◇俊也◇父と息子
「僕は・・・そのいわゆる・・・髪喰いだったんです。」
俊也の言葉に黎と結子の顔が、驚きと憎しみ、恐れの入り混じった表情に変わった。
その表情に若干気圧されながらも、彼は落ち着いて話を続けた。
「も、もちろん!今は違います!あの・・・えっと・・・。」
俊也はあわてて言葉を紡ぐが、言い淀んでしまった。それでも黎と結子は先ほどとは違い、口を挟むことはしない。それだけ真剣にそして警戒して俊也の言葉を待っている。
「と、とりあえず順を追ってお話しします。噴火のとき僕は大学から帰る途中でした。地響きとともに爆弾のような大きな音がしてびっくりしてしまって・・・。一瞬日本にミサイルが撃ち込まれたかと思いました。そもそも火山が近くにあることも知らなかったですし。しばらく周りを呆然と眺めていたのですが、ふと我に返って家に急いで向かいました。何が起きているか知りたかったこともありますが、家族のことも心配だったので・・・。そして家の前までたどり着いたときでした。僕の記憶は一旦ここで途切れます。そして・・・、次に記憶が戻ったとき、僕は燃える家の中にいました。そして、目の前には刀を持った父がいました。」
「刀って、模造刀のこと?」
結子が不思議そうに聞いた。
「模造刀もあったのですが、あのとき父が持っていたのは真剣でしたね。うちの父は古武術の道場の師範でしたから、刀剣類もいくつかコレクションしていましたし。」
「さらっと言ったけど、あなたの家すごいわね。まあ、そのおかげで助かったんでしょうけど・・・。」
結子は呆れながらも納得したようだった。一般家庭に真剣があること自体が稀なので、その反応は当然と言える。
「それで?」
黎が先を促す。その口調は感情的ではなく、その表情は何か考えごとをしているようにも見える。
「ああ、何度もすみません。そこで父から聞かされたんです。僕が帰ってくるなり、暴れまわったことを。」
「ああ、それでお父さんは刀を持って対抗したわけね。」
結子が納得する。
「はい。そう父も言っていました。そして、僕が正気に戻ったのを見て安心したと。」
「そうでしょうね。親としては子と殺し合いをしなくて済んだんだから。」
結子はそう言うと3本目の煙草に火をつける。ヘビースモーカーなのか?という疑問が湧いてくるが、それには突っ込まない。
「それで・・・。家が燃えていたのは火山弾か何かのせいかい?」
恐らくそれしかないだろうとは思われたが、情報を正確に把握するためか黎が確認する。
「はい。直接見たわけではありませんが、僕が暴れている最中に火山弾が家に降ってきたようです。そしてそれが僕のすぐそばだったようで、右腕がこの通り・・・というわけです。」
結子は煙草の灰を落としながら、自然と彼の右腕に視線を移す。今は包帯を巻かれているが、運ばれてきたときは、右手はひどい状況だった。腕の肘から手にかけて青紫色に腫れあがっていた。おそらく父親か誰かが応急処置がしたのだろうが、もう元の状態に戻ることはないだろう。そう結子は判断している。そして結子は視線を外し、煙草をふかした。
結子の視線に俊也は気づいたが、特に触れることなく、話を進める。
「それで、その後、父と外に出たのですが・・・。」
「髪喰いがうろうろしていたってことかい?」
俊也が言い淀んだところで黎が付け加える。
「はい。その通りです・・・。」
その時のことを思い出したのだろうか。俊也の言葉が詰まる。そして、結子はこの後語られる内容が決して良いものではないだろうということを察したのか、結子は煙草の火を消して俊也の言葉を待った。黎は相変わらず表情を変えないままだ。
「・・・知った人の死体が転がり、知った人が髪喰いになっていました。まさに地獄絵図でした。」
「だろうな・・・。」
黎の表情が歪む。俊也はその表情を見て、黎も同じような体験をしたのだろうと察した。結子も言葉にはしないが、悲痛な表情をしている。
「そして僕たちは髪喰いに見つかり、襲われてしまいました。父は刀で対抗しようとしたのですが、髪喰いは10人以上はいました。父は僕に逃げるよう言いました。逃げると言ってもどこに逃げていいものかわかりませんでしたが・・・。判断に迷っていると、髪喰いの鋭い髪が束になって父の胸を貫き、父はその場で倒れてしまいました・・・。」
俊也はその時のことを思い出し、悲しみと怒り、そして悔しさが同居したような表情で、目には涙を浮かべている。
結子はゆっくり立ち上がると俊也の横に腰掛けた。そして、右手で彼の手を握り、左手で彼の背中をさすった。彼を見つめる結子の表情は同情と慈愛の混ざったような何とも言えないものだった。黎は、結子が座っていた椅子に腰かけ、何か考えごとをしているようだ。
「・・・すみません結子さん。ありがとうございます。」
「いいのよ、これくらい。大変だったわね。」
結子の手の温もりが俊也に伝わり、俊也の心を解きほぐす。
「それで、そのあと、茜のことが心配になり、ここまで来たというわけです。結局、どうやったら髪喰いから人間に戻れるかわかりませんが、もし、茜が髪喰いになったとしても戻せる可能性があるはずです。だから・・・死んでさえいなければと思ったわけです。」
「ふ~ん。なるほどね。大方はわかりました。君の辛さや無念さもよくわかりますし、君の茜ちゃんへの想いの強さは尊敬に値しますね~。」
黎はそう言うと椅子から立ち上がり、俊也の横に腰掛ける。その表情は元の怪しい笑みを浮かべている。俊也はこのとき嫌な予感がした。そして、それは的中することになる。
「俊也くん。まだ言ってないことがあるのではないですか?」
「えっ!?いや、特にないですよ。ここに来るまでの経緯はだいたいこんな感じです。」
「・・・そうですか。とても気になることがあるんですけどね~。」
「何か聞きたいことがあったら答えますが・・・。」
「そうですね~。聞きたいことは2点あります。まず、1点目・・・。君のお父様はなぜ殺されたのでしょうか?その時はまだ剃髪令も出ていなかったはずです。」
「あ、はい・・・。その僕の父は髪の毛が・・・もともとなかったですからね。」
「えっ!?1本も!?」
「黎さん!ちょっといい加減にしてください!少しは気を遣ってください!」
黙って聞いていた結子が黎を怒鳴った。息子を守って亡くなった故人に対してあまりにも失礼な物言いであり、さきほどまでの俊也の悲痛な表情を見た上での質問とは思えないほど配慮に欠けた言葉だったからだ。
「あ、ああ・・・。すまない・・・。」
「だ、大丈夫ですよ。結子さん。」
結子の剣幕に黎は気圧されてしまったが、それは俊也も同じであった。
「そ、それで2つ目だが・・・。この3か月間ずっと一人で旅をしてきたのかい?」
黎は気を取り直して2つ目の質問をした。
「ええ、まぁ・・・そうです。」
俊也は歯切れの悪い返答をした。いや、厳密に言えばしてしまった。その様子を見て、黎はさらに質問を重ねる。
「今は未曽有の事態だ。多少の食糧などの窃盗は別に問題ではないだろう。というよりそうしなければ生きていけない世の中だ。もちろん、生きている人から奪うのであれば問題だがね。」
「そんな、人から奪うなんてしてません!たしかに・・・誰もいない家から物資を頂いたりはしましたが。」
俊也は否定する。
「ハッハッハ!だろうね!まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ。」
(いや、どうでもよくないだろ・・・。誰もいない家から物資を調達するのも十分罪悪感はあるだろうに・・・。この人はたくましいというか何というか・・・。)
「問題は・・・髪喰いが徘徊する地上をどうやって3ヶ月も生き抜いたのか?いや、正確に言おうか。どうやってここまで髪喰いから身を守りながら地上を移動してきたんだい?」
黎の目はまっすぐに俊也を見据えている。その目の奥には、疑念と希望が混ざっているように見える。この質問に対して俊也は間を開けずにシンプルに答えた。
「見つからないように身を隠しながら来ました。」
俊也はまっすぐに黎の目を見て答えた。
「フッ、そうですか。とても運がいいのですね。私から聞きたいことは以上です。では、私は仕事があるので、あとは結子、任せましたよ。」
黎は素直に納得したようには見えなかったが、それ以上追求することなく、俊也の横から立ち上がり、部屋を出ていった。
それに対して俊也は内心焦りを抱えていた。それを悟られないように必死に表情に出ないようにしていた。黎の質問に、一瞬心が乱れてしまった後、なんとか平静を保とうとしていたのである。
(深く突っ込まれたら危なかった!あの人絶対まだ疑ってるよな・・・。まぁ仕方ないか。仲間がいたことにしておけばよかったかな。)
実際に疑われても仕方ないことであった。このご時世にただの人間が3ヶ月も一人旅などできるはずがないのだ。