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二人の帰り道  作者: ナル
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暑い帰り道

 夕方になり少しだけ昼間よりもましになった日差しだが、それでもなお照り付けるそれは容赦なく私の体力を奪い背中には拭いてもきりがないほどの汗をかかせてくる。

 家への帰り道、舗装すらろくに行われていない道の両側には、夏の陽気に充てられたかのように絶賛成長中の稲穂。

真緑色に育っているそれを見ると、今が一年で一番暑い季節であるということを嫌でも感じてしまい、余計に気分が滅入ってしまう。


「秀介さ~ん、私はどこかおしゃれなカフェで冷たい飲みものを飲むことを提案します」


「この田んぼしかないような町にそんなしゃれた所はない」


 私の言ったことなどまるで相手にしてくれやしない程の冷たいお言葉。

言われずとも小さなころから育ったこのあほみたいな田舎にそんなところがないのは重々承知だが、少しくらい可愛い彼女に付き合ってくれてもいいのではないか。


「秀介さんの冷たさで体感温度が少し下がった気がします」


「そりゃ好都合だな。よければもっと冷たくしてやろうか」


「同時に私の機嫌も急降下しますがいいですか?」


「程度を弁えれば大丈夫だろう」


 こちらを振り返ることなく、そして私も特にそれについて何かを言うでもない。

気を使うことなく叩く軽口も、この許しあえている距離感もこれはこれで好きだ。


 いわゆる幼馴染。

私と秀介さんの関係を表す言葉はそれが一番しっくりくるだろう。

小さい頃から一緒にいる機会が多く、田舎ということもあり学校などもほとんど一緒。

その上家もお隣で年齢も一つ違いとくれば、惹かれあうのは必然だったのかもしれない。


 幼馴染から関係が一段進んだのは4か月前。

私が高校へと入学してすぐのことだった。

 秀介さんが高校、私が中学という期間はできなかった一緒に下校。

1年ぶりのその機会に喜ぶ私に突然の告白。


“日和、俺と付き合わないか”


愛の告白としてはあまりいいとは言えないけど、私の淡い心を満たすどころか容器を決壊させるには、その言葉は十分すぎた。

嬉しさのあまりその場で思い切り飛びついてしまったのは、決して私のせいではないと思う。


 そこからスタートした私たちの交際だが、これといって何かが特別かわったということはない。

一緒に登校し、一緒に下校する。

時には相手の家で食事をし、わからないところを教えてもらうために一緒に勉強。

休日には電車を乗り継ぎ、近くの大きな町に買い物で繰り出したりもした。


 していることは何一つ変わらない。

だけど明確に変わったこともある。

それは私の気持ちだ。


 隣にいるだけで心臓がうるさいくらいに早鐘をうつし、肩と肩が触れただけで顔に熱が集まる。

会えない時間が少し続けば不安になり、会えた時には今までに感じたことのない充足感を感じる。


 自分の感情に振り回されているようで、だけどそれをどこか楽しんでいる自分がいて。

これが恋愛なのかなと、漠然としていた恋愛に対する考えが少しだけ分かった気もしていた。



 ゆっくりと歩く私たちに合わせるかのように、少しづつ沈んでいく太陽。

山の影に沈んでいくそれの光が、田んぼにはられた水に反射してきらきらと光る。

そんな光景に少しだけノスタルジックになる気持ちを抱えつつ、一歩前を歩く幼馴染兼彼氏の背中を盗み見てみた。


 昔は私の方が少しだけ大きかった背丈もいつの間にか抜かされてしまい、いまでは身長がとまった私に対してまだまだ成長期なのか背が伸びている彼。

 大人に変わりつつある大きな背中は、暑さのせいか着ているYシャツが汗で張り付いてしまっている。


 触れてみたい。


 ふと湧き出た感情。

最近なのだが、私のなかには今までにない感情がひとつ芽生え始めていた。

もう少し秀介さんと先に進みたいという思い。

その手に触れたい、抱きしめて欲しい、キスをしてみたい。


 恋人という関係でありながら、未だに手もつないだことがない私たちだからこそ感じていることなのかもしれないが、日に日にその気持ちは大きくなりつつある。


 もちろん今のこの距離感が嫌というわけではないし、これはこれで大好きだ。

だけどもう少しくらい先を求めてもいいんじゃないだろうか。

私だって女の子で、少しくらいそういったロマンチックなことを夢見ないわけじゃない。


「秀介さん」


 私の呼ぶ声に緩慢だがちゃんとこちらを見てくれる。

暑さでどこか目が虚ろにも見えるが、どこかやる気がなさそうにしているのがこの人のデフォルトだから、やっぱりいつもと変わらないのかもしれない。


「手を繋ぎましょう」


 彼はどう思っているのかな。

私は秀介さんのことが大好きで、そんな彼の隣にいられる毎日が幸せで、できることなら先に進んでみたいと思っている。


 じゃあ彼はどう思っているのか。


 正直拒否されたらどうしようという不安がないと言ったら嘘になるけど、なんとなく大丈夫な気がしていた。


なぜかって?


「手、汗かいてるぞ?」


「私もなんで気にしません」


「繋いだら余計に暑いかもしれない」


「そこは妥協しようじゃありませんか」


 きっと私の気持ちなんて彼にはばればれだから。

昔から一緒に過ごした時間が長すぎて、そのせいで互いに考えていることはだいたいわかってしまう。

そしてそれは逆も然り。


「ほら」


 差し出される手。

きっと今、私はこれ以上にないほど緩んだ表情をしていることだろう。


「やっぱり少し暑いんじゃないか?」


「私たちの愛の暑さなんじゃないですかね」


 ため息とともにそっぽを向きながら歩き出す彼。

それに引っ張られる手に、私も急いで彼の横に並び歩く。

私にあわせてペースを落としてくれるその優しさに、それだけで少し心を温かくし、一歩進んだ私たちの関係に胸をなでおろしてみる。


「手、ちっちゃいな」


「かわいらしくないですか?」


「自分で言うなよ」


「アピールすべきところはしていかないと損しますので」


 山肌にほとんど隠れた太陽が、置き土産とばかりに残した西日が私たち二人の背後から照らし、それに合わせて大きく前に伸びた影。

 まだ少しだけ距離のある二人の体だけど、伸びた影の一部、繋がれた手と手はしっかりとくっついている。


「可愛いことは否定はしない」


「でしょう?」


 まだまだ青臭くて、亀みたいにゆっくりな私たちの関係だけど、こんな感じで進んでいこうと思う。

ある意味それがらしいのかもしれないのだから。


「日和」


「なんですか?」


 カエルの鳴き声がどこからともなく聞こえてくる中で、そろそろこの二人の時間も終わるころ。

前方に見えてきた互いの家。

繋いだ手を離さなければいけない時間。


「好きだよ」


「私もです」


 だけどそれも次へのために必要なことだと思うから。

今日はここまで。


 ばいばい、また明日。


 大好きな彼と一歩だけ、小さな一歩を踏み出せた、そんな夏の夕暮れのお話し。



END

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