんが、そろそろ帰らないとですね」


「おかしいよ。なんでひよっちの初体験の話を聞くはずが、私がいかにして本郷先輩を誘惑するかの話になってるんだろう……」


「秀介さんに頼んでダブルデートをお願いしますから、その時までに誘惑する方法をしっかりと固めておくんですよ」


「話がすでに出来上がってるし!」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていくもの。

お腹もすいてきたし、なによりそろそろ帰らないと秀介さんが心配するだろう。

一緒に帰らなかった日は秀介さんに一目会うために、夕食前に顔を出すことにしているのだが、今日はその時間もだいぶ遅くなってしまっている。


「うぅ、とりあえず帰って考えてみるよ……」


「素直なさーちゃんは好きですよ?」


「あんまり嬉しくない……。あれ?」


 そんな別れの間際、直前までうなだれていたはずのさーちゃんが何かを見つけたように、正対している私の後ろに視線を移す。


 その視線につられるように振り返った先に見えるのは、こちらに向かってくる二人の人影。

確かに今私たちがいるのは道が分岐している点であり、私が帰る道、さーちゃんが帰る道、そしてもう一本。


 その道が続くのはこの町にある駅に続く道なのだが、基本的にこの道を使う人は少なかったはず。

というよりもそもそもここを通る人自体がそう多くはないのだ。


「珍しいですね」


「そうだね。しかも二人も」


 暗さの増したこの時間となっては、人影は確認できてもそれが誰なのかを認識するためにはもう少し近づく必要がある。

もっとも、その人影はこちらに向かって歩いてくるため誰かが判明するのも時間の問題だろう。


 なんとなく私とさーちゃんの間に降りる沈黙。


 普段と違う状況と、周囲の薄暗さが余計にその奇妙さを増長させている気がする。


「本山……?」


 そして相手の顔がようやく見える距離まで近づいた時、その二人組の片方が発した言葉はなぜか私の名前だった。

男女の組み合わせであった二人組は、私を見るなりどういうわけかとても驚いたような顔をしている気がするのだが、生憎私にはこの二人の顔に見覚えはない。


「あの、どちら様でしょうか?」


 呼ばれたからには相手は私のことを知っているはず。

だけどもこちらは知らないのだからと、ひとまずそう問いかけてみたのだが、後から考えてみればそれはそれで失礼な気もするが、まぁそれはいい。


「「……」」


 私のその問いに対する返事はない。

ただ私のことをどことなく怯えたような、それでいてなんだか軽蔑したような、お世辞にも友好的ではない視線を向けているだけ。


 はて、少なくとも私は見知らぬ人に敵意ある視線を向けられることをした覚えはないのだが。


「えっと、ひよっち。もしかして昔この人たちに何かしたんじゃないの?」


「どこまでも失礼なのはその口ですか?さすがの私でも、もし何かがあったのであれば覚えています。ボケてるのはさーちゃんだけで十分です」


「あれ、ひよっちをいじったはずが何で私がいつの間にかいじられてるのかな?」


 おおぼけなさーちゃんは置いておくが、今の私たちの会話の中、その中のあるワードにこの二人が反応したのを私は見逃さなかった。


 “忘れている”


 私たちが通う高校とは異なる制服をまとった二人の肩がわずかだが揺れた。

あの制服は確か、この田舎町から電車である程度いった市街地にある私立の物だった気がする。


 この町にも高校はあるし、もちろんそこに通う人が大半なのだが、どうしても場所柄、設備や教育水準は平均並みでしかない。

それゆえ一定数の人たちは、中学卒業後はこの町を出て私立の高校へと進路を変えていくのだ。


 この二人もおそらくそうであることは、この時間に駅方面から歩いてきたことで明白なのだが、わからないのはどうして見覚えのない二人が私の名前を知っているのかということ。


「覚えてないのか……」


「そりゃそうだよ、だって……」


 眼前で聞こえる二人の会話は声こそ抑えているが、こっちは丸聞こえだということをわかっているのだろうか。

ボケキャラはさーちゃんだけで手いっぱいなのだから、これ以上ふやさないで欲しいのだが。


「あの、何か言いたいことがあるのであれば聞こえるようにお願いできますか?」


 高校デビューでもしたのだろうか、少し明るめの髪の二人に対し、聞こえているとの意味も込めてそう言ってみた。

だって、どうやら私が覚えていないだけのようですし、そんなひそひそ話をされると少し不愉快じゃないですか。


「不愉快なのは忘れられてる二人の方だと思うけど……」


「さーちゃん、どうしてあなたはそういつも一言多いんですかね?」


 ほっぺを引っ張られるとわかっているはずなのに。

学習能力がないとはまさにこのことですね。


「わ、悪い!どうやら人違いだったみたいだ。俺達もう行くから、それじゃ!」


「え、あ、ちょっと!?」


 そんないつも通りのコントを繰り広げいる間に、私たちの横を脱兎のごとく走り去っていく二人。

慌てて追いかけようかとも思ったが、腕をつかむさーちゃんがそれを阻んだ。


「追いかけるなら、その手を離してからにして―――!!」


 そういえばほっぺを掴んだままなことを忘れていました。


 ほっぺを離し、さーちゃんの腕を引っぺがしたときにはすでに二人の背中ははるか向こう。

今から追いかけても追いつかないし、何よりお腹の減った今の体力でそれをするのも気が引ける。


「なんだったんだろうね」


「わかりませんが、少なくとも向こうは私とお話したいわけではなさそうですし、放っておけばいいでしょう」


「あの様子だとあっちはひよっちのこと知ってそうだけど……」


「私の記憶中枢では検索がヒットしないんですよね」


「しかもなんだかひよっちのこと嫌いそうだったけど……」


「敵意が出ていたような気はしましたね」


「やっぱり昔に何かしたんじゃ……」


「ですから、どうしてそのお口は余計なことを言うんですかね?」


 結局、今日の締めもさーちゃんのほっぺを引っ張ることで終わっていく。

いつもと違うのは、なんとなくだけど後味の悪い邂逅をしたということだけだろうか。




 空いたお腹に夕食を詰め込み、お風呂で体を温めて、心地よい眠気にまどろみながらの夜のひと時。

まさに一日の疲れを癒す至福の時間と言えるのではないだろうか。


「人のひざを枕にしないで、自分の部屋のベッドで寝たらどうだ?」


「可愛い彼女が膝枕をおねだりしてるんですよ?男子高校生にとってはポイント高いと思うんですけどね」


 秀介さんの部屋ですごす夜のひと時。

一緒に帰れなかったので訪れた彼の部屋で、なんとなく甘えたくてじゃれついてみのだが、どうやら秀介さんにはお気に召さなかった御様子。


 手には英単語帳を持っているところを見ると、どうやらお勉強中だったらしい。


 この春で私が2年生になったということは、秀介さんは3年生。

ということは同時に受験生へとクラスチェンジしたということになる。

この時間でも勉強しているということはそういうことなのだろう。


「勉強大変そうですね」


「わかってるなら今日は構ってやれないぞ?」


「その時間を捻出するのが秀介さんの腕の見せ所ですよ」


「お前な……」


 もちろん冗談だし、何より秀介さんの邪魔をするつもりなど毛頭ない。

すでに邪魔をしている気もするが、これ以上は長居するのも無粋でしかなので、そろそろ撤退するつもりだ。


「我慢できなくなったらどうしてくれる」


「はい?」


 そう思って膝から状態を起こそうとしたところでそうぶつけられる言葉。

起き上がろうとした体も、単語帳を持つ手とは逆の手で押さえられている気がするのですが、これいかに。


「夜、風呂上り、彼氏の部屋でくっついてくるということは、これはもう誘っていると考えていいんだよな」


「いや、あの、あれ?」


 確かに言われてみればその通りで、すでに一線を越えている私達の関係からすればそう捉えられても無理はないのかもしれないけども。

あなたお勉強中だったんじゃないんでしたっけ!?


「勉強の科目を保健体育に切り替えることにする」


「男子高校生のその手のネタは禁止です!」


「声、抑えろよ」


「ほ、本気ですっ……」


 キスで口を塞がれてしまったらそれ以上二の句を告げることもなく、そのまま後は秀介さんに堕ちていくことしかできない。


 おじさん達にばれないといいな。


 すでにばれているかもとも思いつつ、声をどうやって抑えるかを考えながら秀介さんのキスを受け入れた。

結局、たいして我慢できなかったことは言うまでもないけれど。



 そういえば、あの二人の事秀介さんに聞けなかったな。


END


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