雪降る白い帰り道
「雪降る白い帰り道」
春の足音がもうそこまで聞こえてきそうな昨日まではどこへやら。
夜中から降り続いた雪は、辺りを白一色に染め上げても尚勢衰えることなく今も降り続いている。
踏み出した足がそこに足音をつけてる度に、真新しい雪の感覚に幼い時の記憶が呼び起こされる気がする。
「お前は今でも幼いまんまだろ」
「そういうことを言う人には、雪玉のフルコースを振舞ってあげましょう」
手近にあった雪をひっつかみ固めて投げつけてみるのだが、私の非力さ故なのか、どうにも秀介さんに楽々と交わされてしまう。
数撃てば当たる理論で延々と投げ続けようかとも思ったけれど、素手で雪を触ったせいで手が冷たくてしょうがないからやめておくことにした。
「命拾いしましたね」
「そうだな。少なくとも今のタイミングでやめたおかげで後で日和が霜焼に悩むリスクは減ったな」
「それでも冷たいことに変わりはないので温めてくれることを希望します」
かじかむ手を差し出せば、無言で繋がれる私の手。
欲を言えば、両手とも握って欲しいところだが、それでは歩くことが出来なくなってしまうのでここは我慢しておこう。
「ほんとに冷たいな」
「この手を背中に突っ込まなかった私を褒めてほしいくらいですね」
「そんなことしたら背中に雪を突っ込むから覚悟しろよ」
「うら若き乙女の背中にそんなことをするなんて痴漢も真っ青な横暴です」
いつもと変わらない会話とテンポ。
ついこの間まで互いの間にあった、なんとも言えない空気間はもうどこにもなくて、この私達特有の距離感が心地いい。
もとはと言えば私の勘違いと明後日の方向へと突き進んだ妄想のせいなので、あまり思い出したくない出来事なのだが、それでも秀介さんの想いを聞くことのできた貴重な出来事でもあったのだから忘れることも出来ない。
ちょっとしたジレンマな気もするのだが、とりあえずのところ自分にとって都合のいいところだけを切り取って記憶をするということで落ち着いている。
人生出来れば楽しいことだけを覚えているほうがいいに決まっているのだ。
そのくらいのことをしたってばちは当たるまい。
「さて、秀介さん。そろそろお家についてしまいますが、その前に私は雪だるまを作ることを提案します」
「断る」
「余計な装飾を全て取っ払ったストレートな表現は嫌いではないですけど、仮にもハート飛び交う男女関係な仲なんですから、もう少し何か言ってくれてもいいと思いますよ?」
「寒い+冷たい+疲れる=炬燵で丸くなりたい」
「そうですね。私もそう思わないではないですが、雪が積もる日はそうはありません、できることは出来るときにが私のモットーなので作りますよ秀介さん」
心底嫌そうな顔をしているが、この人は私が行動を起こしてしまえば断らないことを知っている。
どんなに嫌そうな顔をしても、どんなに気乗りがしなくても、最後には私に付き合ってくれるのだ。
それをわかっていてこんなことを言うのもどうかと思うが、それでも私が間違っている時にはちゃんと止めてくれることも知っているから。
だからこうして甘えてしまうのだ。
「目指すはスカイツリー以上の雪だるまです!天まで届くバベルの塔を建設するんです!」
「途中で倒れるフラグにしか聞こえないなそれ」
勢いの弱くなった雪ではあるが、私たちの頭に降り注いでは溶けていく。
高校生にもなってすることではないのかもしれないけど、それでもたまにはこんなことをするのもきっと楽しい。
隣に秀介さんがいればそれは尚更。
それから一時間ほどの間、かじかむ手をさすりながら、時に秀介さんの背中に手を突っ込みながら、その度に雪玉を投げつけられながら二人で雪だるま造りに没頭した。
最初は手のひら大だった雪の球は、時間の経過とともに大きくなり、今ではお互いの身長に迫るほどに大きくなっていて、周囲の雪はあらかたこのふたつの雪の球になってしまったのではと思うほどだ。
「秀介さん、私ひとつ問題を見つけてしまいました」
「奇遇だな俺もちょうど今しがたひとつ気づいたことがある」
私の雪玉よりも少し大きい雪玉に、体を預けるようにして立つ秀介さんの息は少し上がっているようで、吐く息が白い水蒸気となって空気に溶けていく。
かくいう私も息はだいぶ上がっていて、同様に白い気を吐いている状態なのだがそれはまあいい。
問題はそんなことではなくもっと他のことだ。
「この雪玉、どうやって雪だるまにしましょうか」
そう、私たちは頑張りすぎてしまったのだ。
この一時間、じゃれ合いながらも大半の時間を雪玉を作ることに没頭していた私たちはそのサイズに気を配ることをしていなかった。
その結果、大きくなりすぎた雪玉は大きさに比例して当然重量も相当なものになっていて、今や転がすのも一苦労なくらいになってしまっている。
雪だるまというのはそもそも、大きい雪玉の上に小さなものを乗せるのが完成形だ。
私たちが雪だるまを完成させるためには、この後にその作業をしなければならない。
だが、大きくなりすぎた雪玉を乗せることは、私達二人ではもはや不可能だろう。
それほどまでに大きくしすぎてしまったのだ。
「どうやら少し日々の筋トレを怠ったようです。これしきの雪玉を持ち上げられないなんて、私も平和ボケが過ぎましたかね」
「中二的発言は聞かなかったことにしてやる」
「失礼な。秀介さんこそ情けないですよ!男の子ならこれくらい片手で持ち上げられなくてどうするんですか!」
「お前はもう少し物理ってものを勉強してこい」
しかし困りました。
これでは雪だるまがただの雪見大福になってしまう。
それはそれでおもしろいかもしれないが、ここまでの労力を考えるならできたらもう少し完成度の高いものを作りたいものなのだが。
あ、雪見大福が食べたくなってきた。
「この雪見大福さん達はどうにかできませんかね」
「もうこのまま雪見大福でいいだろう。そろそろ暗くなってきたしな」
春が近づき日が少しは日が長くなってきているとはいえ、それでもまだ暗くなる時間は早い。
昼間でも低い気温は日が沈んでしまえばさらに下がることは必至で、それまでに家に帰るのが無難という物だろう。
「なんだか寂しいですね」
だけどこの一時間の頑張りを無駄にするのが少しだけ惜しくて、ついついそんな言葉が漏れてしまう。
秀介さんと一緒にいろいろできたという点ではこれ以上にない及第点なのだが、目標を達成できなかったという点が心残り。
「それならこうするか」
そういうと新たな雪玉を作り始める秀介さん。
だけどその雪玉はさっきよりもずっと小さくて、大小サイズの違うそれを二つ作る。
「何してるんですか?」
「日和も早く作れよ」
そういうとその二つの雪玉を二つに重ねる。
それは私たちが今まで作ろうとしていた物よりもずっと小さくて、見劣りしてしまうものかもしれない。
「いつからミニマリストになったんですか?」
「たまにはこういうのもいいだろ。滅多にやらないことやってるんだから、だったら全部珍しい物づくめでもいいんじゃないか?」
そう言って笑う秀介さんは、いつものクールでどこか無気力なものじゃなくて、柔らかくて、そして私にだけ向けてくれる表情。
この表情は私だけの物。
「ではディティールにこだわることにしましょうか!」
「そんな時間があるかよ」
沈む夕日が山の裾にそろそろ消える。
だけどそんな中でも私たちは雪の中でじゃれ合い続けた。
なんでもない日の、なんでもない大好きな時間。
こんな日がずっと続けばいいと、心からそう思う。
手の霜焼と戦いながらも炬燵でミカンを頬張る至福の時。
冬の贅沢が集約された炬燵という物は、まさに日本の宝と言ってもいいのではないだろうか。
使ってない人は、人生の8割を損しているといっても過言ではないと思う。
「で、さっきからお姉ちゃんは何をにやにやしてるの?」
「にやにやなどしてないです。私は今日の想い出というかけがえのない1ページを脳に焼き付けているとこなんですから、それを理解できない愚妹は引っ込んでいてください」
「え、なんで私そこまで罵らなきゃいけないの?お姉ちゃんもしかしてあれ?月の物が近いとか?」
「なるほど、月陽。あなたはよほど北斗七星の8番目の星になりたいと見えますね」
「もうわけわかんないけど、とりあえずいつもの通りでいいんだよね」
「望むところです。負け犬よろしく無様に泣かせてあげましょう」
相も変わらず姉に対して敬意を払うことのできない妹は、この私が成敗してあげましょう。
私と月陽の間にできている冬限定のルール。
楽園である炬燵から出なければいけないが出たくない時、そしてその用事が頼める時に限り発動される真剣勝負。
「最初はぐー!」
負けても恨みっこなしのじゃんけん一発勝負が執り行われる決まりとなっているのだ。
それゆえことこの季節になると、相手への挑発行為が増大し何かにつけてこの勝負が行われる傾向にあるのだが、それもまた冬の醍醐味なのだろう。
「はい私の勝ち。とりあえずあったかいココアと追加のみかんをお願いね、お姉ちゃん」
「なぜですか!なぜじゃんけんの真理を見た私が月陽なんかに負けるんですか!」
「勝負の世界は非常なんだよ。例えそれが姉妹であってもね」
納得はまったくもっていきませんが仕方がありません。
ルールはルール、これを今守らなければ次の勝負で勝ったとしてもそれを反故にされてしまうかもしれない。
それだけは避けねばならないので、重たい腰を上げキッチンへと向かうことにする。
こうなってしまっては私も今のうちに欲しい物や、したいことを済ませるのがいいだろう。
そう思いやかんでお湯を沸かし始めたのだが、リビングから聞こえた月陽の声に我に返る。
「わー、何これ可愛いー!!」
光の速さでリビングに戻り、人のスマホを勝手に盗み見ている月陽の手からそれを奪い取る。
ここまでおよそ2秒強。
「月陽、どうやら本当にお星さまになりたいみたいですね」
「いいじゃんけちけちしなくても、その写真もっと見せてよ。減るもんじゃないんだから」
「減ります!私のときめきポイントとかもろもろが減るんです!」
「どこぞのスーパーでつきそうなポイントみたい」
ギャーギャーという言葉がまさに当てはまりそうな姉妹の言い合いは、この後我が母の怒声が響き渡る10分後まで続くことになるのだが、またそれは別の話。
スマホの待ち受けに設定したこの写真を月陽に見られたのは失敗だったが、それでもこれは私の大切な宝物の一枚になるだろう。
寄り添う二つの小さな雪だるまと、それを持つ私と秀介さん。
冬の日の平凡の出来事だが、それこそが大切な想い出になっていくのだろう。
これからもこんな思い出が積み重なっていけばいいと、そう願わずにはいられない。
心からそう思った、春も間近な日の出来事。
―翌朝
「ねぇお姉ちゃん、何この雪見大福二つ」
「何言ってるんですか、よく見て見なさい!ちゃんと目と耳があるでしょう!」
「あ、ほんとだ。雪ウサギ?」
「そうです、こっちは太郎でもう片方はさーちゃんです。このなんとも気の抜けた表情がさーちゃんみたいじゃないですか?」
「否定しようと思ったけど、納得しちゃうかもしれない。ごめんなさい佐伯先輩」
あの後、雪見大福もとい、ふたつの大きな雪玉は私の提案で雪ウサギになりました。
もともと雪だるまにする予定だったので、やたらと丸っこいですがそれもかわいいのでいいでしょう。
ちなみにあまりに大きすぎたその雪ウサギは、向こう2週間にわたりそのまま居座り続けました。
名付けられたさーちゃんが非常に微妙な目をしていましたが、きっと気のせいでしょう。
END




